第430話 機械と人間

 1番バッターの星があっけなく三振に抑えられる様子を見ながら、戸次監督はニヤリと笑みを浮かべていた。


(くっくっく。自信満々の表情で打席に上がっていった選手が、こうしてあっけなく抑えられていく様を見るのは、何度見ても痛快やな。きっと星君に限らず、船町北の選手達はみんなピッチングマシーンをマウンドの横の位置にでも置いて投げさせたりして、何度も何度も練習したんやろなあ。せやけど、その程度の練習で簡単に打てるようになるほど、うちの万場兄弟は甘くないで)


 ネクストバッターズサークルにいた2番バッターの野口は、あっさりと抑えられてしまった情けない星の姿を見ながら、心の中で悪口を言っていた。


(先頭バッターとして出塁する訳でもなければ、球数を投げさせる訳でもなく、ただただ万場の投球にビビッてあっさりと三振に抑えられて戻ってくるとはな。全く、これがうちのキャプテンとは情けないぜ)


 そんな本心を隠しながら、野口は星の肩をポンと叩いて一言こう言い残した。


「お前の仇、俺がきっちり取ってやるよ」


 それから約1分後、万場兄弟の弟浩二と交代で登板した右ピッチャーの兄浩一相手に、星と同様あっさりと三振に抑えられた野口が、まるでさっきの星の生き写しかのような情けない姿で、トボトボとベンチへと戻っていった。その様子を見て、戸次監督はさらに上機嫌になっていた。


(くっくっく。チームの1、2番が揃いも揃ってこうもあっさり抑えられるなんて、本当おもろいわ。まっ、無理もないわな。どんなにピッチングマシーンで万場兄弟の投球を再現しようと、所詮は機械。投げミスが起きる心配もあらへんし、バッターは安心してバッティングに集中できるんやから、当然練習すれば簡単に打てるようになる。せやけど、当然ながら万場兄弟は人間や。機械のように毎回同じ軌道の球を投げる訳やないし、時には投げミスでぶつける可能性もある。せやから、例えどんなにピッチングマシーン相手に打てるようになろうが、いざ万場兄弟の投球を前にしたら練習通りのバッティングは出来んわな。まっ、ここまでは予想通りの展開やわ)


 しかし、そんな戸次監督も次のバッターを確認するや否や、すぐに険しい表情に戻った。


(せやけど、次のバッターだけは正直予測がつかん。果たしてどうなることやら……)


 ネクストバッターズサークルにいた3番バッターの安達は、1年前の練習試合で万場弟に抑えられた雪辱を晴らすため、そして何よりもこの試合に勝つため、静かに闘志を燃やしながら打席へと向かった。

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