第47話 完走しろ、以上。
僕と入れ替わっている間に、高校二年生の『僕』が書き込んだ『僕がいる』ノート。
僕より達筆で、文字のバランスも素晴らしい。
次のページをめくると、今度は日記が記されていた。
五月二十七日、水曜日。その日の悠花の死亡原因からその回避方法までが簡易に記録されていた。
二行空けて次は五月二十九日、金曜日。
〈
放課後、野球部の暴投が頭に当たった。
→放課後デートに誘ったが、部活があるし帰りに友達とお茶する約束していると断られた。
学校をサボって山に行った。虫を捕まえた、いろんな種類をたくさん、ダンボール箱二つを持ち運ぶのは大変だった。念には念を入れて野球部部室からボールになりそうなものを全て没収し、虫入りダンボール箱を開けてドアを閉めた。
その日、野球部は野球らしき活動をしなかった。
五月三十一日、日曜日
ショッピングモールの階段から落ちた。目撃者の話では、誰かを探して慌てている風だったという。
→小雪から本屋に行こうと誘われていた日だった。木曜日の図書委員の時に『僕』と約束したらしい。何してるんだ、断っておけよ。
六月二日、火曜日
〉
まるで僕が書いた日記のように、僕の心情を映し出しながらも事実を記録していた。
ページをめくり、最新の日記が終わると今度は『僕』の個人的な日記のようなものがあった。
「日記というより、詩?」
〈朝目を覚ますと世界が変わっている〉
その文面から始まる『僕』の日記。
自分が二年という歳月をタイムリープしていることと、その歳月が思春期の少年少女にとってどれほど密度の高いものかという事を語り、だから君たちは自分を誇れと主張した。
〈
多感な時期に何かを頑張った、やり遂げたことは生涯、君の宝になるだろう。その時期に気付いたことは君の後の人生に多大なる影響を与える。
生涯の誇りにするといい。
モテ期モテ期! と騒いでその時期を異性に費やした僕に、神様はどんな試練を与えようとしていたのだろう?
それを理解して初めて僕は、この無限ループから抜け出すことができるのだ。
親愛なる馬鹿な僕へ、二年後の『僕』より。
この言葉を捧げる。
完走しろ。
大丈夫、
『僕がいる』
二年前の、中学二年生の僕へ。
〉
それは『僕』から僕にあてたメッセージだった。
次のページには『僕』の行為はこの中学生世界に影響を与えないことを主張し、だから悠花を助けるのは今の僕の役目だと説いた。
助言や僅かな助力はできるけど、手助けはできない、と。
〈 だから『僕』は僕に代わって記録をつける。二周目が訪れたときに動揺しないように、僕がちゃんとやり過ごせるように。二年前のことを思い出しながら、『僕』は僕の気持ちになって日記を書いた。
途中、感情的に書き殴ってしまった部分もあるけれど、そのままにしておく。きっとそれが、僕にとっても『僕』にとっても、本当の感情だから、大切なことだから。 〉
白紙を挟んで、挟んで挟んで、最後のページ。
〈この物語はファンタジーである〉の文面に、僕は首を傾げた。もしかしたら『僕』は、小説家志望なのかもしれない。
そんなことはどうでもいい。
読み進める。
〈 モテ期というものは万人に対して平等に訪れるもので、それは誰しも三度は経験する 〉
「……え?」
思わず声が漏れてしまった。
これは本当に、僕は将来、小説家を志すようになるのかもしれない。面白いけどさ、文章もこの日記の構成も最高に上手だけどさ。
いや、よく見たらこの日記、僕が高校休んだ日はめっちゃ苛立ってるな……待て、〈香里がツンツンしてた、かわいい〉とか書いてる。本当の感情というか欲望出し過ぎじゃないか?
そんなことはどうでもいい。
とにかく、そのページの『僕』が伝えたかったことを要約すると、
〈
人は誰でも三度のモテ期が訪れる。
前述したように、思春期に感じた成したことは生涯の君の宝になる。
意味がわかるか? これ読んでる中二病全開のそこの馬鹿。
モテ期は人生で三度ある。気付いていると思うが、おまえも『僕』もモテ期真っ最中だ。
話を戻そう。
これはモテ期を迎えた『僕』たちと、その時期を彩ってくれた四人の女の子たちとのお話。
三度のモテ期を行き来する僕が、僕を大切に思ってくれる女の子たちに支えられて幼なじみの女の子を助ける
持久走に例えたお話。
考えろ、僕。
最後まで走れ、諦めるな。
神様は、乗り越えれると思って僕にこの試練を与えた。
完走しろ。
以上。
〉
要約できなくて、原文そのまま声に出して呼んだ。
その時になってようやく気がついた。目元に涙が溢れていた。
ポタッとそれが、机の上に落ちる。
「……っう」
お礼を言いたかったが、意味のないことだと思ってやめた。
今じゃない。
だって僕はまだやり遂げてないから。走ってる途中だから。
今はまだ、お礼を言うべきじゃない。
行こう。
いかなければ、未来へ、過去へ。
僕に与えられた試練を、乗り越えるために。
考えろ、考えろ考えろ。
タイムリープの条件、入れ替わりのタイミングは眠りについて日を跨ぐこと。
いけるのか?
奇跡が起こるか?
それよりも、どの世界にいく? 未来に行っても意味がない、ということは過去……悠花が入院する以前の世界?
考えろ。
どの世界に行ける? まずはそこを突き止めないと。
それを理解したら僕は、また超常現象の渦中に行ける気がする。
「……思春期に、僕が感じた成したこと?」
『僕』が書いていた、その時のことは生涯の宝になると。
その時に乗り越えた試練、思春期に僕が一番関心を持っていたこと。
「……モテ期?」
疑問符になってしまった。だってそうだろう、思春期に一番関心を持っていた、力を入れていたことが女の子にチヤホヤされることって……。
そんなことはどうでもいい。いいじゃないか、モテ期が青春でも!
「モテ期万歳!」
叫んでみたがとても滑稽で、もう一度だけ「万歳」と口にしてそれ以上はやめておいた。
話がそれてる。だから、つまり、僕がいま一番気にするべきはモテ期で……。
はっとして、『僕がいる』ノートを開いた。どこだったっけ、最後のページ。
『僕』が僕にあてたメッセージを指でなぞり黙読する。
そしてある文面で、僕は指を止めた。
〈
三度のモテ期を行き来する僕が、僕を大切に思ってくれる女の子たちに支えられて幼なじみの女の子を助ける
持久走に例えたお話。
〉
「三度のモテ期……三回、中学二年生のときと高校一年生……もう一つは、小学生五年生!」
そうだ、悠花の監視の目がないことをいいことに僕は女の子たちといちゃついた。あの時たしかに、自分がモテ期の渦中にいると信じて疑わなかった。
だってほら、あんなにたくさんの女の子が入れ替わり立ち替わり僕のところへ来ることなんかなかったから……勘違いもするよねっ!
「小学五年生の夏前! 悠花が入院した時……タイムリープ先としては十分だ!」
発動条件は、日付を跨いで眠ること。
ノートを閉じ、散らかった机はそのままにしてベッドに飛び乗った。
行けるか?
いや、いくんだ。
いける!
これが正解、僕の導き出した答えだ。
大丈夫、終わる。不思議と、自分の中ですっきりケジメがついている。
ラストスパートだ、ここを乗り越えれば僕は強くなれる。
「走れ」
タオルケットに包まって、小さな声で呟いた。
目を閉じたまま、呪文のように呟く。呪文て言葉は微妙だな、おまじないにしよう。
いつか昔、悠花が僕におまじないをかけてくれたように。
僕自身が僕に、おまじないをかける。
「走れ……走れ、最後まで……完走しろっ!」
発声出来ていたかはわからない。
ベッドの上で叫声をあげた僕はそのまま意識を失い、朝が来るまで眠りについた。
超常世界を行き来する時はいつも、とても眠くてすぐに寝れるものなのだ。
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