死神はタップダンスを踊る
白と黒のパーカー
第1話死神はタップダンスを踊る
ガタンゴトンと揺り篭が目の前を通り過ぎる。
自分が本来降りるべき駅からは二つほど遠い小さな駅。
ここには昔大きなデパートがあって、母親に手を引かれてよく来ていた。
あの頃は楽しかった。たくさんの友達、たくさんの夢、たくさんの未来。
幾重にも分岐していた自分の行き先は、どうやら全てここで終わっているらしい。
痩せこけた頬に目の下にはどす黒い隈。休みなどほとんどなく働き詰めだった。
会社にはたくさん貢献してきたと思う。たくさん仕事も取ってきたし、中々纏まらなかった商談を成立させる経緯を作ったのだって俺だ。
それがたった一度のミスでクビ。そのミスだって本来は部下の失態を肩代わりしていた矢先に起きた事故のようなものだ。
ほんの些細な綻び、でもそれは俺の首を括るのには十分な大きさで、誰も俺を助けようとはしなかった。
わかってるさ、今更こんなことを言ったってなにも変わらない。あるのは確かに俺が職を失ったという事実と右手に持つ遺書だけだ。
職場から最寄りの駅、出来ることならば最大限の悪意を込めて嫌がらせしてやろうと終末の場所はここに決めた。
あとは同僚たちが退勤する時間帯を狙って目の前を走る電車に突っ込むだけ。
実際に現場を目の前にしてみて生唾を飲み込む。ガタガタと体は震えて一筋の汗が額から零れ落ち、のどの渇きが抑えられない。
どれだけ直前までは強固な意志を持っていても、いざその場所に着いてしまえばやはり恐い。
大きい鉄の塊が途轍もない速度に乗って目の前を流れていくのをずっと眺めていると、クラクラしてくる。そのままふらっと吸い込まれてしまいそうだ。
決行の時間まではあと二十分ほど、そろそろ覚悟を決めなくてはならない。
時計の秒針はカチリカチリと一秒を告げる。心臓が早鐘を打つ音と相まってとても煩い。
動悸がすごい、何もしていないのに息が上がって立ち眩みを感じて地面に這いつくばる。
もうすぐだ、あと五分。四分。三分。良いか、しっかりと飛び込むんだぞ。でなければ後が酷いんだ。一思いにパッとやってしまえ。
二分。一分。電車の警笛が鳴る。
足に力を込め、踏切の掛かる線路内へ飛び込んだ。
......のだが何も起こらない。なぜだ? 何が起こった。もしかしてもう死んだのか?
だとしたらここはすでにあの世なのだろうか。
『おいおいおい、こんなところで飛び込みナンてしてんじゃねーよボケ』
「は?」
これが俺の死神との最初で最後の出会いだった。
意味が分からない。急に正論と暴言を同時に吐かれたので気が動転している。
『第一飛び込みとか今どき流行らねーんだよなぁ。そんなに飛込みテーなら飛込み選手になれや』
とめどなく流れてくる嫌味なしゃべり方に汗を流しながら、今までつぶっていた眼を開く。
「は?」
開口一番はこれに尽きる。目の前には黒いスーツに黒いシルクハット。そして真っ黒なステッキを持った二十歳くらいの青年がタップダンスを踊っているのだ。
意味が分からない。
「あの、どちら様ですか?」
『あン?てめぇサッキから語尾に疑問符バッカつけやがって鬱陶しい奴だな。少しは自分で考えろって習わなかったンかよ』
流石の俺だってここまで言われたら流石にカチンとくる。
「自分で考えろって言われたって、前例の全くない状況だし。そもそも俺は追い込まれて自殺するために飛び込んでるんだからそんなところまで考えられる余裕なんてないよ!」
『そこまでスラスラと言い訳が出て来ンなら、しっかりと頭回ってんじゃねーか』
「あ、確かに」
心底めんどくさそうに頭をポリポリと書きながら漆黒の杖をこちらに向けてくる。
『で? お前なんで今死のうと思ったワケ』
「死神に話が通じるかはわかりませんけど、仕事での些細なミスを吊るしあげられてそのままクビにされたんですよ」
まさか今まであったことを全て話すわけにはいかない、だから簡単にかいつまんで死神に経緯を話す。
『なるほど、ソンでこの状況に至ると』
「そうです」
通じたのかどうかはわからないが、何とか事情は察してくれたらしい。
『マ、お前が死のうと思った理由なんて死ぬほどどうでもいいんだがナ』
と、思ったら身もふたもないことをぶちまけた挙句ゲラゲラと腹を抱えて笑う死神。
確かに、他人の死のうと思った理由なんて自分からしたらそれこそ死ぬほどにどうでもいいのかもしれない。
でもだからってそんなに笑うことないじゃないか。
『お? いやいや悪い。悪気はないンだ。死神ってのは質が悪いもんだってことで一つ納得してくれよ』
「はぁ、どうせ死んだんだ。そんなことでもう目くじらを立てたりしませんよ」
『その割にはさっき顔面に思いっきり苦虫を噛み潰したような顔って書いてたけどナ』
うるさいよ。
『それとな、お前一つ勘違いしてンぜ。お前はまだ死んでいない』
「は? 俺が死んでないってどういうことですか」
死神の余りといえば余りの言葉に、頭が混乱する。
俺が死んでいない?
『まぁそう慌てんなって。俺はな確かにスーパーでウルトラな死神ではあるが、なにも死神ってのは死んだ人間の前にしか出るもんじゃねーンだよ』
「なるほど」
『おう、呑み込みの早い人間は好きだゼ』
「そうですか、俺はあなたが嫌いですけどね」
『カッカッカ。そりゃそうだわな。まぁ、話をもどすが、死神ってのは死んだ人間の前に姿を現す場合ともう一つ、本来死ぬはずじゃなかった人間が運命を捻じ曲げてでも死のうとしたときに最後の選択を問いかけるために登場する場合があるんだ』
『勿論この場合は後者ダ』と真面目な顔で告げてくるが、体は一向にタップダンスをやめていないので、真剣に聞けばいいのやらなんやらで感情がぐちゃぐちゃである。
「俺がまだ死んでいなくて、さらに本当は死ぬはずではなかったということはわかりました。だとしたら何故俺は死を選んでしまったんでしょう?」
『え、それを俺に聞くの? 自分が一番よくわかっていることを相手にわざわざ告げてもらって、死ぬことの材料にしようとしてンなよ。気色悪ぃ』
「それは……」
『それは? なんだよ。何も違わねーダロ。さっきからグダグダしてんなよ実際に選択の時間を与えてやってんのは俺だがな、暇じゃねーんだよ。それに時間を止めるためのタップダンスもめちゃくちゃしんどいんだぞ』
「いや、それは知らないです」
いきなり出てきて無茶苦茶なことばかり言ってくるこの死神はいまいち信用できないけれど、なんだか憎めない不思議なキャラクターをしていると思う。
ちっとも味方面なんてしてくれないけれど、しっかりと俺の内面を見てくれている。そんな不思議な奴。
こんな友人がいてくれればもう少しは人生を楽しんでいけたのだろうか。
「あのさ」
『あン? なんだよ、もうそろそろ足攣りそうだから早くしてくんない』
「俺と友達になってくれないかな」
『はぁ? 意味わかんねー。それが何になるってんだよ』
「なんにも」
『だったら友達になる意味なんて……』
意味なんてない、そう言おうとしていたのであろう死神は、俺の顔を一瞥した後少し顔を背けながら『わかったよ』と小さな声で了承してくれた。
『はぁ~ったく、この時間が終わったらもう二度と俺たちは会えねぇし、記憶も消えちまう。それでも、いや、だからこそ友達としての言葉を最後に送ってやる』
『逆境を笑え、這い蹲ってでも縋りつけ、人間生きてさえいりゃ恥はかき捨てでどうにでもなる。どうせ死んだら全部ゼロだ。なら、恥はかいといたほうが得ってもんだろう? でもな、その代わり絶対に寿命を全うしてから死ね。それが友としての俺から送る最初で最後の言葉だ、良いな?』
「はは、タップダンス踊りながらなんて締まらねーな」
『うっせーよバーカ』
「でもありがとう、元気出た。俺まだ生きてみることにするよ」
『そうか』
フッと死神が笑った直後、目の前が真っ白に光り輝きそして暗転。
ああ、そういや名前聞いてなかったなぁ。
☆
カンカンカンとけたたましい音が鳴る踏切の前で、顔面を真っ青にした男が一人佇んでいる。
俺が数年前に自殺を考えていた場所と奇しくも同じ踏切。
何も考えずに駆け出した俺は、そいつが飛び込もうとする手を間一髪でつかむ。
「なぁ、知ってるか? 死神ってタップダンスを踊ってるんだぜ」
死神はタップダンスを踊る 白と黒のパーカー @shirokuro87
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます