第2話 幼なじみ2
中学生になってから僕の背丈は一気に成長期を迎えた。二年生になった今では、背の順で一番後ろに並んでいる。
モテ期が来ないわけがない。
さて、前置きが長くなったが本編に入ろう。これは僕と四人の女の子の(以下略)
始まりは中学二年生の春、ゴールデンウィーク明けの土曜日。制服に着替えた僕が玄関のドアを開けると、眩しい陽射しが顔を突き刺した。
それと同時、ぞくっと悪寒が走る。
視られてる……
じっと僕を見つめる、這いずるような目線。いつものことだと、気にしないふりして歩みを進める。
閑静な住宅街に人の姿はなかった。通り過ぎる民家で子どもの泣き声、テレビニュースキャスターの音、楽曲。
民家を三つほど超えたところで、背後から駆けてくる足音が聞こえた。
ポテポテと饅頭が弾むような妙な靴音。振り向かなくてもわかる、僕の幼なじみだ。
「偶然だねっ、健くん。おはようっ!」
僕に追いついた悠花が、息を整えながら微笑む。彼女が嘘をついていることは明白である。
偶然なわけあるかっ!
僕は知っている。悠花が自分の部屋の窓からじっと僕の家の玄関を監視し、僕が家を出ると同時に慌てて自分も家を出て僕を追いかけて来たことを。
「いっちょに、一緒にいこうっ!」
噛み噛みな笑顔を見せる悠花の愛らしい表情。小学校時代から変わらない幼児体型、耳の上で結んだツインテールの先っぽが、肩についてふわりふわりと揺れる。胸の大きさは制服のブラウスの上からはわからない。(つまり小さくて見えない)
だけど僕らは中学二年生。思春期で成長期でモテ期最高潮の時期だ。
もう一度言う。僕のモテ期は今、最高潮である。
少し前に遡って、悠花がどれだけ僕に依存しているかという話をする。
玄関を出た時、太陽の陽射しと共に僕はとある視線に突き刺された。あれは悠花が僕を見つめ……いや、見張っていたものだ。
平日土日祝日問わず、悠花は毎朝、自室のドアから僕の家の玄関を眺めている。そして僕が外出すると、必ずと言っていいほど数刻遅れて後を追ってくる。
『偶然だね、どこに行くの?』
『偶然だね、お買い物?』
『偶然だね、わたしも一緒に行っていい?』
いくら鈍感な男でも、ここまであからさまだと気付かないほうがおかしい。
悠花の偶然は偶然ではない、必然である。
追いかけて来ない日もたまにあるが、トイレに行ってるかなにかだと思う。
ちなみに、僕と悠花の家は住宅街の向かい合った場所にあって、悠花の部屋から僕の部屋と玄関が見えるし、僕の部屋から悠花の部屋と彼女の家の玄関が見える。
一度、カーテン全開の悠花の部屋で下着姿の彼女を目撃したことがある。どきっとして慌ててカーテンを閉じ、布団に潜り込んだ。
あれが僕の思春期の始まりで、その三日後に「部屋に行くのはやめなさい」と言われた。
いろいろとバレていたのかもしれない。
すごく恥ずかしい。
「土曜なのに学校あるって、変な感じだね」
ふわふわと、愛らしい声で悠花が世間話を始める。日本は祝日が多いからと、今年からゴールデンウィーク明けの土曜日は授業をすることに決めたらしい。
迷惑な話だし、先生たちだって嫌だろう。
「学校たくさんいけるの、楽しいね」
リア充にとっては好都合なことらしい。
悠花は部活で土日も通学することが多いから、休日がなくなることを厭わないのだろう。
僕は体力ないから嫌だけどね。
「健くんと一緒に学校行けるし、嬉しいなぁ」
「…………」
今のは、心の声だと思う。それがダダ漏れていることなどつゆ知らず、にこにこぴょこぴょこ僕の後をついて来る足取り。
ちょっと速度をあげれば途端、悠花の足音が速くなり意地悪にそれを楽しんだ。
「今日ね、家庭科で五目ご飯作るんだよ」
そして唐突に、悠花が話を始めた。
え? と聞き返す間も無く、口元に手を当てて恥じらったような眼差しを向けてくる。
潤んだ瞳で、僕を見上げて。
「あのね、それでね、健くんに食べて欲しいと思って」
上目遣いがかわいいけど、今はそれより大事なことがある。
家庭科で五目ご飯を作る。それを僕に食べて欲しい?
「え? なに? 調理実習で作った五目ご飯を僕に食べさせたい?」
「うん……」
「作ったものはそれぞれのクラスで昼食時に食べるよね? 僕がそこに入るのはダメじゃないかなぁ。僕のクラスは普通に給食あるし」
「あ、ううん。だからね、こっそりタッパーに入れて、持って帰ろうと思って」
「なにを?」
「五目ご飯を」
「タッパーに入れて?」
「うん……」
調理実習で作った五目ご飯をこっそりタッパーに入れて持って帰る?
↑大事なことなので一言で整理した。
…………⁉
「いやいやいやいや、ダメでしょ! タッパーなんて持ち込んだらすぐバレるし無理だろうね!」
「じゃあラップにする」
「ラップ⁉(大事なことなので復唱)」
「こぼれないように包んで持って帰るからね、ポケットに入れて」
衛生面!
食中毒予防とは!
そもそも、それってダメでしょ、学校的に、学生的に、校則的に!
「た、楽しみにしておくねー」
だけど拒否することなんて出来ない。僕は優しい男だから……ごめん、嘘ついた。優柔不断なだけ。
テキトーな僕の発言に悠花が嬉しそうに微笑み、ちょっとだけ罪悪感を抱いた。
*
やはり無理だ。ラップに包んだ五目ご飯なんて食べたくない、逃げよう。
そう決意して放課後、急足で校舎を出た僕のあとを一つの影が追ってきた。
バレ……バレた! なぜだ、悠花のクラスはホームルーム長いはずなのに。なぜ今日に限って……まさか抜け出して来たのか?
いろいろどうでもいいっ! 逃げなきゃ!
速度を上げるが、残念なことに僕は体力がない。
小学生時代は一キロメートルの持久走も完走できず、『長束くんて意外とダメなんだね』と女の子に囲まれたほどである。
あ、ちなみに僕の名前、長束健です。
そんなことはどうでもいい。
今は僕を追いかけて全力疾走する悠花のはなし。ズダダダダと漫画のような足音を響かせ住宅街を駆ける悠花の双眸が、僕を捕らえた。
怖い! ホラーじゃん、これっ!
ていうか足はやっ! 悠花、あしはやっ!
「ぐ、偶然だね!」
ぐわしっと僕の肩を掴んだ悠花が、嬉しそうに微笑んだ。はぁはぁと荒い息を吐くのは彼女だけじゃなく僕も……いや、僕のほうが息が荒い。
過呼吸と言ってもいい、咳がでた。
「だ、大丈夫?」
悠花が背中を叩いてくるので、今度は嗚咽が漏れた。
「あぁぁ、救急車よぶ? 救急車……110? 健くん、救急車って110であってる?」
「ち、違う……し、だ、だいじょ、じーぶ、っす」
カッターシャツの袖で涎を拭い、悠花を見下ろした。
ダラダラと滝のように流れる僕の汗とは違い、悠花はおでこにうっすら水滴が滲んでいる程度だった。
僕の無事を確認した悠花が、自分の制服のポケットに手を入れる。
「ぴぎゃんっ!」
変な声が漏れてしまった僕をよそに、悠花はそのブツを取り出そうとする。
今朝話していた五目ご飯だろう。調理実習で作った五目ご飯をこっそりラップに包んで持ち帰ったもの、ポケットに入れて!
↑大事なことなので以下略。
衛生面を全く考慮していない、炊き上げてから四時間は経過している米と腐敗しやすい具材。
そして今日は今年一番の暑さ!
ありがとう、家で食べるよ。
うん、そう言おう。申し訳ないけれど、家で捨てよう。
スンと表情を消し、悠花の手元を見つめる。
「あのね、これ」
差し出されたのは、カエルの折り紙だった。黄緑色の、尻尾を突くとぴょこっと跳ねるカエルの形に折られた色紙。
「五目ご飯、先生にバレちゃって」
「……そっか、残念」
グッジョブ! 家庭科の先生グッジョブ! ナイスジョブ! 英語苦手なんだよね、とにかくありがとう!
僕の心の声など届かず、悠花が申し訳なさそうにしゅんと項垂れる。
僕も一応、しゅんと肩を落とす演技をしておいた。
「だからお詫びに折り紙を作ったの、家庭科の時間に」
「そっか……(家庭科の時間にってことは聞かなかったことにしよう。折り紙はどこから持ってきた? とか、野暮なツッコミはしないでおこう)」
「健くん、受け取ってくれる?」
「もちろん! 嬉しいよ! (五目ご飯じゃなくてよかった!)」
手を差し出すと、悠花がカエルの尻を押した。
ぴょんと跳ねるカエルは、僕が作るそれよりも随分かわいらしい動きをした。
目の錯覚かもしれない。
「大事に育ててね」
「…………うん」
返事をしたはいいが、実を言うと、僕の家には大量のカエルがいる。小学校低学年のころ折り紙の魅力に取りつかれ、ひたすらカエルを製作した記憶がある。
あの時のカエルの群れは未だ、押し入れの奥に眠っているはずだ。
そんなことはどうでもいい。
とにかく、かわいらしいカエルの製作者である悠花はとてもかわいい女の子で、花を咲かせた笑顔と、ふわりと揺れるツインテールが愛らしい。
僕の幼なじみだ。
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