今度こそもう一度

増田朋美

今度こそもう一度

今度こそもう一度

夏ももう終わりが近づいてきた。朝と夕方になると、涼しくなってきて、もうギラギラに太陽が照り付けるということもなくなってきた。今年の夏は、浜松市辺りで、四十一度を超えてしまうなど、怖いくらいの暑さだった。そうかと思えば、ものすごい大雨が平気で降ってきて、一般家庭や企業に甚大な被害をもたらした。そういうことがない、ちょうどいい季節というものはどこかに行ってしまったようだ。もう、夏というものは、命に係わる危ない季節に変わってしまっているらしい。

そんな中、華岡たちの所属する富士警察署では、今日も暑い暑いと言いながら、事件の捜査会議が行われていた。今回の議題は、ある殺人事件について、捜査会議が行われていたのだった。

「えーと、もう一度、事件の概要を整理しておこう。被害者は加藤達也、年齢四十七歳。職業は、小学校の教師だ。現在、富士市の富士南小学校の教員として働いている。殺害された場所は、バラ公園の中で、凶器は、まだ見つかっていないが、鋭利な刃物で胸部を刺したものだとみられる。」

華岡がもう一回、事件の概要を読み上げると、部下の刑事たちは急いでそれをノートにメモした。

「胸部を刺されているところから、他殺として間違いないが、犯人につながる手がかりとして、加藤達也が生徒や、ほかの教員から、恨みを持たれたことはなかっただろうか?」

華岡が刑事たちにそう聞くと、

「いや、それがですね。加藤達也は生徒や保護者達からの評価は上々で、みんな加藤先生は良い先生だったと言っています。其れも、まれにみる熱血先生で、生徒から結構人気があったようなのです。」

と、部下の刑事が言った。

「もしかしたら、その熱血先生ぶりが原因だったのかもしれませんね、熱血漢なあまりえこひいきをしたとか、そういうようにクラスで問題が出たのかもしれない。」

一寸年配の刑事がそういうことを言った。

「しかしですね、南小学校は、特に荒れている学校でもなく、モンスターペアレントがいるとか、そういう事もなかったようです。現実問題平和な学校として、ほかの学校からも模範的とされていたようですよ。」

また別の刑事がそういうことを言う。

「そうだよなあ。南小学校と言ったら、本当にあのあたりでは名門だったぞ、俺もそういう覚えがある。ただ、その学校で事件があったということは、何か問題があったことは間違いない。よし、引き続き、南小学校の、問題点を洗い出そう。」

華岡がリーダーらしくそういう事を言うと、刑事たちははいと言って、椅子から立ち上がった。

一方そのころ。

「そうですか、それはまた大変ですね。別の学校で事件が起きたのに、武史君の学校が疑われてしまうなんて。」

と、咲は、ジャックさんにお茶を出しながら、一寸ため息をついて言った。

「ええ、そうなんですよ。まあ確かに、武史の通っている学校は、得点評価をしないためにも、偏差値っていうんですか、それを、極端に下げているんですが、其れのせいで悪い学校とみられてしまっているみたいで。それに、被害にあった加藤という先生が、武史の学校に少しだけですけど勤務していたこともあって、僕たちは、白い目でにらまれているようです。」

と、ジャックさんは、やはりため息をついて言った。隣で武史君が、楽しそうに絵を描いているのが、恨めしいくらいだ。

「そうなのね。でも犯人につながる人物は、武史君の学校にはいないんでしょう?」

咲が聞くと、

「ええ、幸い、加藤先生が殺害された時刻に、バラ公園に行ったという生徒も保護者もいませんでした。ですが、僕たちや、生徒一人一人に脅迫するような言い方で調べていきましたから、生徒の中には、怖がって学校に来られなくなってしまった子が出たそうですよ。」

と、ジャックさんが言った。

「まあもともと、武史をはじめとして、訳ありの生徒ばかりが通っている学校ですからねえ。まあ、警察も楽をしたいからでしょうか、こういう学校の生徒には、変な扱いをしてしまうんでしょうかね。難しいなあ。」

「そうなんだよ、警察のおじさんたちは、僕たちが訳ありだからって言って、まるでもともと悪い子なんだからやったのはお前たちだろうという感じで話をするんだ。南小学校の生徒さんにはまるで子供は国の宝だっていう感じで話すのにね。」

と、武史君が絵筆を握りなおしながらそういうことを言った。

「そうねえ、武史君の言う通りかもしれないわね。武史君も、やっぱり警察のひとにそういわれたの?」

と咲が聞くと、武史君はうんと言った。

「まるで元々刑務所に入っている人に聞くみたいに、怖い感じで、バラ公園で一体何をしたとかみつくような口の利き方だっだよ。特に、五年生や六年生には一層の事。」

まあ確かに、小学校の六年生となれば、多少知恵がついてきて、表現力も豊かになってくるのだろうが、それでも確かに、かみつくような口の利き方をされれば、怖いと思ってしまう子もいることだろう。

「もう僕の学校は、もともと悪い生徒ばっかりっていうことになっているから、警察の人も、そういう目で見てるみたい。」

そうだねえと咲は思った。確かに武史君の通っている小学校は、危ない学校のワーストを更新していることは間違いない。点数が取れない子が多いだけではない。中には、医療的に支援を必要とされる生徒も多いし、両親家族がそろっている平凡な家庭の子ではない生徒もいる。各学年一クラスしかないと言われる小規模な学校であるのに、とにかく問題を起こす生徒が多いのが武史君の学校である。それに引き換えると、南小学校は、何も苦情が出たことはない。生徒数も、武史君の学校の三倍くらいはいるはずなのに、授業妨害もないし、事件を引き起こしたこともない。そういう学校だから、今こういう風に大騒ぎになっているのかもしれないが。

「ほんとにさ、人間みんなおんなじだって先生たちは言うけれどさ、それは大間違いだよね。僕たちの学校は、やっぱり一段順位が低くみられているんだな。人間って、必ずランキングみたいなものがあるんだなあ。」

という武史君に、そういうことはできるだけ先送りさせてやりたいと咲は思った。そんな世の中のむなしさを、一年生の小さな子供が、朗々と口に出して言うなんて、なんていう悲しい世の中なんだろうなと思う。幾ら、武史君に問題があるとしてもだ。

「そうね。南小に行っている生徒となると、やっぱり違う目で見ているというのは、本当ね。咲おばさんもそう思うわよ。でも、武史君がそういうことを知ってしまうのは、まだ早すぎるわ。」

「でもいずれは知っておくべきことじゃないか。そう思っていなければ、やっていけないだろ。警察おじさんたちの態度見てそう思ったよ。大人というのは、どこの学校に行くかで順位をつけて、それを、平気な顔して口走る。」

咲が、そういうことを言うと、武史君はそういうことを言った。ジャックさんが恥ずかしそうな顔をしてそれを見ている。多分、子供らしくないような感じでいるのは大人にとってはつらいんだと、咲も思った。

「まあ、順位をつけるのは、大人のすることだし、武史君は好きな絵の勉強を一生懸命すればいいのよ。パパも、咲おばさんも、そう思ってるわ。だから、今のままでいてくれればいいの。」

「浜島さんすみません。そんな風に励ましてくださって。まったく、こういうトリックというか、こういうことを知ってしまって、武史が自暴自棄になってしまわないか、それが心配です。」

と、ジャックさんが小さくなっていった。確かに、そのことを知ってしまって、やけになって勉強をしなくなってしまう生徒や、学生は多くいる。それを、どうやって立ち直らせるかというのは、正式なマニュアルはできていない。なので、そうなってしまうと悪戦苦闘するのだが。ジャックさんが心配するのも無理はなかった。

「警察は、今でも、学校に来るの?」

と咲が聞くと、

「そうなんですよ。校長先生が、応答してくれたようですが、やっぱりしつこくて。中には、こんなこと言ってしまうと本当に失礼なんですけど、親が前科者だったという家庭もなくはないので。」

と、ジャックさんが申し訳なさそうに言った。

「そうなのね、、、。武史君、ひどいことする大人もいるけど、ちゃんと味方になってくれる大人だっているんだから、それはちゃんと、忘れないでいて頂戴ね。」

とりあえず咲はそれだけ言っておく。

「すみません。浜島さん。僕もどうしたらいいのかわからなくなってしまって、それでお宅に来させてもらいました。」

と、ジャックさんが、咲に言った。

「いいのよ、三人寄れば文殊の知恵っていうんだし、一人でもくもくと悩むよりも、こうして打ち明けちゃった方がいいわ。」

咲は、なるべく明るい口調を保ちながら、そういうことを言った。確かに、一人で何か考えていても、いいことは思いつかないことも多いから、こういうふうに誰かに愚痴をこぼす事は、必要なことである。そして、それができる人も、幸せな人であるということである。

その翌日の事であった。咲は武史君と一緒に、影浦医院に行った。その日はジャックさんがどうしても外せない展示会に出席しなければならなかったからである。武史君は、薬をもらうために、影浦医院に通っていた。一応、学校の決まり事で、定期的に医者の診察を受けることも必要と言われていたからである。

二人が診察を終えて、待合室で会計を待っていると、診察室のドアが開いた。

「佐藤さん、佐藤美穂さん。」

佐藤さんと呼ばれて、中年の女性と、小学校低学年位の女の子が椅子から立ち上がった。武史君の学校では、生徒に制服は着用させないが、ほかの学校では、そうではないこともある。彼女は、ブレザーとスカートを身に着けて、南小と書かれたカバンを持っていた。ということは、南小に通っている生徒かなと思われた。何も問題のないとされて、名門校と言われてきた学校の生徒が、なんで影浦医院に相談に来たのだろうか。二人は診察室に入っていく。咲は、名前を呼ばれて、一応診察料を払ったが、武史君は、彼女が戻ってくるまで待っていようと言った。そういうことに遭遇してしまうと、何かせずにはいられなくなってしまうのが、武史君だった。武史君は佐藤美穂さんという少女が、診察を終わりにするまで待っていた。

やがて、佐藤美穂さんが、診察室から出てきた。お母さんだけ、先生と話をしているらしい。看護師と一緒にやってきて、ここでまってようねと言われて、武史君の近くにすわった。

「こんにちは!」

武史君は、美穂さんに話しかける。

「あの、何かあったの?何か困ったことでもあったの?」

できるだけ優しく、武史君は聞いていた。

「あの、、、。」

美穂さんは、何か言いたそうだったが、それは言えないような感じだった。もしかしたら、小さな子供には、とても表現できないほど、大変な事態に遭遇してしまったのかもしれない。

「美穂さんは、お姉さんが大変なことになって、今、落ち込んでいるんだよね。美穂ちゃん、お母さんたちが何とかしてくれるから、それを信じて頑張ってようね。」

と、看護師が美穂さんの代わりに言うと、

「何とか何てしてくれないよ。」

と武史君は言った。

「みんな、うちの子に限って、何もしないと思っているから。もうそういうことは、もうしてしまったって、思っちゃえばいいんだよ。そして、また新しく何か始まるって思えばそれでいいんだよ。」

「武史君。」

と咲はそれを制しかけたが、武史君の言っていることはある意味あたっていることで、それを止めることはちょっとできないような気がした。

「多分、美穂ちゃんのお母さんも、そういうことを先生と話してると思うよ。大人って、大体そう思うんだよね。だから、僕たちは、子供どうして、お互いのこと話して、解決していこうね。」

武史君はそういうことを言った。すごいことを言うのね、武史君と咲は思ったが、武史君の言っていることは的を外していなかった。

「大丈夫だよ、僕も、学校になじめなくて今は、ほかの学校に通ってるんだ。今の学校は、みんな問題がある子たちばかりだけど、周りの人たちはみんな優しいから、もし今の制服が窮屈だったら、僕たちの学校に来て。」

「武史君、そういうこと言って、何も変わらないじゃないの。」

と、咲は言ったが、武史君は、

「ううん、負けちゃだめだよ。ちゃんと、今の制服が窮屈だって、しっかり話して。」

と、言った。そういうことは、もしかしたら、精神障害のある子どもでないと言えないセリフなのかもしれなかった。もし大人だったら、ここで名刺を交換したりできるのかもしれないが、子どもにはそうはいかない。

「ありがとう。」

と、美穂さんは静かに言った。其れと同時に、お母さんが出てくる。お母さんは、美穂さんのことでかなり参っているのだろうか。かなり疲れているような顔をして、お母さんは美穂さんの隣に座った。

「大分、お疲れのようですね。」

咲は思わず、美穂さんのお母さんに話しかけてしまった。

「ええ、もう、なんであんな事件が起きたのか、私も信じられないでいます。」

と、お母さんは言う。あんな事件と聞くと、加藤先生が、殺害されたあの事件だとお母さんは言った。そうか、加藤という先生は、南小学校の先生だとニュースでやっていたと咲は思い出す。

「そうなんですね。確かに、私もニュースで見ましたけど、なんだか、すごい事件だったみたいですね。」

と咲はそれだけ言った。

ちょうどその時、影浦医院の入り口に、覆面のパトカーが一台止まった。その中から、華岡と老刑事が二人で影浦医院に入ってきた。

「今日は、あの、佐藤美穂さんと佐藤公佳さんのお母さまですね。」

と、華岡がお母さんに尋ねる。佐藤公佳さんというのは、お姉さんだろうか、それとも妹さんだろうか。いずれにしても彼女の兄弟であることは間違いない。

「ちょっとお尋ねしたいことが在ります。佐藤公佳さんが、違法薬物を所持していたことは間違いありませんね。それを、加藤達也さんにとがめられていたことも認めますね。では、あなたは、加藤さんが死亡した時、どこにいましたか?」

と、華岡は、ずけずけとそういうことを言った。まったく警察のひとというのは、周りの雰囲気も読まずに、そういう事を聞いてしまうものだ。お母さんは、びっくりして、狼狽しているように見える。

「あの事件があったときは、私は自宅にいました。それは、美穂も一緒でしたからわかります。」

と、お母さんは言うと、美穂さんが、とてもいやそうな顔をした。武史君が美穂さんどうしたの、と声をかける。

「何かあるんだったら言っちゃいなよ。本当のことを話さなくちゃ、ダメだよ。」

という武史君を咲は止めなければならないとおもった。でも、武史君は、

「本当は違うの?」

と、美穂さんにいう。美穂さんは、

「本当はね、お母さんはコンビニに行っていて、、、。」

「そうか、コンビニに行っているんだったら、監視カメラに写っているかもしれないから、安心しな。」

と、武史君は美穂さんに優しく言った。

「いえ、お母さん、それは間違いです。確かに、あなたは、コンビニに行くと言って外出していたのかもしれませんが、富士市内のコンビニを調べたところ、その時間にコンビニにあなたが入ったような、形跡はありません。」

華岡が言うと、

「でも、バラ公園に監視カメラはついていませんから、私がやったという証拠には、、、。」

とお母さんは、そういうことを言うが、

「続きは、警察署でしてもらいましょうか。ちょっと署までご同行願います。」

と、華岡たちはお母さんを椅子から立ち上がらせ、パトカーに乗るように促した。

「ちょっとお待ちください。いくら警察だからと言って、この病院に来られてここで職務質問されても、ほかの患者さんに迷惑も掛かりますので、ほかの場所でしていただけないでしょうか。ここには、傷ついている、武史君や、美穂さんもおられます。彼らの目の前で、母親が逮捕される場面を見せるのは、遠慮していただけませんか。」

診察室から、影浦千代吉が出てきて、一寸きつい印象でそういうことを言った。

「ここは病院なんです。そういうことは、ほかのところでしてください。」

「ああ、すみません。ですが、家に入ってどうのよりも、こっちのほうが良いのではないかと思いましてね。すでに、姉の公佳さんは、大麻所持で補導されているのは先生もご存じですよね。その母親に事情を聞くのは、悪いことでしょうか。」

「いいえ、姉の公佳さんと、彼女は違います。それは同じにしてはいけません。」

影浦の言う通りだと咲は思った。一体何があったのか咲もなんとなく想像することができた。多分、彼女、つまり佐藤美穂さんのお姉さんが、大麻所持で補導されて、その妹さんである、佐藤美穂さんが、ここにきているのだろう。

「それでも、被疑者を連行することは、しなければいけませんので、彼女を連れていきます。それでは行きますよ。」

と、華岡たちは、佐藤美穂さんのおかあさんに、行きましょうと促すのである。

「一寸だけ待ってやってくれますか。家に帰って、支度をして、ちゃんと、美穂さんに話をして、お母さんは、少し出かけてくるが、大丈夫だからと話してあげてから、警察に行くようにして下さい。」

と、影浦が言った。美穂さんは悲しそうな顔してお母さんを見つめている。

「でも、本当に、あの加藤という人を殺めたのは、、、。」

咲が思わずそういうことを言うと、

「私で、間違いありません。私が、あの人に、詰め寄られて、、、。」

と美穂さんのお母さんは、床の上に泣き崩れた。

「詰め寄られてって、加藤という人が、何かゆすりとかけたりしたんでしょうか?」

咲は思わず言ってしまう。もしかしたら、一番興奮しているのは彼女かもしれなかった。武史君は、非常に冷静な顔をして美穂さんやお母さんを見つめている。

「いえ、そういうことじゃありません。ただ、公佳が、麻薬を売りつけられたのを、この学校の恥であると言って、退学を申し付けられたものですから。それで、私は、何とか学校に行かせてくれと、お願いしたのですが。それで、バラ公園に加藤先生を呼び出したんです。」

「そうなんだね。でも、美穂さんのところに戻ってやってくださいね。」

咲は、事件の概要は言わないほうがいいと思った。咲も武史君も、美穂さんのお母さんが、これから警察に行って、いろんな話をしていくのだろうと思った。そして、これから、家族をやり直していくんだろう。本当に大きな失敗をしてしまったんだろうと思うけれど、それを乗り越えたら、きっと家族以上の家族になっていく事もできるかもしれなかった。だって、それだけでも、きっとそれなりに思いがあったのだろうから。

「きっと公佳さんは、寂しかったり悲しかったりすることを、いえなかったんだね。」

ふいに武史君がそういうことを言った。

「今度は言えるといいね、『寂しかった』って。」

武史君は美穂さんにそっと言った。



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