第4話 朝4
ハインリヒさんは、食事を終えると、立ち上がって、ずた袋を元の茂みに隠すと、焚き火の燃えかすを拾い始める。
黒く焼け果てて、もう使い物にならなくなったそれらは、近くの茂みから拾ってきたものだ。
集めてきたのは細さも太さもまちまちな枝ばかりだったから、燃やした後で元の形が残っているものもあれば、黒い灰同然になっているものもある。
その中に、銀色に光る何かが見える。ぼくが気付くのと、ハインリヒさんが、何だこれは、と言って拾い上げるのは同時だった。
銀色の玉のようにも見えるそれは、楕円の形をしていて、先端は鋭い。
「これは、矢じりか。」
ハインリヒさんがうめくように言った。
矢じり。細木の先に付けて、弓などで放つ、武器の一部。また、狩りにも使われ、イタチやウサギを狙い、射抜かれる。
ハインリヒさんからそう聞いている。
なぜ知っているのかなんて、それはハインリヒさんの年の功というものだろうか。
「おまえは、細い枝と勘違いして持ってきたのだろう。矢じりか。そんなものをまさか、ここで見ることになるとはな。」
沈痛な顔でハインリヒさんは、呟く。
もしかしたら、ハインリヒさんは狩人を恐れているのだろうか。そう嫌な想像が浮かぶ。
僕はすぐに、頭を振ってそれを隅へ追いやる。
「悪い冗談はやめてください」
ハインリヒさんにいつもの口調で言う。
「ああ、分かった。」
ハインリヒさんはいつものように返した。
でも、ふと俯いて、そんなことがあるわけなかろう、と呟くのを僕は聞こえない振りをしてやり過ごす。
嫌な予感をさせるその言葉を、頭を左右に振ってすぐに忘れてしまおうと思った。けれど、自分自身を宥めるようなその口調が、やけに耳について離れない。
次第に傍目にもわかるくらいに、ぼくのいらいらしてきたのを、ハインリヒさんは見て取ると、いきなり僕の頭を鷲掴みにすると、力任せにぐりぐりと乱暴な手つきで撫ではじめる。
「痛い。放してください!」
そうぼくが悲鳴を上げても、ハインリヒさんは一向にやめない。痛い、痛い、と抗議を続けてみても効果がない。
そうして、わだかまっていたいらいらが、別の方向に向いたとき、ハインリヒさんは、これでお終い、と言って、やっと僕の頭から手を離した。
「何するんですか、いきなり!」
「何って、決まってるじゃないか。お前の今朝の狼藉の報いに、ぐりぐりの刑を思いついたから、物は試しにやってみただけだ。非難を浴びる筋合いはない。」
ふん、と鼻息荒く、ハインリヒさんは今度は遠くの茂みの方にまたずかずかと歩いて入ってゆく。そして体をかがめて、なにやら捜し始める。しばらくすると、何かを見つけたらしく、立ち上がり、こちらに向き直る。
「いくぞ。小僧、受け取れ。」
そう聞こえるのと同時に、何かをいきなり投げてよこしてきた。心の準備もあったものではない。投げられたそれは弓なりの線を描いて、まっすぐこちらめがけて落ちてくる。放物線と言うらしい。
近づいてくるにつれて、それが木の棒であることが分かってくる。もうそろそろというところになって、僕は両手を伸ばし、それを取ろうとする。しかし、伸ばした両手は見当はずれだったのか。空を切る感触がした。
あいた、とぼくが頭に物が当たった痛みを感じ、木の棒が地面に落ちた音を聞いた後、ハインリヒさんの笑い声が、後れて聞こえてきた。
不意打ちが卑怯だって言ったのはほかならぬハインリヒさんなのに、笑われるとは思わなかった。そう思ったとき、僕のいらいらはとうとう頂点に達し、どうしてもあの毛むくじゃらに一泡吹かせなくては気がすまなくなった。
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