第31話 触れられぬもの、汝の名は幻。

ぼくは、その言葉が信じられなかった。


食いすがるぼくに、空を飛ぶ白銀の竜、レーゲは繰り返す。


「あいつはこれから先、どうあっても化け物になってしまう。殺してしまった方が彼女にとっての救済になる。」


ふざけるな。そんな言葉を誰かにぶつけたのは、初めてだった。


ハインリヒさんは、何も言わない。ただじっと、ぼくの言葉に耳を貸す。


「あの子は、まだその塩の眼って言う力を使いこなせていないだけなんだ。まだ、化け物なんかじゃない。」


「でもお前を殺そうとしたじゃないか。足元の塩は、そういう意味なんだよ。」


レーゲは、早口にそう言った。レーゲにとって、大切なのは世界の調停者としての仕事だ。


ハインリヒさんとレーゲは、この二年間魔術によって人の姿を保てなくなったもの、正気に戻れなくなった人、不思議な力を使いそれで人の命を奪うもの、それらを片端から倒して廻ってきたらしい。この村に来たのも、その一環だった。


この村の長が、直々に使者を送って、海の街にいる彼らに依頼として届けたのだという。古来から伝承に残る塩の眼の覚醒が近づいている。二人でそれを滅ぼし、村に平穏を取り戻してほしい、と。


ぼくは何も知らなかった。その塩の眼を封じる役割をあの塔が有していた事や、あの塔に閉じ込められた女の子が、塩の眼を開眼する子供だという事も。


そして、何よりも、他ならぬハヌアや、羊飼いのヤペテが、その塩の目の一族の末裔だったことも。


「お前を実の子供だといえば、その一族の恩恵は受けられただろう。だから、そのような嘘を言ったのか。」


ハインリヒさんは、納得したような、でもどこかさびしそうな響きを持って、そう言った。


それに続いて、レーゲが、なんでもないように、言った。


「村長が、そいつらを始末する。おれたちが、その塩の眼を始末する。そんな算段だった。」


ぼくが、ハインリヒさんに驚きのまなざしを向けたとき、ハインリヒさんもまた、その青い目を見開いていた。


白銀の竜だけが、泰然と宙を旋回する。


「レーゲ。貴様、いままで俺に黙っていたのか。」


ハインリヒさんが、中空に向かって叫ぶ。剣を握るその手は握り締められ、ぶるぶると震えている。


中空の赤い目は地上の二人を睨む。


「だって、そんなことを言えば君は絶対に作戦を降りるだろう。それに、このことは竜の言葉で書かれていた。でも、人間が竜の言葉なんて知っているはずがない。存在だって知らないんだから。そう。知っているとしたら、憎き魔法使いぐらいだね。もし村長が魔法使いなら、ぼくらに朝、特使がやってきた時点で彼らはもう殺されていただろう。それにね。」


そこで、宙で旋回していた竜は、おい、そこのちっこいの、と前置きしてから、まるでからかうように言った。


「俺が口を滑らせていたら、おまえ今ごろあの塩の目と共に心中してたんだぜ。」


あまりにひどいと思ったが、心のどこかで、そうだと納得してしまう自分がいるのが、とても腹立たしい。


うつむいたぼくの顔を見かねてか、白銀の竜はけっ、と舌打ちをする。


「黙っていたのは、俺が悪かった。でも、どうしようもなかった。あの魔物、どうやら塩の目に集められたものだと思っていたが、そうじゃない。」


その言葉に、ハインリヒさんが、小さく歯ぎしりをして反応する。


「察しがいいな、毛むくじゃら。そうだよ。俺たちはまた一杯食わされたのさ。一度目はごみ掃除。そして二度目は、お弟子さんを人質に取ったんだ。」


そのとき、いやな予感がした。


雷の予兆のような、背筋に走る焦燥。


ぼくは、それに任せて、走り出す。


向かう先は、先ほどの店先。


その前に落ちた塩の塊はもうほとんどが風にさらわれ、白く地面を染めているだけだ。


その下には、何の変哲もない広場の石畳がある。


その先に、すべての元凶と呼ばれた女の子が、肩を震わせて泣いている。


ぼくには、やはりそのすべてを聞いても。


いや、聞いたからこそ、守らなければならない、そう感じた。


あの子は、ぼくと同じだ。


この村の中で、大切なものを手にするそのときを待ち続けた。


すぐそばに見えるはずのその幸せを、ひどく遠くのものと感じた。


大切な誰かがいなければ、どんな綺麗な世界も好きにはなれない。


ただの甘えたがりの、わがままな子供なのだ。


ぼくは、その夢をハインリヒさんに叶えてもらった。


だから、今度はぼくが、あの子を連れ出す番だ。


それに、ぼくは、そのあの子の名前を知った。


塔の中の女の子でもない。


塩の目の魔女でもない。


その子にしかない、大切な一つだけの名前を。


「トリシャ!」


突き出されたその短剣は、もう少女を傷つけることはない。


その剣はその平たい面を、少女を庇うように向けられているのだから。


すべてはその少年の直感。


偶然といえば、そうでしかないのだろう。


剣というものは、誰かを傷つけるためだけにあるのではない。


何よりも、大切なものを守るため、ときにその剣は盾になる。


あの少年は、それを分かっていた。


鍛冶職人の老人の目には見えぬ魔の凶弾を、その鋼の盾は音高く響かせながら弾いたのだ。


少女の目は見開かれる。


あの時視たときは、その目は青かった。


悲しみに沈みながら、それでも朝日に願いを託す宵闇のような深い青だった。


だが今はどうだ。


魔女に呪われた黄金の目は、はてさて濁りなど微塵もない。


それどころか、まるで満月を思わせるではないか。


それに映るのは、まだまだ泣き虫な少年の背中。


まるで、御伽噺のようだ。


か弱い姫君の危機に、勇者が颯爽と現れたのだから。


そうだ。


このときに乗じて、私も少し物語ってしまおうか。


舞台はごくごく普通の田舎村。


小さな少女と泣き虫な少年。


そら、道の奥から、悔しそうな大悪党の登場だ。


不意に、物音がうるさく、視線を動かす。


猫の騎士に、白銀の竜が、まだ役に度量が足りない二人の援軍に駆けつけようとしている。


さあ、どうするかな大悪党よ。


いや、御神に逆らう大ペテン師の召使い。


魔法使いのゲントさんや。


私は、純粋に驚いて、目を見開いていた。


この目が開いてしまってから、その危険に気付いて、完全には開こうとしなかった。


すべてを視るには、つらすぎたのだ。


私の瞳に映るすべての世界、それらがすべて白く塩になって消えてしまったら。


あまりに恐ろしくて、想像するだけで死んでしまいそう。


だから、薄く開いて、一部だけを見ていた。


今なら分かる。


瞳に映る世界は、私の世界そのものなのだ。


一部しか見なければ、その世界は退屈で壊したくもなるだろう。


私の呪いはそれに反応したのだ。


でも、見開いてみて、初めて分かった。


開けた世界には、滅びるべきものなんて、呪うべきものなんて、何一つもない。すべてが美しく、そして新しい。


だからだろうか。塩の眼は、何も白く変えることなく、私に世界のすべてを見せてくれる。


私の前に影を落とすあの子は、初めて私の名を呼んだ。


塔の女の子でもない、塩の目でもない、私の名前を。


そのときが、一番恐ろしかった。


あの子が、私の一族の持つ宿命も、この呪いまで知ってしまったのだから。


それでも。


あの子は、私の前に立って、見えない何かから、私を守ってくれた。


化け物だと怖がることなく。


塔の女の子だと訝しがることなく。


すべて知った今も、ただの一人の女の子として、私を見てくれる。


いつか、噂が塔の上まで届いた事がある。


あの少年は、村人ではないのに、ハヌアの子供だという。


そんな益体もない噂に、私は小さな夢を見た。


あの村の先にある草原へ、両親の待つ草原へと。


君と一緒に抜け出せたなら、胸の孤独は晴れるのだろうか。


物陰から、舌打ちが聞こえる。


一つ、二つ、まだ止まない。


「不快だ。止めなされ。」


ボンザが、溜めかねたようにいさめると、誰に向かって言っている、と物陰から声が返ってくる。


その声に、そして、次第に見えてゆくその姿に、トリシャが背後で悲鳴を上げる。


昼の光の中だというのに、その男の周りだけ影がまとわりついている。


その顔は細く衰え、髭だけが細く長い。


元は黒いローブは、赤く染まり、そこから血と錆の匂いが立ち込め、あたりを満たす。


どうやら、あいつが魔法使いらしい。


「ひでえな。俺でも吐きそうだ。」


レーゲが苦々しく愚痴をこぼす。がすぐに、声は元の調子に戻って。


「なんてな、ハインリヒの方がもっとひどい。」


と軽口を言った。ハインリヒさんが睨むと、何だおっかねえな、とレーゲは返す。


ふと、違和感に気付く。


暗がりから踏み出された足のかかと、その先から、石畳が見えない。


すべて、草原になっている。


すると、魔法使いが口を開いた。


「 ほう。小僧、お前は足元が気になるか。」


そして、いつしか持っていた杖で、石畳を叩く。


ハインリヒさんが、警戒して、ぼくの名前を叫ぶ。


ぼくは、短剣を構える。


不意に、足元に何かが蠢く感覚に襲われる。


生きたものが這い回り、その地中から突き出た背中が足元に当たっているような、気持ちの悪い感覚。


魔法使いの、刺せ、という言葉と共に、石畳を突き破り緑の尖柱が突き出てくる。


弾けるか。判断は秒より早い。


短剣を横にしたまま、尖柱の先端に沿わせ、勢いを削ぐようにした後、後ろに半歩分下がる。


ぼくの胸に向かって刺さろうとしたその尖柱は半歩下がった分、その位置をずらし、ぼくの頬を掠めていった。


何とか避けきったその様を見て、駆け寄ってきたハインリヒさんは安堵のため息をつく。


魔法使いの方は、何かおかしいのか、乾いた笑い声を響かせる。


「なんと、子供の方が生き残ったとはな。あの男は、一瞬で終わってつまらなかった。」


ぼくの事をバカにするなら、どうだっていい。


でも、ハヌアのことを馬鹿にされた。


意識は沸騰する。名前もつかない言葉が無数の濁流になって、頭を埋め尽くす。


その中には、後悔も多く含まれている。


もっと、話しておけばよかった。


もっと、知っておけばよかった。


もっと、見てもらいたかった。


全然、分かってもらえなかった。


全然、分かってあげられなかった。


他人だからと、割り切ることは、出来る。


たった二年、たいした会話もしないで、同じ部屋に過ごしただけ。


それなのに。


ぼくは、ハヌアを馬鹿にした、この人を殺したいほど許せない。


それは、ハヌアがもう自分のために怒れないからだ。


ハヌアはもう、ここにはいない。決して、帰ってくることはない。


だから彼は、黙って聞いていることしか出来ないんだ。


いや、きっと生きていたって、彼は何も言わなかっただろう。


ぼくには分かる。


この二年、ずっとそばで見てきたんだから。


短剣に力が篭もる。


鼻息は荒く、傷を負ったケモノのようだ。


自分でもよく分からない衝動に駆られて、ぼくは魔法使いに向かって走り出そうとする。


しかし、その目の前に、大きな腕がさえぎる。


衝突して、その匂いに分かる。ハインリヒさんの腕だ。


ハインリヒさんは、ぼくの首をその腕で挟むようにして固定すると、そのままぼくの顔を胸に押し当てる。


ぼくはその中でもがく。


このままじゃ、だめだ。


恨みは晴れない。怒りは消えない。憎しみは癒えない。後悔は尽きない。


このままじゃ、ヤヌアさんに、ぼくはお返しが、何も出来ないままだ。


必死にもがくぼくに、ハインリヒさんは優しくささやく。


「ヤヌア。一度死んだものは、決して生き返ることはない。それは、救いなのだ。再び生きて、同じ苦しみを負わぬために。それは死者だけではない。生きたもの、残されたものもまた、取り返しのつかない苦しみを負う。ヤヌア。ハヌアのために復讐をしてはならない。確かに、彼の最期は怒るに足るものだ。しかし、お前の中にいるハヌア、私の中にいるハヌア、そのそれぞれの思い出の最期を、血と刃で飾っては決してならない。お前が復讐をなせば、あの悪鬼がどうしようもなくお前の人生に組み込まれる。お前の人生という物語の一ページ、それにお前が誰かを恨むたび、過去を思い出すたびに、あれが折りに付け顔を出すのだ。私はそれが、どうしても我慢ならない。


恨むなら止めた私を恨むがいい。それだけ、私はお前の物語に、記憶の中に刻まれる。私はそれをこそ、どんと望むぞ。」


そう最後に言って、ハインリヒさんは笑った。そして、ぼくの背中を空いた手でドン、ドン、と力強く叩いた。


その背中から伝わる衝撃は、確かに生きていた。そしてその響きはぼくの中でわだかまるどす黒い感情の泉を大きく揺らす。


腹の底にたまったそれは、胸にせりあがる。その一部が、容量を超えて喉を焼きながらも、さらにせりあがってくる。


ぼくは情けなかった。


ハヌアさんの復讐が果たせないことではない。


最後まで気付かずに、今になって、ようやく気付いたからだ。


ぼくとハヌアさんはあまりに似すぎていた。


だからこそ、無駄な話題はいらなかった。


だからこそ、無駄な口論はいらなかった。


だからこそ、互いが互いの快適に過ごすやり方を自然と知っていた。


ハヌアさんがいなくなって、ようやく気付いた。


周りの人がどう言おうとも。


当事者のぼくらがどう言おうとも。


関係がないくらい、きっとぼくらは最後まで気付かなかった。


嘘だなんて、上っ面だ。


ぼくらは、どうしようもないほどに理想的な家族だったんだ。


失ったあの世界には、もうどうしたって触れられないし、帰れない。


それが、悔しくて、悔しくて、たまらない。


しばらくして、泣き止んだ少年の目は赤く腫れてこそいたが、その目は以前よりも凛と澄んでいる。


あのハインリヒとやら、上手い事あの男の魔術から抜け出させたらしい。


最初の攻撃こそ、虚像の手品。


魔術の真髄はその心を自在に操ること。


派手な動きに心を奪われていては、思う壺というわけだ。


魔法使いは驚いた顔をしている。


それはそうだろう。


最も激情に駆られやすく、魔術で御しやすい子供が、こうして彼の術中から逃れ、さらに戦いのさなかに戦士として戻ってきたのだから。


金色の目をした少女は、今の言葉を余さず聴いていた。


聡明な子だ。彼女は、ハヌアの死を告げられたそのときに、自らの両親の死をも理解した。


そして激情に進もうとする心を、必死に胸で抑えて耐えていた。


目の前で、同じくらいの少年が彼女の苦しみを満身で表していたのだから。


黄金の瞳は、彼女に何よりも強い忍耐を教えたのだろう。


まさに、彼女はすばらしい事を成し遂げた。


彼女の中で幾千年の呪いは解け、一度それに呑まれはしたが、今度は彼女の方でその呪いと自らの折り合いを付けた。


いまや、彼女の金の瞳は呪いではない。


彼女の強靭な精神を示す、天からの祝福だ。


彼女はハインリヒのその言葉に涙を流した。


彼女もまた、己が胸に巣食う魔物との戦いに勝ったのだ。


魔法使いは、驚いた顔をしたが、すぐに元の老獪な笑みを浮かべた。


「さあ、次は。」


そう言って、周りを見渡し、向いた先はぼくの後方。


トリシャだ。


ぼくは心配になって振り返る。


彼女は両親の死を知らないはずだった。


知らされて、塩の目の発現に傷ついた心は耐えられるだろうか。


しかし、一目見て、ぼくは、すぐに正面を向き直った。


心配した事が、恥ずかしい。


トリシャは、勝手に両親の死を理解して勝手に自分で克服している。


涙にぬれた金色の目が、白い服がしわくちゃになっていることが、そのつらさを物語っている。


それでも、振り返ったぼくの顔に、彼女は小さく笑って見せた。


大丈夫よ、とそう言うように。


「顔が赤いぞ、泣き足りないか」


そうハインリヒさんが、一番言ってほしくない事を言う。


恥ずかしい。塩になって消えてしまいたいくらい、恥ずかしい。


トリシャはハインリヒさんの抱きかかえられたぼくの横を、独りでずかずかと歩いていく。


靴の履いていない裸足が、やけに輝いて見える。


横に立ったトリシャは、ぼくにしか聞こえない声で。


「ありがとう。でも、詰めが甘いわね。弱虫君。」


そう、ニヒルに言って笑った。


ぼくは耳が燃え上がるほど熱くなるのを感じた。


トリシャは、次の瞬間、あろうことか魔法使いを人差し指で指した。


「『次』って、いったい誰のことを言うのかしら。私分からないわ。良かったら、教えてくださらない。」


その挑発的としか言いようがない言葉に、ぼくはひやひやした。


今にも怒り狂った魔法使いが、ものすごい魔術を繰り出してくるものだと思ったからだ。


情けないが、ぼくはハインリヒさんに腕の中で縮こまる。


しかし、その動作にハインリヒさんは警戒するどころか、苦笑するようにふっと笑い声をこぼす。


「ヤヌア。そんなに怖がってどうした。何も出てこないぞ。」


そんな馬鹿な、と思った。


けれど、腕から顔を離して見ると、魔法使いは怒りに顔を赤くするどころか、反対に青くなっていた。


それはその呆然とした顔から、最大の当てが外れたという真意が見て取れるほどに。


魔法使いは、一歩、二歩と静かに後ずさりをする。


少年はようやく安心し、状況を理解したのか、ハインリヒの腕の保護から抜けると、地面に立つ。


短剣を魔法使いに突きつける。


そして、次のように言い放った。


「お前のしたことを、ぼくらは決して許しはしない。絶対に、みっちりと懲らしめてやる。けれど。それはここじゃない。ハヌアさんの居たこの村は、トリシャの耐えたこの村は、もうお前の好きにはさせない。」


トリシャ、と呼ばれた少女はさらに前に出て言い放つ。


「私たち、塩の目の民族なんて、そんな変な呼び名持っていないのよ。アロンの民。良いでしょ。わたしたちの踏みにじられた祈りと共に、しっかりその頭にねじ込んでおいてね。次会って、もし忘れていたら、こうするから。」


そう言って、彼女はその目を細める。


すると、魔法使いの持っていた杖が真っ白に染まり、風に煽られて消えてゆく。塩になったのだ。


魔法使いはあわてて、その杖を取り落としたが、不幸な事に、その小指の先が逃げ遅れていた。


小指の先は白くなり、風に飛ばされた後に残った場所には、真新しい皮膚が付いている。どうやら、塩の魔眼というのは、そのものを塩にすると同時に、この世界からかつて在ったという存在ごと消し去るとんでもないものであるようだ。


私が舞い上がる塩の流れに気をとられている隙に、白銀の竜があっ、と残念そうな声を発した。


視線を戻すと、そこには誰も、居なくなっていた。


影もなく、血の匂いもない。


白銀の竜は、満足そうな三人に向かって、空から愚痴を吐いた。


「何だよ。逃がすなよ!折角、捕まえて拷問とかしたかったのにさ!」


われわれはその的外れな返答に大いに笑った。


「安全地帯から眺めていた部外者の癖に何笑ってんだよ!ジジイ!」


白銀の竜はそう言うと、口から愚痴の代わりに炎を吐いた。

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