第20話 彼女が存在しない『僕』の世界
予測通り、目を覚ました僕の机の上は物が溢れてぐっちゃぐちゃで汚かった。
「どうせなら部屋の掃除してくれてもいいのになぁ」
僕と入れ替わってこっちの世界にいるであろう、高校生の『僕』に声をかけるが、当然ながら返事はない。
ガサガサっと机上の荷物をかき分け、学校に行く準備をする。
大丈夫、今日の僕は中学生だ。
ふと気になって窓の外を見ると、向かいの家の小窓越しにこちらを見つめる悠花と目があって、シャッとレースのカーテンが動いた。
よかった、こっちの悠花は健在、いつも通りだ。
なぜ、向こうの世界では悠花に会えないのだろう。今日、思い切って聞いてみようかな……いや待て、中学生の悠花に聞いてもわからないだろう、向こうの世界は未来の出来事だ。
かと言って高校生の悠花は僕の前に姿を見せてくれない。
どうしたら悠花に会えるんだろう?
そんなことを考えていたからだろうか。玄関のドアを開けた僕は、そのまま立ち止まって悠花の家を見つめていた。
やがてガラガラと、彼女の家の玄関に備え付けられているベルの音が鳴り響く。
「いってきまーすっ!」
威勢の良い声とともに、玄関から飛び出してくる女子中学生の姿。
ツインテールにした髪が花のようにふわふわと揺れる、悠花だ。
「きゃぁああ! 健くん……?」
玄関のドアを閉めてすぐ、僕の姿を認めた悠花は悲鳴を上げて後ずさった。
じっと僕を見つめ、やがて弾けるような笑顔を浮かべる。
「わぁ! 偶然だね、健くんっ! おはようっ!」
見たこともないような、嬉しそうな表情だった。
僕が悠花を待っていた分、いつもより一緒に歩く時間が長かった。
悠花のたわいない話に相槌を打つだけの僕、だけどその時間はきっと、互いにとってとても楽しい時間だった。
大通りの信号待ちの時に会話が途切れ、僕は思い切って悠花に聞いてみた。
「僕たち、中学を卒業するまでに、何かあるのかな?」
途端、顔を真っ赤にした悠花が僕を見上げる。
両手を胸の前で掲げ、なにやら焦っている様子。
「な、なにかって……えっと、えっとね! 健くんもわたしもまだ中学生だし、あのっ……高校生になるまでは、健全なお付き合いを……」
ぎゅっと目を瞑って必死に訴えてくる悠花の言葉の意味を、僕はしばらく経ってから理解した。
「えっ、ちょ……健全って……違う、僕はそういうこと言ってるんじゃないっ!」
「え? だって……」
「そうじゃなくて、中学生の間に喧嘩したりして離縁になったりするのかなって」
「離縁って! そんな、まだ結婚もしてないのに」
「なに言ってるんだ、悠花! そうじゃない! だからえっと、高校生世界の僕は悠花に全然会えないから、中学生の時に何かあったのかなと思って!」
「高校生世界?」
「いや、えっと……えーっと……」
話しているうちに、自分でもわけがわからなくなっていた。
項垂れる僕の肩にそっと、悠花の手のひらが寄り添う。
「あの、えっと……わたしはずっと、健くんのそばにいるよ?」
顔を上けると、歯に噛んだ笑顔の悠花がいた。
彼女はそのまま、言葉を続ける。
「約束したから、小さい頃に。わたしはずっと、健くんのそばにいますって」
「そんな約束したっけ?」
あ、言葉が勝手に口をついて出ちゃった。最低なことだと思う、幼いころの約束を覚えてないなんて。
だけど悠花は咎めるでも、気にするわけでもなく話を続けた。
「だからね、わたしは絶対、健くんのそばを離れないよ。嫌だって言われてもずっと、ずーっと一緒にいると思う」
「悠花……」
なんていい子なんだ、なんて健気なんだっ! 悠花と幼なじみでよかった、モテ期万歳!
あれ? でもそれならばなぜ、高校生世界の悠花は僕のそばに来ないのだろう?
これほどの決意を覆す何かがあったのか……恐ろしすぎて考えたくない。
「健くん?」
再度項垂れる僕の顔を心配そうに覗き込む悠花の表情が憂いていて、僕は無理して笑顔を作って通学路を歩いた。
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