さようならの物語
僕と君と、小学校を卒業して中学生になって、受験をして高校に入ってもずっと同じ学校だった。というか、君と同じ学校に行きたくて必死で勉強した。君は身長が高くて、運動も勉強もできて明るくて友達もたくさんいた。勉強は人並み手前で運動は苦手で陰気で、花とか星とかの役に立たない知識ばっかりしかない僕と君は正反対だ。身長もついに追いつかなかった。高校に入ったその頃には母さんも僕を殴らなくなっていた。
それでも君の隣にいるようになってから少し明るくなった僕にも少しは友だちができた。女の子の友だちもほんの少しだけいた。委員会で知り合った後輩の、ナツノちゃんという子で、天体観測の趣味で意気投合して仲良くなった。
こんな歳にもなれば思春期らしく恋話というやつもするもので、君に好きな人がいることは僕も知っていた。というか、教えてくれた。君みたいにカッコよくもない僕も恋話に巻き込まれたりするもので、友だちのショウくんに
「あの後輩ちゃんといい感じじゃん?」
なんて言われたけど、僕が好きなのは実はナツノちゃんじゃなかった。ナツノちゃんは可愛いし優しいし好きだけど(この頃にはだいぶ、好きって感情がなんなのか自分なりに理解できるようになっていた)、あくまで友だちとしてだった。
僕が好きなのはあの日僕を助けてくれた彼だった。男同士だけど、やっぱり好きな人、ずっと一緒にいたいのは君だけだった。僕じゃない可愛い女の子が好きな君だった。
バレちゃいけない。
それだけは確かに理解っていて、自分が間違えていることには気がついていて、この気持ちがバレることだけがただひたすらに怖かった。
理解っていた。
理解っていたはずだった。
なのに僕はショウくんに
「いっちゃんの好きな人って誰?」
と聞かれて素直に
「幸一くんかな」
答えてしまった。浮かれていた。自分には似合わない幸せの日常に。
まさか君が聞いていたなんて思わなかったんだ。口が滑っただけなんだ。
廊下の角からひょいっと君が現れて、僕は絶望した。聞かれてしまった。言ってしまった。バレてしまった。
「はは、
「そうそう、いっちゃん案外抜けてんなー」
ふたりの声がやけに遠く聞こえた。笑ってその場を誤魔化した僕はその日の放課後、部活を初めて無断で欠席して家に帰り、リュックにバイトで貯めた金全部と携帯だけ入れて電車に乗った。
***
夢から覚めて、僕は思う。きっと君は気付かなかったんだろう。
気にしてなんていないんだろうな。
明日もいつも通りなら、きっとバレることも無いだろう。
でも、気付いてもらえないことさえも、なんだか僕には切なくて痛い。
僕はもう、あんなことを言ってしまった後で君の隣にはいられない。いつも通りなんて恥ずかしくて無理だ。
僕は失恋をした。
バレてしまった。
そういうことにして、どこか君も知らないようなところに行こうと思う。君が僕を忘れるまで、きっとそんなに時間も掛からないだろう。君はきっと、普通に恋をして、普通に恋人を作って、普通に結婚して、普通に幸せになれる。
僕が居なくても、君は幸せになれる。
恥ずかしいからといって死んだりはしないけど、これから場所を変えて生きていくけど、たくさん友だちを作るけど、きっと君に代わる人なんていないんだろう。
僕は君を忘れられないんだろう。
忘れないでくれなんて言わないし探してくれなんて言わないから、君を好きでいることを許して欲しい。
あの日助けてくれた幸一くんが好き。僕にいろんなことを教えてくれた幸一くんが好き。好きという感情を教えてくれた幸一くんが好き。僕に心をくれた幸一くんが好き。優しい瞳が、温かい手が、人を傷つけることを言わないところが、ちょっと不器用なところが全部、全部、全部好きだ。
本当はもっと隣にいたかった。
幸一くんの特別になりたかった。
好きになって欲しかった。
僕の楽しい思い出は幸一くんでいっぱいだ。
言葉で言い表すことなんて野暮なくらいに、僕は幸一くんが好きだ。
好きだ、大好きだ。だからこそ、もう会えないんだ。
でも本当は、気付いて欲しかったなんて。
……バレてしまえば良かったなんて。
「さようなら、幸一くん」
君の名前を呼んだら好きが溢れ出してしまうから、君の素敵な名前を呼ぶのはこれが最後だよ。
この物語に名前は要らない。僕が君を好きだということだけが大事だからだ。
手元で何度も働く携帯の通知音をそっと切って、電話が掛かってきたのも気が付かないフリをして、僕は携帯をそっと裏返した。
悲しみのせいか喜びのせいか寂しさのせいか心細さのせいか、苦しいくらいに心臓が鼓動する。
月の綺麗な夜はまだ明けない。
この物語に名前は無い。 時瀬青松 @Komane04
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