第46話 『僕がいる』ノート
記憶のヒントを探り、僕がやってきたのは駅前の商店街だった。
午後三時半。
彼女は今日も、店番を任されているだろうか。
「あ、おーい! たけるっ!」
八百屋の前に着いた時、店の中にいた美波先輩に声をかけられた。
パタパタと大袈裟に足音を鳴らして歩み寄ってくる美波先輩だが、用事があるのは僕のほうで。
店から少し離れた場所で、僕と美波先輩は合流した。
「どしたのー? お買い物?」
「先輩に用があったんです!」
「ん? わたし?」
「先輩、『僕』に会いましたよね⁉︎」
「…………ん?」
「あ、えぇーっと! 美波先輩は、高校一年生の僕と、話したんですよね?」
「健、なに言ってんの?」
「だから! えっと! 未来人の『僕』と会って話したんですよね? 僕が高校生世界に、『僕』が中学生世界に、二人の僕が互いにタイムリープしてたんです!」
僕の言葉に、美波先輩はすっと目を細めた。
「なに言ってんの、たける」
同じ言葉だが先ほどとは違う、試すような先輩の口調。
僕はここで、諦めちゃいけない。
「『僕』からなにか聞いていませんか? 悠花を助けるヒントになることとか」
「ヒント?」
「たぶんこれが最後なんです。最後の試練! これを乗り越えたら僕は未来を変えれる、悠花を救うことが出来るんです!」
どこまで事情を察しているのだろう。黙って僕の話を聞いていた美波先輩が、小さくため息をついた。
「健ってさ、ほんと馬鹿よね」
「自覚してます!」
「ノート、見てないでしょ?」
「ノート?」
「はっきり言うけど、わたし、今の健のことは好きじゃないわよ?」
「えっ? え? なにを急に……」
「わたしが好きになったのは、高校一年生の長束健だから。今の中二全開の健はほんっとガキくさくて嫌!」
「ひ、ひど……」
「でも頼まれたから……わたしが好きになった健に、僕のことよろしくお願いしますって頼まれたから。助けてあげる」
ぐいっと、美波先輩が僕の胸ぐらを掴んだ。中二と言っても僕の成長期は早くて、先輩より十センチは背が高い。
吐息がかかる距離まで顔が近づいたところで、美波先輩が囁いた。
「最初にやり始めたのは今の健でしょ?」
「え?」
「『僕がいる』ノート。やっぱりわたし、今の健はムリだわ。高校生になったらまた、相手してあげる」
そう言った後、美波先輩は僕の胸を離した。
「楽しみにしてるねー、次のモテ期!」
陽気に片手を振りながら八百屋の中へ戻っていく美波先輩。
彼女が背を向けたところで、僕はぺこりと頭を下げた。
「頑張って、健」
美波先輩の声が聞こえてきたが、振り返らないまま走り出した。
*
自宅の玄関を開ける前に、悠花の部屋の窓を見た。カーテンは閉まっているけれど大丈夫、すぐ迎えにいく、悠花を。
靴を脱ぎ捨てて自室へ。
三日どころか二日で書くのをやめてしまった考察ノート。机の引き出しに入れたまま、綺麗な状態で残っているはずだった。
僕だけならば、『僕』がいなければ……あのノートの三ページ目以降は、白紙のままだった。
それは以前と同じ場所にあった。
B5ノートの表紙にでかでかと『僕がいる』とタイトル。その下に『モテ期における超常世界の考察』と書かれた副題。
一ページ目をめくると、[一日目][二日目]の表題の下に僕と『僕じゃない僕』の行動記録。
二ページ目には、昨日の『僕』の調査結果、『いつもよりなんか、大人っぽかった気がする』と小学生の自由研究以下の考察結果が書かれていた。
白紙を一つ挟んで、次のページ。
〈 やっと見たか、馬鹿 〉
見開き分をいっぱいに使って、『僕』の字でそう書かれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます