第37話 告白の返事 ~優等生~



 小雪の家で対応してくれたのは彼女の母親だった。小柄な体躯にショートボブの髪型。

 落ち着いた穏やかな女性というのが第一印象。


「わざわざすみません。病院でもらったお薬が効いたのか、今朝からはちょっと楽そうで……」

「た、健くんっ!」


 玄関先で話を聞いている時だった。突然のかわいらしい声に顔を上げると、奥の部屋の隙間から小雪が顔を出していた。

 視線を集めてしまった小雪は気まずそうに、ズズズっと部屋の襖を閉める。


「小雪ちゃん、顧問の先生がお見えになってるの。ご挨拶できる?」


 母親に呼ばれ、仕方なくという風に小雪が襖を開けた。

 口元にマスクをつけた小雪が、おずおずと僕たちへ歩み寄る。淡いピンク色のパジャマに紫のカーディガンという愛らしい格好。

 小雪はちらっと僕を見て、その視線を先生に向ける。


「部活、長いことお休みしてすみません」

「あぁ、いいんだ、そんなことは。どうせおまえ、図書委員がある日は部活休んでただろ?」

「そ、そんなこと……!」


 反論しかけた小雪だが、僕の視線に気が付いて言葉を止めた。

 そういえば、いつの間にか、小雪のお母さんはいなくなっていた。


「俺、向こう行ってたほうがいいか?」

「えっ? だ、大丈夫、大丈夫ですっ!」


 美術部顧問の先生の言葉に、小雪が大声で反論する。

気を遣ってくれたのかな、やっぱりいい先生だな。

 そう思ったのも束の間、小雪が僕に向き直った。


「健くん、わたし……健くんを好きだって気持ち、ラブじゃなくてライクだったかもしれませんっ!」

「……ん? んんんっ?」


 突然の告白。

 なんだ、なに言ってるんだ? と首を傾げる僕と、ぽかんと口を開けている美術部顧問の先生。

 パチンと目がぶつかって、「俺、やっぱ外出てる」と言われたが(目線だけで)、「ここにいてください」と返した。(目線だけで)


「わたしが健くんを好きになったのは、あっ、いえ、好きだと勘違いしたのは図書委員に選ばれた時で。みんなが面倒な仕事をわたしに押し付けてる中で、健くんが味方をしてくれて。それで好きに……と、友達として好きになったんです! だからこれはラブじゃなくて、ライク、ボーイフレンドとして好きなんですっ!」


 ボーイフレンドとは?

 まぁ、細かいことを言うのはやめておこう。小雪は必死に、僕のことを考えてくれているのだ。

 あんなことを言ってしまったのに。彼女を気遣って優しい言葉をかけるべきなのは僕なのに。

 なんて優しい……人を好きになるということは、こういうことなんだろうか。


「だから、告白の件は、なかったことに……」

「それはできない」


 僕の言葉に、小雪は「え?」と首を傾げた。

 美術部顧問の先生が、口をパクパクして僕を見つめる。

「お、おまえなに言ってるんだ。せっかく西岡が!」「大丈夫です、見ていてください」「俺、やっぱり外に」「ここにいてください」

 全て目線だけで行った会話である。

 小雪に向き直り、僕は深呼吸を一つした。


「小雪は真剣に僕に向き合ってくれたから。僕もちゃんと小雪と、真剣に話しする」


 小雪はしばし考えたあと、「はいっ、よろしくお願いします」と背筋を伸ばした。

 おろおろする美術部顧問の先生を間に挟んで、僕と小雪は真剣に思春期特有の恋バナを始める。


「先週、小雪が言ったとおりだ。僕はたぶん、ずっと悠花が好きだった」

「知ってます」

「だから小雪の気持ちには応えられないし、勘違いさせてたならごめん」

「勘違いはしてました。健くん優しいから、もしかしたらって」

「モテ期が来たことに浮かれてたんだ、ごめん」

「知ってました。ちやほやされたいんだろうなぁって」

「……知ってたの?」

「健くん、表情が顔に出るし。図書室でも、わたしと話した後に時々、モテ期! って呟いてましたから。わたしはその、健くんのモテ期を演出する材料にされているだけなんだろうなぁって、わかってました」

「…………」


 最低かよ、僕。


「最低だな、長束」


 美術部顧問の先生が声に出して言った。


「あっ、でも気にしないでください。わたしはそれでいいと思って、健くんの役に立つことがわたしの幸せだから、モテ期を演出する材料の一つで全然いいんです」


 ごめーん、小雪!

 健気かよっ、いい子かよ!

 それに比べて僕は……


「最低だな、長束」

「うるさいですよ、美術部顧問の先生! 外行っててくださいっ!」

「ここにいろって言ったのはおまえだろ!」

「言ってません」

「言ってただろ!(目線が)」

「言ってません!(目線でしか)」


 僕たちの口論に小雪がクスクスと笑声を漏らした。


「だから健くん、わたしは大丈夫です」

「うん……あの、先週怒鳴ったこと……ごめん。図書委員もちゃんとやるから。そういえば小雪、猫は?」

「あぁ、いますよ。オレンジティー!」


 小雪が呼びかけると、階段の上からクリーム色の猫が降りてきた。

「にゃあーん」と、子猫特有のかわいらしい声をあげながら。

 オレンジティーと名付けられたらしい、飲み物でもみかんでもない小動物が。


「うちで飼うことにしました、だから安心してください」

「あっ、そうなんだ……えっ? 噛まれてないの?」

「噛まれる? 野生の猫に素手で触っちゃダメですよ? うちの家族、動物好きなので飼育には詳しいんです」


 その言葉を皮切りに、階上やリビング、奥の部屋、様々な場所から猫や犬、ウサギなどの小動物が十匹ほど飛び出してきた。


「ハムスターと蛇、カブトムシとかも買ってるんですけど、あの子たちは放し飼いにはできないので」


 動物王国の長と化した小雪が、ニコッと微笑んだ。

 正直に言うと、獣はあまり得意ではない。美術部顧問の先生も僕と同じようで、男二人して玄関で固まっていた。


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