星が降る夜

Lie街

星が降る夜

11月7日。その日僕は流れ星を捕まえに、夜な夜な寝室を抜け出して、僕がよく遊びに行く広い原っぱに出かけた。

僕はお父さんのクローゼットとから(内緒で)ホコリの乗った分厚いコートを借りてきたけど、冷たい風が僕の頬を撫でていくから、僕は長いコートの裾を持ち上げながら身震いをした。その上、僕の小さな体に、夜露がついてくるものだから、お父さんのコートはどんどん重くなった。

茂みを抜けると、広い原っぱが見えた。満天の星空も見えた。その景色はまるで、お母さんのネックレスについた藍色の宝石に金粉をふりかけたみたいだった。

僕は早速、コートの下に隠し持っていたガラスの瓶を取り出した。家中探し回った中で、1番大きなガラス瓶は、僕の片手にギリギリおさまるくらいの大きさだった。

僕はそのガラス瓶をお空にかざした。

「お星様。お母さんを連れてきて。」

前に、お父さんがお母さんのネックレスを子供をあやす時のような優しい目で見ながら「いいかい。お母さんは、星になったんだよ。この空で1番明るいお星様になって、いつまでもお父さんや守のことを見守ってくれてるんだよ。」と言ったのを、僕は一語一句覚えていた。その言葉の後、お父さんが少し悲しい目をしたのも。

僕は悲しかった。今までそばにいてくれたお母さんが手の届かないほど遠くの空に行ってしまったのだから。だから僕は、お母さんを取り戻したいと思って、もう逃がさないようにしまいこもうと思って、瓶を持ってきたのだ。

僕はしばらくの間、瓶を空にかざして石像のように微動だにせず立っていたが、やがて両腕に力が入らなくなって来た。

「お母さん…僕、寂しいよ…」

僕は両手を降ろそうとした時、瓶の中で何かが光った。僕はガラス瓶を顔に近付けた。中にいたのは蛍だった。ゆっくりと点滅しては消えて、消えては点滅してを繰り返していた。僕は咄嗟にびんの蓋を閉めた。

周りを見渡してみると、季節外れの蛍が沢山飛び交っていた。空ばかり見ていた僕は、さっきまで全然気づかなかった。僕の周りにも星はあったのだ。それは空のと比べれば小さいし弱い光だ。お母さんも居ない、そんな価値の無い光かもしれないけど、僕はその光に魅せられて、呆然と立ち尽くしてしまった。

「お母さん、そっちもこっちの光みたいに、綺麗に揺らめいているの?お母さん、そっちもこっちの世界みたいに嫌なことや楽しいことがあるの?」

その時、お空に輝いていた1番明るい星が煌めいた気がした。

「お母さん、そっから僕達って見えるの?ずっと見守ってくれてるの?」

1番明るい星がより一層その輝きを増した。それと同時にいくつもの流れ星が、流れ始めた。流星群である。

「そうなんだお母さん。僕、嬉しいよ、お母さんがいなくてもきっと頑張るよ。だから、これからも僕とお父さんを見守ってね!」

僕はなんだか、嬉しくなって辺りを走り回った。お父さんのコートの裾を泥だらけにしながら、それでも走り回った。蛍は明滅を繰り返し続けて、ここら一体を星空のように彩っている。

僕はもう寂しくない、ふたりぼっちじゃない、お母さんがいる。やっぱりお父さんの言うことは正しかったんだと、心の中で強く思った。

僕は空も飛べる気がした、鳥になれる気がした、けれどそんな必要はもうなかった。お母さんは確かにあの空にいて、僕らを見守っていることを確信したのだから。

僕は何度もそんなことを思った。お母さんはいる、お母さんは空にいるっと何度も何度も口にした。

「守!」

大きな声がして、僕は少しびっくりしたけど、すぐにお父さんだと気づいた。肩を揺らして、目を大きく開いて僕を見ている。

「どうしたんだこんな夜中に。」

「みて!」

「蛍…?こんな季節に…なんで?」

「それと、あれ!」

僕はお空を力いっぱい指さした、お空の真ん中に穴が空くくらい。

「流星群だ。すごい…こんなにすごいのは、初めて見たかもしれない」

お父さんは困惑した顔で、流星群と蛍を交互に見ていた。

「お母さんが降らせたんだ!僕が寂しいって言ったから。お母さんがお星様の雨も、蛍さんも呼んでくれたんだよ!」

僕の目はさながら星のように光っていた。

お父さんは、そうかと頷くと流星群が通り過ぎるのを見届けて、僕の冷たい手を引いて家まで帰った。

帰り道の途中、お父さんは僕に言った。

「守、もう寂しくないか」

「うん!」

「そうか」

お父さんの声は、静かな夜のツンと冷たい空気を、溶かしていくようだった。

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星が降る夜 Lie街 @keionrenmaro

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