第40話 ループ
香里が出て行ってすぐに母が帰ってきて、いざこざは未解決のままだった。
仕方ないだろ、僕は忙しいんだ。それより寝ないと、明日にいかないと……。
朝の目覚めはやはり、最悪なものだった。
いつもより早い時間に家を出ると後ろからポテポテと足音が聞こえてきて。
涙が出るかと思った
「健くん、おはよー! 今日は早いんだね」
「おはよう、悠花」
無理やり作った僕の笑顔を見た悠花は首を傾げたが、追及はしてこなかった。
「僕、学校でやりたいことがあるから」
そう言って足を速めると、悠花は「うんっ」と僕の歩幅に合わせて小走りになった。
「健くん、学校でなにか用事があるの?」
「すごく大事な用事」
「なに?」
「悠花には秘密」
「えー、なに……それって、わたしのための用事?」
「…………え?」
「健くんの大事な用事って、わたしのために何かするってこと?」
「僕、そんな話したっけ?」
「デジャブというか、この会話前にもしたことあって、その時に聞いたというか……健くん、早めに学校いってどこに行くの?」
「……渡り廊下」
「渡り廊下? えっ、危ないよっ! また落ちちゃうよっ!」
「落ちる? 手すりが壊れて落ちるのは悠花だろ?」
「わたしが? なに言ってるの? 手すりが壊れて落ちそうになって、先生に怒られたのは健くんで……あれ? これいつのことだっけ? 夢?」
今日、悠花に起こる事故の内容は、学校の渡り廊下の手すりが壊れて三階から落ちたことによる転落死だ。危ないと感じていた生徒は他にもいて……。
これ、前にもあったよな?
結局、僕が落ちそうになって、美術部顧問の先生が助けてくれて。
「悠花、その時のこと、覚えてる?」
「その時って?」
「僕が渡り廊下から落ちそうになったときのこと」
「健くんが? なに言ってるの?」
くすくすと笑う悠花が、冗談を言っている風には見えなかった。いきなり記憶喪失になったなんてことはないだろう。
タイムリープという超常現象を体験している僕だ。この事実を受け入れることは容易だった。
僕の記憶にある事故が、記録から消えている。
二周目だ。
前回解決した同じ事故を、繰り返している。先週みんなで海に行くと言った悠花、父さんに頼んで保護者が自動車を運転していくことになった。
僕が同行することで悠花は喜んでいたが、他の女子からは非難の目を浴びた。
悠花をバスに乗せないために、車で連れて行ってもらったのだ。
僕が最初に悠花を救ったのは、バスの転落事故を防いだから。野鳥を見る会、学校出発の貸切バスに乗り遅れた悠花は一人で現地に向かい、その時に乗っていた市営バスが転落事故を起こした。
繰り返してる、同じことを。
じゃあきっと次は……えぇっと、なんだったっけ?
ショッピングモールだったっけ?
体験すればわかる。
同じことを繰り返すはずだ。
『この超常現象は、いつ終わるの?』
ここにいるはずのない、香里の声が頭に響いた。
「健くん? どうしたのっ?」
僕は走り出していた。
住宅街を駆け抜けて大通り、点滅する青信号に飛び込むと右折車がブレーキを踏む音が交差点に鳴り響いた。
学校へ着くとすぐに階段を駆け上った。三階で足を切り返し渡り廊下へ。
僕が見た光景は、信じられないものだった。
「……変わってない」
渡り廊下は以前と同じままだった。そんなはずはない、だって一ヶ月ちょっと前、手すりが壊れて改修工事が行われた。
欄干ごと全て取り替えたはずなのに……。
渡り廊下を走り、中央部分の手すりに触れる。カタッと柱が歪み、さらに力を加えると手すりが割れて崩れ落ちた。
「おいこら、長束! なにやってる!」
四階の美術室から飛び降りてくる人影。
美術部顧問の先生は僕の背後に着地すると、壊れた手すりを見てため息をついた。
「なんだ、ここ。古くなってたのか? 危なかったな」
「……先生、覚えてますか?」
「は?」
「……僕、二年後は、隣町の超有名進学高校の生徒になるんですよ」
「なに言ってんだ、今のおまえの成績じゃ無理だ」
「先生、『僕』……未来人なんです」
振り返ると、美術部顧問の先生が怪訝そうに首を傾げた。
わけがわからないという表情に見えて、堪らなくなって渡り廊下を走り抜けた。
階段を下りる途中で校長先生にぶつかったが無視して走り、一階の廊下を駆け抜けた。
「健くん、たけるくんっ!」
背後から声が聞こえる。悠花の声、追いかけて……追いついてきている、僕に。
僕を追って、悠花が……。
大丈夫。
今日の悠花は死なない。
明後日の悠花も死なない。
だって同じだから、結末はわかってるから。
僕が頑張る限り、大丈夫。
でももし、僕が諦めたら?
途中で手を離したら?
事故回避するのをやめてしまったら?
悠花は即座に、いなくなる。
僕のせいで
僕が頑張らなかったから
僕のせいで
僕が
僕がっ!
僕がいる。
だから、悠花は死なない。
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