第七章 5

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 白井は、ある種の覚悟を決めて、プレジャーボートを借りて、一人で沖に向かった。

 すでに、日が落ち掛かった海であった。

 琉球のサンライズは、ハワイのサンライズに負けないほどに、いや、それ以上に美しく、無神論者にも、神の存在を、否定させない程の、神々しさを、放ってあまりあった。

 白井は、その中を、ボートの航跡を、曳いていきながら、沖に投錨して停泊している、琉球共和国の、空母艦隊を目指して、進んでいった。

 白井には、これといった、気負いはなかった。

 しかし、どうしても確認しておきたいことがあったのである。

 それは他でもない。「Rグループ」の存在であった。

 そのためには、どうしても、空母のしかるべき地位の者に、面会したいという、思いにとらわれていた。

 下手をすれば、命をも、落としかねない、危険な賭であった。

 空母に近づく前に、巡視艇のゴムボートに発見されて、

「誰か?」

 と銃を構えた兵士に誰何された。

「ボートを、停止させなさい」

 と巡視隊のリーダーに、命令された。

 プレジャーボートにゴムボートを横付けにされて、ロープでエイトノットで、ゴムボートを固定されて、すかさず、兵士たちが、プレジャーボートに、乗り移ってきた。

 ホールドアップをさせられて、ボデイチェックを受けると、

「不本意ですが、身柄を拘束します」

 といって、手錠を掛けられた。

そのまま、空母に向かって、白井は、連行された。

 空母に到着すると、椅子だけが置いてある小部屋に、入れられた。

 やがて、隊長と二人と護衛の兵士が、あらわれて、白井の持ち物を検査して、白井が、日本の警察の証明バッチのケースを持っていること知り、

「日本の警察官ですか」

 と丁寧なことばになった。

「はい」

「どこに、行かれる、お積もりだっだのですか?」

「この空母です」

「ほう。それは、また、なぜ?」

「私は、ある事件の捜査を担当しております・・・沖縄の、いや、かつての沖縄の女性が、無残な殺され方をいたしました。大変に複雑な事件です。被害者の氏名は、しかるべき立場の方以外には、捜査上の秘密と、プライバシー保護の見地からも申し上げる訳にはいきません。事件の現場(げんじょう)は、静岡県の伊豆高原です。これだけ申しあげれば、理解できる方には、理解できるはずです。取り次いでください。それから、手錠を外していただきたい。逃げも隠れもいたしません・・・それと、軽食があったら、ご馳走していただきたい。ランチ以降、何も食べておりませんので」

「失礼しました。手錠を外せ」

 隊長が、兵士に命じた。

「丸腰です。安心してください」

 白井が笑いながら言った。

そして、

「上官に、事件の性質上、こういう非常手段しかとれなかったことを、お詫びしてください。なお、念のため申しあげますが、被害者の女性は、琉球の、大変に身分の高い方の、お身内だということを、くれぐれも、ご留意いただきたい」

 と白井が言い添えた。

 隊長は、幸運にも、この事件のことを、報道で知っていた。

(中城・・・舞)

 大統領の姉である。

 隊長は、この話を、トップランクの幹部、R3号に報告して、対処の指令を仰いだ。

「白井という警官は、空腹であると申しております」

「そうか。食堂にご案内して、ディナーをさしあげろ。私も同席する」

「はい」


         *


 R3号は、R1号に、ことの次第を報告した。

 R1号は、大層驚いた。

「私が、出席する訳にはいかない」

「当然です」

「R3号、4、5号の三人で、事情をきいてくれ。決して、Rのことばを使うな」

「承知しております」

 R3号が、後藤。R4号が、関口。R5号が今田という姓を名乗っていた。


         *


 後藤、関口、今田は、軍服のままで、ディナーに出席した。

 肩章から、白井は、三人が、将校であるのを理解した。

「すべてをお話しても、差し支えない階級の方々とお見受けいたしました。私は、日本国の静岡県警の刑事です。軽輩ですが、捜査上の、守秘義務があります。白井と申します。よろしく」

「こちらこそ、よろしく。役目柄、部下が、粗相をしたと思いますが、お許しください」

「いえ。不躾な、進入をいたしました、私の方に非があります」

 食堂の五箇所に、動画カメラと集音マイクがあって、その画像と音声は、R1号の司令室に届いていた。

「早速ですが、静岡県警の伊東署轄内の伊豆高原の大室地区に、男女の全裸死体が発見されまして、これの捜査を手がけてまいりましたが、何分にも、裸体の上に、顔面を、口径の大きい銃砲で、頭蓋ごと撃ち抜かれておりまして・・・いや、食事中に、相応しくない話でしたな」

「いや、構いません。お話を、お続けください」

 と後藤が言った。

「そうですか、では、遠慮せずに申しあげますが、被害者の、膣内からは、複数の男性の精液が、発見されました。分析の結果、言わでものことですが、一種類は、犬の精液でありました。私が関わりました事件の中では、最も残酷な、死体でありました。その残酷さから、犯人は、日本人では、ないのではないかという見解も出てまいりました。 その後、両方の遺体は司法解剖に回されたのですが、そこで、信じられないことが起こりました。腹部を裂かれて、糸で縫い合わされていたのですが、解剖で、その糸を切断していった瞬間に、突如大爆発が起こって、医師、助手その他の人々が、吹き飛ばされて、全員、爆死しました。 個人的なことになりますが、その助手として、私の姉もおりまして、爆死しました・・・」

「それは・・・」

 と関口が、言って黙した。

 その後、MDMAのことや、被害者の女性の背中に彫られた、奇妙な図柄の刺青のとを語った。

 奇妙な刺青のお蔭で、被害者の女性の身元が判明して、沖縄県(当時)与那原の、中城秀建氏の長女、舞であることが判明した。

「この舞さんに関しては、沖縄の不幸を、絵に描いたような過去がありました。そのことは、話が長くなりますので、ここでは、割愛いたしますが、私の個人的な意見を申し上げると、沖縄県は、琉球共和国として、独立をした。 このことは、本当に良かったと思います。今でも、中城秀建氏の涙に濡れた顔で語られた、沖縄の戦時中からの、悲劇的な過去の話は、私の脳裏に焼きついて離れません。 私は、自分の姉をこの事件で失ったこともありまして、事件の解決に執念のようなものを覚えました。

 舞さんの過去を追いかけて、休暇を取って、横須賀、横浜にも足を延ばして、林高徳という中国人の存在を掴みました。その林は、同じ伊豆高原の、天城側の別荘地内で、発見して逮捕しました。 そこから、北斗七星団と言う、中国マフィアの存在を知り、北斗七星団は、先代のボスが死に、三派に分裂して、骨肉の争いをしていること知りました。 舞さんと、もう一人の男を残酷な方法で処刑したのは、隆黄伯の一派で、処刑は、他派への見せしめだったのです。そのために、そば杖をくって、爆死したのが、司法解剖に関わった人々で、私の姉もその中にいたという訳です。 派手な殺し方をすることで、マスコミに取り上げられれば、他派の者たちの耳目にも入

る。見せしめの宣伝効果をねらったのです」

 白井が、半ば涙を見せて、そこまでを、一気に語った。

「なるほど・・・」

 後藤が頷いた。

「捜査していく中で、おぼろげに、北斗七星団以外にも、巨大な組織が、陰で動いていることが、見えてきたのです。 その巨大な組織は、琉球共和国の独立と、矢継ぎ早な行動で、中国を崩壊させた。 チベット、ウイグル、モンゴル、内蒙古、旧満州、寧夏回部族、広西壮族、カザフスタンと、抑圧されていた、部族や国に、武器、

兵器を与えて、中国、正確にいえば、漢人の中国を四方から攻撃させ、ロシアにも、各部族や、共和国に武器と兵器を与えて、これを、一斉に蜂起させた。とてつもない戦略家がいた。陰で、Rグループと呼ばれている一団がいますが、これは、正体不明な組織です。 熱海峠での、見事なまでの暴力団の襲撃で、十五人は、一発づつで、倒されている。これは、特殊攻撃部隊の戦法です。六本木での、狙撃・・・すべて、アサルトの訓練を受けているものが、SPR=Mk12を使って狙撃をした。 私は、Rグループは、米、英、仏、独のいずれかの、特殊部隊だと思っていました。と

ころが、先輩の刑事から、Rは、琉球共和国のイニシャルのRではないかという、ベテラン刑事の職業的な勘で、ハッとされられました。 独立したばかりの、琉球共和国が、何でこんな豊かな国になり、これほど巨大な軍備が、整えられたのか? 気になりました。琉球共和国は、見事すぎます。 国土も、軍備も・・・ これは、独立以前から、何でもありの、組織、つまり、Rグループが、裏から支援してきたからではないのか? そんな疑問が、もくもくと私の心の中にわき上がりはじめたのは、琉球共和国に、観光で来たときからでした。そして、昼間、浮島の軍艦島を見て、さらに空母艦隊の威容を目撃したときからでした。これは、何が何でも、空母のボスに面会する他はないと・・・」

 白井が一気に言った。

 三人の将校が黙った。

 と、食堂の扉が開いて、

「見事だ・・・」

 と、R1号が、入って来た。

 テーブルにつくと、R1号が、

「中城長建です。秀建の長男で、舞の弟です。そして、現大統領、秀球の兄です。R1号と呼ばれいます。さあ、一緒に、琉球料理を頂きましょう。誰も箸をつけていませんね。美味しいですよ」

 と箸を手にした。

「この世で、厄介なものは、執念です。 白井刑事は、お姉様を、爆死させられた。

その犯人を、夢中で、犬のように追い詰めていった。そして、Rグループという、いかにも突破出来そうもない鉄壁にぶち当たった。 そこで、執念を、道ずれにして、鉄壁そのものに、単身で乗り込んできた。白井刑事のことと、渡部刑事のことは、親父の秀建からきいていました。伊東署に電話を入れました。渡部刑事にね。白井刑事が来ていると・・・自首しましょうか? と聞きました」

「え?」

 さすがに、白井も驚いた。

「琉黄会という広域暴力団のことは、伊東署の管轄ではない。警視庁のマル暴の担当になっているという答えでした。MDMAは、中国大陸と、北朝鮮にバラ撒きましたといいましたら。それは、もう、日本の犯罪ではありませんなと。従って、自首の理由は、ないそうです」

「・・・」

 白井黙っていたが、箸を使って、

「ゴーヤというのは、こうやると、旨いですねえ」

 と言って、長建の顔を見て、笑った。

「知りたかったんです。ゴーヤの料理の仕方と、Rの謎・・・」

「Rには、琉球の他に、もう一つ、レジスタンスのイニシャルもあります。いつかは」

「独立するぞ、ですね」

「そろそろ、琉球共和国軍と名乗ろうかと」

 長建が言ったとき、白井が、

「いや。世界は複雑です。Rグループは、日本のためにもなっています。私が刑事でなければ、RN(R=日本)を造っていたかもしれませんよ」

「ほう・・・こっちの豚の角煮も美味しいですよ」

 三人の将軍も箸を動かしはじめた。

「ご存じかな?」

「え?」

「今度の、ノーベル平和賞は・・・中国人だそうですよ」

 中城長建が、白井に言って、豚の角煮を、白井の皿に取ってやった。


               完

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「クリティカルな球体」 牛次郎 @gyujirou

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