初任務1
「はい、次の仕事は私と一緒よ」
上司に渡された資料を今回の相棒に差し出し、吾郎はにっこりと笑った。
彼の名はビティス。時空が歪み異世界と繋がりやすいこの世界の中に、つい最近落とされた異世界人だ。
異界から訪れるのも異界へ飛ぶのも簡単な世界だが、特定の世界へ狙って行くのは難しい。故に異世界からここへ来た者は大抵、この世界で生きる方法を見付け、やがてこの世界に馴染むのだ。
顔をしかめながらも資料を受け取ったビティスもまた、渋々ながらこの世界で生きるために、この世界で一番初めに出逢った吾郎の居る軍へと入った。
「吾郎ちゃんよォ、こういうのは仕事ってより、雑用って言わねぇか? 総司令官付きの参謀サマがやる事かよ」
「あら、参謀だからこその雑用よ」
義手の関節に繊維を引っ掛けることも無く慣れた様子で手袋を履きながら、さらりと吾郎は言ってのける。
「参謀っていうのはね、軍の頭脳なの。敵も味方も冷静に見て判断しなきゃいけない。総司令官が上から見渡すだけでは把握しきれない所を代わりに見ておくのが私の役目なのよ」
その為に、と一口に言えるものではないが、上層部ではなかなか関わりを持てない新米兵士との雑用も必要なのだ。
故に、入隊したばかりのビティスを含めた数人の新米兵士との雑用が、今回の吾郎の仕事だった。
なるほど、とビティスも納得した様子を見せる。始めは吾郎の女性のような口調に難色を示していたビティスだが、今は何故だか、むしろ懐いているようだ。
ただ吾郎にとって今回の仕事の問題は、内容が軍基地中庭の整備ということだった。いくら手袋を履いていると言えど、草むしりなどしようものならどうしても関節部分などに泥が入り込んでしまう。
勿論、そんな吾郎の事情は命令を出した上司である総司令官も把握しているが、今回ばかりは仕方の無いことだった。
もし新米兵士がビティス一人ならば、違う任務を考えただろう。何より彼と知り合って軍に連れて来たのは吾郎なのだから、相手を知るためにという意図である吾郎の付き添いは不要だっただろう。
もし新米兵士の人数がもっと多ければ、吾郎は指揮役で十分だっただろう。
「今回はビティちゃんを含めて三人だもの、一日でこの範囲の整備というのは流石に酷だわ」
「まあ、整備とかメンドくさそうだし、吾郎ちゃんがそれで良いってんなら何も言わねぇけど」
中庭と言えど兵達の訓練所でもある場所だ、狭くは無い。そんな場所がしばらく整備がされてなかったせいで、草は伸び放題で、長身な吾郎の腰元を超え、胸に届こうとしている。木々の枝葉は顔に当たりそうだ。
訓練の為にはある程度動きにくい環境にしておくのも有りだが、ただ手入れをしていないだけの場所では意味が無いのだ。ある程度の規則性と、自然界を超える難解さを併せ持った状態でなければ。
残りの二人も呼び、四人で中庭へと向かう。
「さて、じゃあ始めるわよ。私は草の長さを調整していくわ。ビティスは木の枝を調整してくれるかしら? ちゃんと戦闘訓練で障害になるようにお願いね」
「はいよ」
「エヴァンスは落ちている木の実や障害物を、一度全て集めて一箇所に集めてちょうだい。終わったら一旦報告をちょうだいね」
「はい」
「彩夏は壊れたフィールドを直してちょうだい。このメモにある所は残してね」
「分かりました」
普段の気の抜けるようなあだ名から名前の呼び方を正し、それぞれ指示を出してから自身も作業に取り掛かろうと動く吾郎の背に、ふと小首を傾げたビティスが声をかけた。
「残すとこ残さねぇとこって、俺にはメモとか細かい指示とか無ぇのかよ」
この短期間でも、吾郎が合理的に動く人物であることは彼も気付いたようだ。故に気になったのだろう。
呆けたような表情で振り返った吾郎は、すぐ後、くすっと笑みを浮かべた。
「ビティちゃんなら指示なんて無くても、ちゃんといい感じにしてくれるでしょ? むしろアナタのセンスを楽しみにしてるんだから」
「当たり前だろ、ビティスくん出来の良い子だからな」
仕事内容と人の配置も、きちんと考えられた上でのものだった。軍内部のヒトを全員残らず把握している吾郎は、誰がどんな場面に強いか弱いかも分かっている。それに合わせて配置するには、自分は得意だの苦手だのと言ってはいられないのだ。
三人にはそれぞれ履歴書やこれまで見て来たことから得意分野や可能なことを任せ、残りを自分がする。すると今の役割に収まったということだ。
「当然だけど、作業中はタバコ禁止ね」
「うげ......分かってんよ......」
時々こうして語尾にハートマークでも付くのではと思う甘ったるい声や言葉遣いを出して来る吾郎の様子にも、そろそろ慣れてきたようだ。しかめ面をしながらも素直な返事をする。
こんなところは、吾郎にとって彼が可愛いと思うところだった。何かとふざけた態度を取るし、挑発的かつ適当な面が見える一方で、真面目な場面でふざけることは無いし、指示を出せば素直に従う。更には予想を超える結果を持ってくるのだから、文句のつけ所など無い。
強いて言うならば、もう少し医療隊などの女性とも打ち解けてくれたらとは思うのだが。
他二人には細かく指示を出しながらも作業を続けていると、段々と形になって来るのが分かる。先にビティスが形を変えていた枝の付近は吾郎がそれに合わせて草を整え、ビティスは吾郎がどうしているかなどお構い無しといった様子で作業をする。一つ一つは雑な割に、その雑さがフィールドをより難解にしていて面白いのが事実だ。
あらゆる場面で計算し尽くしてしまう自分には出来ないことを易々としていく姿に、楽しさを覚える。
「こんなものかしらね。みんな、お疲れ様。整備作業は終わりよ」
仕上がった中庭の様子を見て、エヴァンスは小首を傾げ、彩夏は眉を寄せた。それでこの二人の実力、もしくは得手不得手がチラつく。
ぱっとビティスを見るも、彼は何を考えているのか分からなかった。いや、もしかすると、何も考えていないのだろうか。
そこで、上司からの指示には無いことだが試してみたくなり、吾郎は思いのままニヤリと笑った。
「では今日の仕上がりを確認がてら、模擬戦闘をしてみましょう。私が審判をするわね。十五秒後に開始するわ、それぞれ好きな位置から始めなさい」
隠しもしない悪い笑みに、顔を青くする者、素直に引く者、あからさまに面倒くさいと顔に出す者と三者三様の反応を見せる。
十五秒なんてそうそう時間が無い。サッと素早く、また慌てた様子で散った三人の姿をそれぞれ目の端に捉えながら、カウントを始めた。
「三、二、一......GO!」
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