第19話 リープ


 放課後、香里に「カフェに行くわよっ!」と誘われたが、用事があると言って断った。


「なによっ、なんの用事よ! あんたに用事なんかないでしょ、毎日ヒマなんでしょっ!」


 そしていつものビンタ。

 この子は本当に僕のことが好きなんだろうか?

 周りに戒められ、謝罪する香里に「気にしなくていい」と返事するとなぜかまた頬を打たれた。


「あんた、今日おかしいわよ! ていうか最近、ちょっとおかしい!」


 どうやら感じるものがあるらしい。香里の追撃を交わし、僕は早々に学校を後にした。

 電車に揺られているとまるでそれが普通で、この世界の『僕』が本当に僕なんじゃないかと錯覚する。僕がここにいるってことはやはり、あの世界で僕として振る舞っていたのは『僕』なんだ。

 超常現象という意味では正解だった。ただしそれはドッペルゲンガーではなく、中学生二年生の僕と高校一年生の『僕』が入れ替わっているということ。


 思い返せば、一日置きに入れ替わっていた。

 中学生として過ごした日の翌日は高校生に、その次はまた中学生に。高校の日はずる休みや風邪、創立記念日などで行っていなかったから、そこまで違和感を感じなかった。

 ……いや、違う。

 僕が考察を始めたから気がつけたんだ。あのまま何となく日々を過ごして、もう一人の『僕』の存在も気にせず過ごしていたら、この事実に気が付かなかったかもしれない。



 帰宅してすぐに自分の部屋に行った。

 机の引き出しを開けるが『僕がいる』ノートは見当たらず、本棚やクローゼットを見てもそれらしき物は見つからなかった。


「部屋めっちゃ綺麗……高校生の『僕』すげーな」


 物がほとんどない、綺麗に整頓された部屋。

 そういえば風邪をひいて寝込んでいる時、机の上が散らかっていたり綺麗になっていたり……その様子が変わっていたのはタイムリープで入れ替わっていたからなのか。

 中学時代はクローゼットの中にエ○本入れてたもんな、綺麗にしてて本当によかった。


「だけど、物捨てすぎだろ」


 ベッドに腰掛け、天井を見上げる。見覚えのある、そこは確かに自分の部屋だが、物が異常に少ない。

 棚に飾っていたプラモデルも漫画本も、幼い頃からコレクションしていたものはほぼ無くなっていた。

 高校に上がるときに捨てたのか……。

 これ程までに遮断処理するなんて、この二年間で僕になにが起こったんだろう?



* * * * *



 よく見れば父は、中学生世界よりも随分と老けていた。少し量が減った白髪まじりの髪、口元のしわも酷い。


「なんだ、健。父さんのこと見つめて……まさか! 父さんのことが好きなのかっ⁉︎」


 僕の馬鹿みたいなボケは、父親譲りなのかもしれない。


「ふざけてないで、さっさとご飯食べなさい」


 対する母はほとんど……いや、全く変わってなくないか?

 高い化粧品を使っているとは聞いたが、やはり効果はあるのだろうか。そういえば、そもそも母はもともと歳の割には綺麗なほうだ。

 中学生の世界に戻ったら、二年後も綺麗だよと言ってあげよう。


「健も早く食べなさいよ。そういえばあんた、来週の月曜日は学校休むって先生に言っときなさいよ」

「来週の月曜日?」


 首を傾げる僕に、母が訝しげな視線を送る。


「あんたまさか、忘れてたわけじゃないわよね?」

「えっ? あ、はい! 覚えてます、大丈夫! 学校お休みします!」

「それならいいんだけど。まぁ、忘れるわけないわよね」


 うーん……なんのことか全然わからないけど、正直なことをいうとたぶんヤバイ!

 誤魔化して親子丼を食べる僕を、父がじいっと見つめていた。


「……父さん、なに?」

「いい食べっぷりだなぁと思って」

「ありがとう……」

「健、父さんのこと好きか?」

「……普通だね」


 なんだろう、この変な感じ。父さんってこんなおかしな人だったっけ?

 二年で人は大きく変わるものだ。



 先に風呂を終わらせて午後八時半、窓を開けると悠花の家が見えた。

 カーテンは相変わらず閉じたままで、部屋の明かりも漏れていない。

 もう寝てる、なんてことはないだろう。悠花もお風呂かな?

 ……お風呂か。

 雑念を振り払い、もう一度引き出しを開けたがやはり、『僕がいる』ノートは見当たらなかった。


 思い返せば、高校生の世界に来てから悠花には会っていない。

 ちょっと待て。

 向こうの(中学生)世界で会う人と、こっちの(高校生)世界で会う人、異なってないか?


 机の上にあったメモ用紙に、簡素に書き留めてみた。


中学生

 悠花

 小雪

 母さん

 父さん

 クラスの人、先生

 校長先生


高校生

 香里

 美波先輩

 母さん

 父さん←老けた

 クラスの人、先生



 うん、うまい具合になってる。

 この超常現象が起きてから僕は、美波先輩に会っていない。成長期にある彼女に出会っていない、比較出来なかったことでタイムリープしていることに気が付かなかった。


「……そんなことありえる? 僕、馬鹿なんじゃない⁉︎」


 いくら何でも鈍感過ぎるだろっ! 時代というか年代が変わってるのに……。でもなぜか、すべてのことがうまくいってる気がしたから自然に過ごせていた。

 僕は意識だけこの世界に、青春を忘れたまま高校生になってしまったみたいだ。


 不思議と恐怖は感じなかった、なぜだかわからないけれど。


 枕に顔を埋めるとやはり眠気が襲ってきて、電気を消してベッドに倒れ込んだ。

 朝、起きたら『僕がいる』ノートに記録しよう。


『超常世界を行き来し始めてからの僕は、とにかく眠い』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る