後編B 一旦出してやる

 翌日。朝、まだだれも出社していないオフィス。目の下にクマを作った部下は、自分のデスクに座り、空き瓶に口を当て、息を吐くように部長への怨嗟をつむいでいた。

 とりあえずは部長を瓶から出してやった。あの魔法はおそらく部長には夢として認識されているだろう。だが少なくとも部長はもう自分とは働きたくないはずだ。たとえ夢でもあれだけ気分の悪くなることを言われ続けたのだ。部署の異動か、はたまた休職や辞職を願い出るか。自分だったら絶対そうする。

 そこへいきなり部長がオフィスに入ってきた。部下はびくりと飛び上がった。部長は部下と同じように目の下にクマを作りやつれていた。

「部長。なんで」

「……昨晩ゆっくり考えたことがある。おかしな夢を見たからだ」

 部長は近くのイスを部下のとなりにひきよせ座った。

 部下はあわてた。こんな事態は想定していなかった。

 再起不能になって仕事できないかと思ったのに。悪口を言いまくった本人と今日も平然と一緒に働こうというのか?

「部長、あの、その」

 部下はあたふたと言い訳しようとした。だがその前に部長がゆっくりと言った。

「3年間、おれも言いすぎたかもしれない」

 部下はあっけに取られて何もいえなかった。

 部長は不機嫌そうにはしていたが、いつものように怒りに顔を歪めていなかった。 

「けどな、おまえも誰かにバカだのアホだの仕事できないって言えるほど仕事できてるわけじゃないからな。そこははきちがえるなよ」

 部下はうつむいた。今度は正論を言われ何もいえなかった。

「おまえはまずつっぱしりすぎだ。例えば成果物ができたらいきなり提出するな。よく確認してから上司のおれに見せろ」

 部下は驚いて顔を上げた。部長から自分の欠点についてはじめて頭ごなしの否定ではなく具体的な指摘をされたからだ。

「おまえはまだおれに比べて判断もツメも甘い。まあ振り返ればおれも昔はそうだったが」

「え?はい」

 そんなこと、部長の口からはじめて聞いた。

「今のおれは仕事の経験がある。おまえよりはマシなはずだ。けどおれも時々間違えることはある」

「は、はい」

「それから一度言われたことを何度も間違えるな。上司がおれじゃなくてもどなられるぞおまえ」

「はい」

 部下は恥いって消沈した。それは正論だった。

「今日は4時までに例の報告書の叩き台を確認したい。そのくらいおまえならできるとおれは思ってる。できるか?」

 部下ははっとした。

 自分は認められているのだろうか。

 暗闇の中で光のあふれる扉が開いた気がした。

「はい!」

 部長は仏頂面のまま大きくうなずいた。

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