第23話 彼女が存在しない世界、その理由
自宅に着くと同時、僕は驚いて後ろに跳ね上がり、尻餅をついた。
「なに驚いてんのよ、馬鹿っ!」
玄関には香里がいて、僕を待ち伏せしていた。
制服姿のまま、学校から直でここに来たのは間違いないと思うが……。
「どうして香里が! さっき学校で、先生に呼ばれて」
「たいした用事じゃなかったから、すぐ終わった」
「だけど! 僕はあの後すぐ帰って、電車に飛び乗って寄り道もせずに家に帰ったのに」
「落ち着きなさいよ」
「なんで僕より早くここに来てるのっ!」
「だから落ち着きなさいよっ、馬鹿っ!」
スッパーンっと、いつものビンタ。だけど懐かしく感じるのは、僕がこの世界を生きる者じゃないからだろうか?
叩かれた頬がジンジンと痛むのに、なぜか快楽を感じてしまうのは高校一年生の『僕』がマゾだとかそういうことだろうか?
勘弁して欲しい。
「あんたを追いかけて学校を出たところでちょうど、お兄ちゃんに会ったのよ」
「お兄ちゃん?」
「営業の帰りにわたしの高校の前通ったからって、会社の車に乗せてくれて」
「うわぁー、それはコンプライアンス的にどうなんだろう?」
「それで、彼し……と、ととと友だちの家に行くから、ここで下ろしてって」
「彼氏って言ったの? 彼氏の家に行くって言っちゃった? 待って、それ、お兄様どっかで見張ってるんじゃ……」
「彼氏なんて言ってないわよっ、馬鹿っ!」
だからどうして、香里はすぐに手が出るのだろう。
お兄様、見てますか? 見てるなら妹さんの暴力的な性格をどうにかしてください。
「お兄ちゃんならすぐに会社に戻ったわよ」
「あ、そうなんだ。……いいのか悪いのか」
「なにっ?」
「なんでもありませんっ!」
縮こまる僕と、ぷんすか苛立っている香里。
そういえば、香里は何をしに来たんだろう?
「学校で、話の途中だったから」
「話? あぁ、月曜日の……」
「やっぱりわたしも、一緒に行きたい」
「……うん、だから、僕、月曜日に何があるのか」
「お墓参り、わたしも一緒に行っていい?」
「…………お墓参り?」
惚ける僕を、香里が訝しげな目で睨む。
やがてため息まじりの息を吐き出し、憂いた表情を見せた。
「やっぱり、わたしは部外者かな?」
「え? あ、いや、そうじゃなくて……」
「わたしは健のことが好きだから。健が好きだった、大切にしてた女の子のことはちゃんと、知っておきたいと思って」
「大切にしてた女の子? 僕が好きだった?」
「中学時代、健……あの子のことが好きだったんでしょ?」
「あの子? 中学生時代の僕?」
あれ? それって今の僕のことだよね?
今の僕が好きな女の子?
ふと、ある女の子の顔が思い浮かんだ。中学二年生の頃、好きだった……大切にしたかった女の子。
笑顔が可愛くて、優しくて、僕のことを慕ってくれて……中学時代のモテ期を迎えた僕のそばに、ずっといてくれた女の子。
「来週の月曜日、あの事故からちょうど二年……命日でしょ? だからわたしも一緒に、お墓参りに行っちゃ、ダメかな?」
珍しく遠慮がちな香里の視線。そりゃそうだ、こんな話題……だって、え?
墓参りって、死んだってことだよね?
二年前の同じ日に、その子が事故で。
「やっぱりダメだよね。わたしなんかが……」
一人で問答する香里が、悲痛に顔を歪ませた。だけどその時の僕の意識は、完全に中学二年生の僕に戻っていて……。
なに? 死んだ?
嘘だろ?
だって、え? 嘘だろ?
振り返って見上げた空は澄み渡っていて、雲ひとつない晴れ空に太陽が西に傾きかけていて。
向かい側の家の小窓は相変わらずカーテンが閉まったままで。
頭の隅を、彼女のツインテールがふわりと舞った。
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