初任務2

 上司への報告を済ませてからデスクワークをして、一通り終わった所で吾郎はまたビティスのもとを訪れた。

「今後の訓練の方針が決まったわ。アナタの動きの特徴として──」

 基本的に、総司令官と部下を繋ぐ役割に徹する吾郎は戦場では前線には出ない。戦力よりも知将としての役割が重いからとしているが、本当の理由を知っているのは軍上層部の中でも、ほんのひと握りの者しか居ない。

 例え戦力にはなりうると気付かれたとしても、その度にそれらしい理由を言ってみせ、例え模擬であろうと戦闘は回避してきた。

 とは言えこういう指令書などを渡すのは部下に任せてもいい所を、質疑応答も出来るようにと吾郎が自ら出て来ているのだ。

 淡々と読み上げていると、段々にビティスの顔が薄くなってくる。彼には子守唄のようなものだろうか。

「──なのだけど、アナタの所属は傭兵部隊へ申請を出しておいたわ」

 指令書を読み上げてから、それをビティスに向けて差し出す。

 軍の特権として、出入り出来る場所が増える。それにより知恵者の話を聞ける確率が上がる。つまり、求めるものへと手が届きやすくなるのだ。

 その代わり、必要だと招集がかかれば自分の力を軍人として使わなければならなくなる。

 端的に言うなら、元の世界に戻りたいなら、特権を使ってそれを調べるも自由ということだ。傭兵ならば、仕事が無ければ給料は入らない代わりに、普段から基地に居る必要も無く好きなように動ける。ひとつ所にじっとしていられない者や調べ物をしたい者には最適なポジションだ。

「帰りたいでしょう? アナタのボスの所」

「は? でも前は、帰れねぇって言ってたじゃねーか」

「そんなこと──ああ......帝様って、紛らわしい言い方するのよね。帰れない可能性は確かに高いけれど、帰れた例も実際に在るらしいのよ」

 一瞬呆けたような表情をした後すぐに顔をしかめたビティスが言えば、吾郎は苦笑しつつ説明する。

 異世界から来て、元の世界に何の未練も無い者はそう多くは無い。実際に帰れる方法を見付けたのは、データにある範囲では来た者のうち一パーセント未満だが、居ないわけでは無いのだ。

 それを一通り聞いたビティスは、今度はまっすぐに吾郎を見た。

「吾郎ちゃんは帰らなかったんだな」

「だって、私の可愛いせいはこっちに居るんだもの」

 にこり。甘ったるく、どこか愛おしげに微笑みながら、さらりと返す。同時にそこには、それ以上を聞かせないような何かもあった。

 異界からこの世界に来た者は、基本的に一度は世界王たる帝に謁見することになっている。害を成す者かどうかを判断する為だ。

 だがその場合を除いては帝に謁見が叶う者は限られており、ビティスの時に吾郎は同行しなかった。その時に彼の同行者になったのが、吾郎と同じ世界から来たという、現在の政府軍最高総司令官で、吾郎の言う「せい」──原田征司だ。

 同郷の、実の娘のように可愛がっている少女の傍に居る為と、そう言えば大抵の者はそれで納得する。

 世界にただ一つ、世界公認の政府軍。その最高権威の位置に成人もしていない少女が居るというのは、始めはビティスも驚いた様子を見せていたものだが。

「一か八か、帰る方法探すくらいは出来るってことか」

「先にも言ったように、それが見付かる確率は圧倒的に低いわ。もしかしたら、人間の寿命なら一生分かかってしまうかも......。それでも帰りたいなら、ってことにはなるのだけど」

「はっ。是も非も無ぇだろーが」

 読む気も無さそうな指令書を手でぐしゃりと握り潰し、ビティスはにっと笑う。そうだ、その反応が欲しかった。

 目を細め、吾郎も笑い返す。

「私が把握してる範囲で、情報を持ってるヒトをリストアップしておくわ。それで帰れる保証が出来るわけじゃ無いけど、ヒントくらいは得られる筈よ」

 元の世界に帰る方法が分かるなら、それに越したことはない。かと言って、本当に帰れるかどうかも分からないうちから寂しいなどとは言っていられない。彼がそれを望むなら、応援するのが先だ。

 不思議な心地がした。少し前までなら、自分の傍から誰かが居なくなって寂しいなんて、思うことは無かったのに。

「おー、助かるわ」

 笑うビティスの様子からは、そんなことまでは考えていないのだろうなと思って吾郎も小さく息を吐く。

 だけどまあ、そんなものだろうとも思う。ただ『帰れるかも知れない』ということがどれほどの希望になるのか。

(私には、分からないけど)

 それでも、そこに希望があるのなら、縋りたくもなるのがヒトの心というものだろう。

 他人の希望なんてものをのぞめるようになったのもまた、征司をはじめとした今の仲間達のおかげだろうなと、しみじみと思い返しながら吾郎は両手を上げた。

「!? うわっ、ごろ、何だよ!?」

 ぐしゃぐしゃとビティスの頭を掻き乱すと、決して強くはない抵抗が返ってくる。

「ふふ、頭ぐしゃぐしゃ」

「あんたがやったんだろーが!」

 こういう時間が楽しいと思えるから。別れを寂しいと思えるから。最期を憂うことが出来るから。

 だから、今を大切にしようと思えるのだろう。

「じゃ、また明日ね」

 手を振って、吾郎はその場を後にした。

 帰る方法が見付かったら、何も言わずに去ってしまうなんてことはないだろうか。一言挨拶......なんてものは無くてもいいけれど、最後に顔を見せるくらいはしてくれるだろうか。

 そんな心配をしてしまうくらい、ビティスを気に入っている自分にも気付く。

「男はいつまで経っても子供なんだって、かずらが言ってたわね」

 懐かしくも愛おしい姿を思い出し、くす、と口元で微笑んだ。自分も当てはまる、と。

 どれだけ生きてきたか、忘れてしまったほどなのに。それでもまだ、心は動くのだ。

 一度失くしてしまったものを再び得られた幸福感は、ビティスが来たことによって、彼と関わったことによって、驚くほど明らかになった。そしてそれがまた、吾郎には嬉しいことだった。

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Secret secret 水澤シン @ShinMizusawa

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