第24話 事故
焼けつくような日差し。
僕と香里は家の前で立ち尽くしていた。しばらくしたところで、目に涙を浮かべた香里が手のひらで顔を覆った。
「ごめん……こんなこと言って。一緒に行きたい、健の過去を知りたいなんてわたし、自分勝手だよね」
嗚咽を漏らしながら涙を流す香里に、声をかけることができなかった。高校一年生の『僕』ならうまい言葉を言えるのかもしれないが、今の僕にはどう慰めてあげたらいいかわからない。
いや、おかしいだろ……泣きたいのは僕だ。
「嘘だ……」
だって僕には、その時の記憶がない。死んだなんてそんなの知らない……僕の中ではまだ、死んでないのに。
「いやだ」
口をついて出た感情はそれだった。今までの、中学二年生の時の記憶が一気に蘇る、まるで走馬灯のように。
晴れ渡る空を彼女との思い出が駆け抜けた。
「いやだ、嫌だ……いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ、嫌だ!」
「た、たける?」
僕の叫声に驚いた香里が顔を上げる。だけど僕には、香里の顔がぼんやりとしか見えなくて、中学二年生の僕が好きだった女の子の顔しか頭に浮かばなかった。
「そんなの嫌だっ! いやだ、嘘だっ! だって僕の世界は、中学二年生の時は……」
そこではっと気が付いた。そうだ、僕はタイムリープしてここにいるんだ、入れ違いで。
何かの目的を成すために中学二年生をやり直している、高校生の『僕』に代わって。
「香里、高校生の僕は、ちゃんとしてるかな?」
「え?」
「高校生の僕はどんな感じなの? しっかり者? 頭はいい? 計算高い?」
「え、えっと……うん、頭が良くてしっかり者で、運動は全然だけど、計算高くて賢くて……」
「『僕』はちゃんと、うまくやれるかな?」
「……なに言ってるの?」
香里が首を傾げる。そりゃそうだろう、本人を目の前にして頭が良いかどうか聞いて「褒めろ」と言ってるんだから。
でもそうでもしないと安心できない……いや、違う。いくら賢くてもダメな時はダメだ。『僕』はちゃんとうまくやれる、彼女を助けることができるのだろうか?
そもそも事故ってなんだ? どうして命を落とした? なにがあった? それすらもわからない僕はただここで、高校生の『僕』がうまく過去を変えてくれるのを待つだけだ。
もどかしい……
居ても立ってもいられないが、僕が動いたところでどうにかなるわけではない。
唇を噛み、地団駄を踏むと香里の肩が跳ねた。
「……『僕』は、香里が好きなんだよな?」
思い出して、そして声に出してしまっていた。だけど幸い、香里には届いてなかったみたいで、先ほどと変わらない表情で首を傾げている。
高校生の『僕』は香里のことを好きになって、過去のことなんて忘れてるんじゃないか? 呑気に高校生活を送って、デートなんかして、中学二年のときに好きった女の子のことなんて……
いや、いくら何でもそんな薄情なやつじゃない。未来の僕は情に熱い優しいやつだと信じたい。例えそれで未来が変わって、香里と出会えなくなったとしても、見捨てたりしないでちゃんと、助けて……
「くそっ!」
わけがわけらなくなって再び地面を蹴ると、香里が不安そうに後ずさった。
いや、信じよう。二年後の、高校一年生の『僕』を。きっとうまくやってくれる。
がんばれ、がんばれ、頑張れっ!
エールを送るしかできないけど、強く祈った。
「来週の、月曜日?」
そしてふと思い至った。
それって何日だ?
二年前で言うと、何曜日になる?
「今日って、何日だっけ?」
僕の質問に、香里はキョトンとしながらも返答する。
「20日だけど……」
「じゃあ、来週の月曜は?」
「23日でしょ?」
日付が違う……二年前、中学生世界で昨日は21日だった。てことは今日の『僕』は22日を過ごしている。曜日はおなじ、今日は金曜で明日は土曜日。
そして事故とやらが起こるのは、23日……二年前の23日は土曜日だ。
何があったっけ?
どうしてだろう、世界が違うからか、うまく思い出すことができない。
「香里、ちょっと聞いてもいいかな?」
これくらいは許されるだろうか。タイムリープのことはいえないけど、事件のことを聞き出すくらいなら。
「その、事故のこと、美波先輩から詳しく聞いた?」
すらっと言葉が出てきた。
よし、いける。何とか聞き出すことができそうだ。
「うん……」
表情が陰り、俯く香里。残酷なことをしていることはわかっている、僕だって辛い。
だけど、事実を知らないと何も始まらない。
「……何を聞いたか、詳しく教えてくれないか?」
途端、香里が目を見張った。顔をゆがませたあと、再び下を向く。
「どうして、そんなこと聞くの?」
「あ、えっと、美波先輩が語った話と僕の事実を照らし合わせたくて」
「美波先輩が嘘をついたかもしれないってこと?」
「そうじゃなくて! えーっと、どんなふうに話したんだろうと思って。香里にはちゃんと、知って欲しいから」
香里が顔を上げた。じっと僕の目を見つめて、やがて口を開く。
「二年前の23日、野外学習に行く予定だったんでしょ?」
「野外学習?」
「違うの?」
「え? いや……あぁ、そっか。野鳥を見る会のことか」
「野鳥を見る会?」
「土曜日に、文化部の先生たちがそれぞれに所属する生徒たちを集めて山に野鳥を見に行くって小雪が言ってた」
「……それでその、行く途中のバスが事故を起こして、それで……」
「バス? え? でもあれ? バスって貸切の大型バスだよね? そんな大惨事があったのに……ていうか卒業式の日、その会に参加してた生徒もいた……」
「なに言ってるの?」
独り言に似た僕の呟きを遮るように香里が言った。
訝しげな目で、僕を見つめる。
「事故を起こしたバスは、市営バスでしょ?」
「……え?」
「遅刻して、学校出発の貸切バスに乗れなかったから、一人で市営バスに乗って遅れて行ってたけど、そのバスが崖から転落して……って、美波先輩が言ってたけど」
「そ、そうなの?」
「そうなのって……違うの?」
「あ、いや……それで? バスの乗客全員?」
「全員っていうか……乗客はその子一人だったから、犠牲になったのは運転手とその子二人だけだったって……いつもはそんなことなくてたくさんの乗客がいるから、なんの因果だろうって、ちょっと話題になったって……わたしもそのニュースは知ってたけど、まさか健の好きな子だったなんて……」
香里の目から再び涙が流れる。
そうか、事故ってそういうことか。23日の月曜日……違う、二年前のことだから23日は土曜日。
あれ?
今日って何曜日だ?
「香里……今日って金曜だよな?」
「え、うん」
目を擦りながら、不安そうな声で香里が答える。僕の顔を見て、さらに首を傾げた。
「健、大丈夫?」
気遣う香里の声も、僕の耳にはもう入らなかった。
今日は金曜日……二年前、中学世界でも曜日は同じだ。向こうの世界での『僕』は今、22日の金曜を過ごしている。
このタイムリープにはある法則があった。日が変わることに世界が変わる、というものだ。
中学生世界を過ごしたあとは高校生世界へ、その次は中学生世界。そうして一日交代で僕と『僕』は二つの世界を行き来していた。
つまり明日、『僕』はこっちの世界に帰って、僕が向こうの世界に行く。
「僕の番だ……」
二年前、中学生世界を過ごすのは僕の方だ。
つまり事故の日を過ごすのは、事故を回避するのは僕の役割になる……かもしれない。
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