第38話 僕の好きな女の子
六月二十三日、水曜日、高校生世界。
久しぶりに僕が学校に行った。
香里がツンツンしていたけど、その日は暴力はふるわれなかった気がする。かわいい。
○ ○
六月二十五日、金曜日、高校生世界。
また学校を休んだ。
出席日数は成績でカバーできるのか。
○ ○
六月二十六日、土曜日、中学生世界。
父さんも母さんも出かけて一日いなかったので、悠花を家に誘った。動揺しながらも、悠花が僕の部屋に遊びにきた。
誤解はしないで欲しい、手は出さなかった。映画を一緒に見た、面白かった。
ショッピングモールには行かなかったから、事故は回避できた。
○ ○
六月二十七日、日曜日、高校生世界。
母さんは出かけてる。帰ってきたら話を聞かないといけない。
○ ○
六月二十八日、月曜日、中学生世界。
雨が続く、梅雨が明けない。
悠花は大丈夫、まだ生きてる。
* * * * *
高校生世界でも雨が続いて、梅雨は開けていなかった。
二年前もそうだった。だから悠花は足を滑らせて、階段から落ちて死んだ。
該当の歩道橋で僕は車の流れを眺めていた。
平日の正午過ぎ、歩行者はほとんどいない。
「終わらない……まるで持久走だ」
声に出してしまったことがおかしくて、小さく笑った。
「持久走?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、制服を着た香里が立っていた。
互いに傘を差している。
距離およそ、二メートル。
「……学校は?」
「あんたこそ、学校サボってなにやってんのよ?」
「僕は大事な用事があるから」
「歩道橋の上で突っ立ってることが? 一時間も?」
「……いつから見てた?」
「一時間前。後ろを通ったとき、あんたはわたしに気づかなかったけど」
「……二年前の明日、ここで、女の子が死ぬんだ」
僕の言葉に、香里は怪訝そうに顔をしかめる。
「二年前? 明日?」
「僕はそれを回避するために、今ここにいる」
「どういうこと? 二年前なら、もう死んでるんじゃないの?」
「この世界では死んだことになってる。だから僕は、それを回避するために二年前の世界からやってきた」
変なことを言っている自覚はある。頭がおかしくなったと思われただろうか?
それならそれで構わない。
だって実際、今の僕はおかしくなってる。
「タイムリープしてるんだ、僕。今現在、高校一年生の時代と二年前、中学生二年生の時代を交互に行き来してる」
思ったよりすんなり、自然に口にすることが出来た。
無理だった、ずっと誰にも相談できなかったのに……
「香里、聞いてほしいことがあるんだけど、時間ある?」
僕の言葉に、香里は「あんたが学校休むなら、わたしも今、暇してる」と真面目な顔で答えた。
*
長い、この一ヶ月半の話を香里は時折頷きながら、ゆっくりと聴いてくれた。
全ての過去を話し、今ここにいる理由と明日起きる出来事について語ったところで、香里が目を閉じて深呼吸した。
「あんた、つらかったでしょ?」
「……え?」
「一人で、たった一人でその子の命を救うって……しかも終わりの見えない、毎日で……よく頑張った、頑張ってるわよ、あんた」
ぐすっ、ぐじっと鼻をすすりながら、溢れ出る涙を拭いながら香里が言う。
僕は呆気にとられ、ただただ香里を見つめていた。
「なんで、なんでそんなこと……神様はあんたになにをさせたいの? なんの試練を与えてんのよ。こんなに頑張ってるのに、あんたは頑張ってやってるのに……うわぁぁぁあん」
香里の泣き声は、うまい具合に雨がかき消してくれた。さぁぁと鳴る雨音の中に、僕だけしか聞こえない香里の泣き声。
傘を手放して香里を抱きしめた。
涙でぐじゅぐじゅになった香里の顔が、僕の肩に埋まる。
お互いの傘が飛んで、僕らは雨に打たれた。
「あんたはすごいわよ。長束健は頑張ってる、すごいやつよ」
「……うん」
「だからもうやめてもいい、そんなに無理しなくてもいいって思うけど、でもっ! わたしはあんたに、そんなこと言えない」
香里が僕の胸に手を当て、身体を離した。
涙を拭い、顔を上げて僕を見上げる。
「でも、わたしはあんたの味方だから。今日みたいにこうやって、雨に打たれたい日は一緒にいるし、悲しみも喜びも同じものを感じてあげる。だから、自分が納得するまで頑張って、もう無理ってところまで走ってきなさいよ! 全部終わったらまた一緒に、笑ってあげるから」
「うん……」
もう一度、香里を抱きしめる。華奢な身体が、僕の腕にすっぽりと収まった。
そのとき僕は、自分の意思で香里を抱きしめたいと思った。
悔しいけど、『僕』が香里を好きになった理由が、今ならよくわかる。
『僕』は帰りたいんだ、香里のところへ。
香里と一緒に、喜怒哀楽を過ごしたくて……
だけど僕が悠花を助けて、この超常現象が終わったら。
僕らはどっちの未来を選ぶのだろう?
*
翌朝、雨は止んでいなかった。
玄関のドアスコープから向かい側の家の様子を窺い、ドアが開いたところで自分も外に飛び出す。
「いってきまーす!」
玄関を飛び出した悠花が僕に気づく。
「おはよう、悠花。偶然だね」
わざとらしく手を上げた僕を見て、悠花の顔に花が咲いた。
いつも見てる、笑顔の花だ。
「おはよう、健くん! 偶然だねっ!」
大丈夫、これで一緒に登校できる。
歩道橋のある通りを回り道して通学する、なんて奇行はさせない。
僕がいる限り、悠花は死なない。
「一緒に登校しようか、悠花」
傘を持っているのと反対の、左手を悠花に差し出す。
悠花は嬉しそうに右手で僕の手を取った。傘を二つ並べて歩いているので腕が濡れたが、そんなことはどうでもいい。
手を強く握ると、悠花がもっと強い力で握り返してきて。
その体温がとても、心地よかった。
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