Secret secret
水澤シン
訪問者
空が光った。あの光を自分は知っている。空間が歪む感覚を、何度も経験した。
光の中から誰かの手が出て来る。異世界とこの世界を繋ぐ魔方陣。このままでは、出て来た誰かは落ちてしまう。
「はぁぁあ!?」
「吾郎!」
「分かってる」
向こうは海だ。一瞬でも遅れればドボンと落ちて、海中の魔物の餌になるだろう。
ちょうど魔物の捕獲任務を終えた帰りだったが、捕らえた魔物は既に然るべき場所へと送って済んでいる。総司令官である筈の原田征司までが一緒に居るのは通常ならば問題だが、今回に関しては彼女の力が必要なので結果オーライとしておこう。
全身が魔方陣から出て来たところで捕獲網を投げれば、光から離れた身体をすっぽりと包み込む。
「くっ......」
魔法を作用させるには、少し遠いだろうか。いや、この程度の距離で征司の魔法が届かないなど有り得ないと、吾郎は分かっている。問題は、捕らえたその人物が網の中で暴れてしまっていることだ。かと言って説明する暇など無い。力技でぐいっと征司が手を引くと、その人物は捕獲網ごと吾郎目掛けて飛んできた。
全身でその身を受け止めるも、征司の魔法が少々強かったようだ。魔方陣から出て来た人物を抱え込んで、吾郎は盛大に尻もちをついた。
「済まない、加減を間違えたようだ。大丈夫か?」
「私は大丈夫。......アナタは?」
側まで歩み寄って来た征司の問いに返し、ぱっと腕の中に目を向けながら捕獲網を解いてやる。どうやら男性だったようだが、高い位置で結えられた長い髪が網に絡まってしまっている。先程暴れたのが原因だろう。
「大丈夫かとか言われても、何がどーなってやがんだよ!」
......随分と口が悪い。それに、まだ暴れる。見た感じ怪我は無さそうだし、この様子なら大丈夫だろう。
「じっとしていてちょうだい、余計に絡まってしまうわ」
「......!」
ピシャリと言えば、彼は動きを止めた。器用に捕獲網を解いて外し、征司に渡しては吾郎は軽く男性の肩を押す。すっと身体の上から降りた男性は、まじまじと吾郎を見た。
「男......だよな?」
「そうねぇ、顔だけならたまに女の子と間違えられちゃうけど」
「人間でこんな図体のデカい女は嫌だな」
「あら、せいったらひどぉい」
女学生のようなやり取りをして、二人それぞれに笑う。そんな二人を見る男性が呆然としているのは、見目の性別と口調が逆だからだろうか。
ゆっくりと、征司の手を借りて立ち上がった。立ってみれば、女性にしては長身な方の征司と比べてもやはり吾郎は飛び出して大きい。
先の男性も、吾郎ほどではないがかなり長身のようだ。
「アナタのことを聞くついでにこの世界のことを説明したいのだけど、色々手順があるよのね」
「異世界からの訪問者は、まず帝様に謁見することになっている」
「帰り際で良かったわね。任務前や任務中なら余計な手間が増えるところだったわ」
「全くだ。僕も暇じゃない」
「どの口が言ってるのよ」
この世界で異世界からの訪問者なんて、そう珍しいことではない。それよりも、その『訪問者』が何の目的でこの世界に降りたかが問題なのだ。
故意にこの世界へ来たのか、来た世界が偶然ここだったのか。目的があってのことか、吾郎や征司のように何者かに落とされただけなのか。
と、そんなことよりも今の話だ。
「いーい、せい? 今回は捕獲任務だけだったでしょ? だから私が動くことになったの。そもそもアナタは安易に現場に出て来るべきじゃないって何度言わせるつもり? アナタに万一でもあれば、軍内部だけでなく、下手したら世界が困ることになるのよ? 世界政府軍最高総司令官なんだから」
あくまでこっそりと、男性には聞こえないようにと意識しながら吾郎は征司に詰め寄る。以前はしゅんと項垂れて素直に謝る様子もあったが、今はもう吾郎の知る十二歳の征司ではなかった。
「こういうことがあったんだ、僕が居て良かっただろう?」
「そういうのは結果論って言うのであって、屁理屈よ」
「屁理屈でも理屈だ。そもそもお前一人なら見捨てていたかも知れないだろう」
「そっ、そんなことないわよぅ!」
随分と、口まで強くなってしまったものだ。黙らせるのは簡単だが、仮にも上司だ。加えて娘のように可愛がっている彼女には、どうあったって勝てないのだ。
深いため息をひとつついてから、また男性の方を振り返った。
「異世界人を見付けたら、帝様の所へ連れて行くのが決まりでしょ。仕事はちゃんとするわ」
それなら良いが、と征司も小さくため息をつく。
「私は渕崎吾郎、この子は原田征司よ。で、アナタの名前は?」
短く吾郎が聞いて、放ったらかしにしていた男性にようやく二人の意識が戻った。
こちらで二人が話している間に逃げようとしなかったことを考えると、特にこの世界に害を成そうとしているわけではないのだろうか。まあ、逃げようとしたところで逃がしはしないが。
「......ビティス」
先程の元気は何処へやら、すっかり警戒しているようだ。無理もないが、逆を言えば警戒出来るくらいには冷静になれたということだろう。
この様子ならば先程の内緒話は聞こえてはいないだろうが、自分達が軍人であると、言うべきか言わざるべきか。
それに、この世界へ来た原因や理由も、目的も聞いていないのだ。
とは言え心理学も多少学んでいる吾郎からしてみれば、判断はそう難しくはない。
「吾郎......」
「こうなれば、帝様の所へ案内するのは自動的にせいになるわ」
ふ、と小さく微笑んで言うと、それで充分伝わったようだ。吾郎に向いてこくりと頷いた後、彼女は一歩前へ出た。
「この世界は一つに統合されていて、国という概念が無い。トップに立つのが帝様。そして唯一の世界政府軍、最高総司令官が僕だ。決まりに従い、お前の帝様への謁見には僕が付き添う」
「............は!? ガキじゃねーか!」
国の軍、ではなく、世界の軍の頂点。それがこんな子供だなんてと。異世界人でなくても驚くものだ、そんな分かりきった反応をいちいた気にするほど征司も子供ではない。
一つ頷いて、征司は吾郎を振り返る。
「この世界は実力主義。世界一強い者が帝様よ。そしてせいは、その下に付ける実力を確かに持ってる」
「正確に言うなら、僕と帝様の間にもう一つ、四神という地位があるがな」
とはいえ、今そこは半分が空席なのだが。
四神と呼ばれる通り、その地位には四人居る。御三家と呼ばれる三つの一族の当主と、神子と呼ばれる人物......これで四人だ。しかし今は、そのうち二つの席が不在なのだ。
「首都までもう少しある。途中で一泊することにもなるだろうし、その間にこの世界のことを話しながら向かおう。頼むぞ、吾郎」
「えっ、私が説明するの? まあ、良いけど」
さらりと説明の役目を振られ、思わず苦笑してから吾郎は頷いた。
「そういうことになるのだけど、良いかしら? どの道この世界で、アナタが今頼れる所は他には無い筈よ」
「......だな。分かったよ、あんた達に着いてく。色々わけ分かんねーのもちゃんと説明してくれんだろ?」
「勿論」
はぁ、とつかれたため息にニッコリと笑い返し、吾郎は男性──ビティスと握手を交わした。
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