最終話

 ボクたちは再び歩き出した。


 ジャックと別れて随分時間がたった。

 それでも立ち直れた人なんていないだろう。

 時間があれば立ち直れるのかもわからない。

 それでも、こんな場所にただ呆けているわけにはいかないのだから。


 ひとつだけ、いいことなのか悪いことなのかわからないけど、人が集まっているコミュニティの場所をミサキが思い出したらしい。

 本当に、今になって思い出したのかはわからない。

 つらい思いをして逃げたのだから、忘れようとしていたのかもしれないし、知っていながら黙っていたのかもしれない。


 それでもミサキは顔を上げて眉に力を込めた表情で案内をする。


 ボクたちに安心していられる時間はない。

 今にして思えば、ジャックがいたあの時は幸せだったのだ。

 しかし、その幸せは無情にも去ってしまう。

 それを知った今、歩き続けなければならない。


「チナミはこの辺りとは別のコミュニティにいたんだろ?」

「そうでやんすよ。悪い人もいたけどいい人もいたでやんす。お菓子くれる人いっぱいいたし」

「だったらなんで逃げてきたのよ」

「逃げてないでやんす。カンダは怒られて逃げたけど。ボクチンはカンダがお菓子くれるって言うからついてきただけでやんす」

「お菓子基準か」

「お菓子だけじゃないでやんす。ハルマロボのパイロットとして責任を持ったでやんす。そもそもハカセは女のことを全くわかってないでやんすね。女の子の75%はお菓子でできてるでやんすよ。あとの25%は脂身あぶらみ


 ミサキがハッと胸を隠す。


 それを見てランが自らの胸を見る。

 そしてボクと目が合うと彼女は顔をしかめてそっぽを向いた。


「もし、上手く行かなかったらそっちを目指そう。色々考えるのはその後でもいい。もし本当にそこもダメだったら、また逃げよう。そうやって、なんとか生き続けよう」


 ボクの今の使命は、この女の子たちを無事に人のいるところまで届けることだ。

 何よりもそれを考えなきゃならない。

 不思議な事に道中は穏やかだった。

 道の脇にはパンティを脱がされたヴィッチたちが転がっていた。

 それだけで他に人が存在する安心感がある。

 ボクたちは、その倒れたヴィッチたちが並木のように並ぶ通りを進む。


「ヴィッチになった人たちは、天国に行ったんですかね」


 ランがポツリとそう言った。


「行ってるよ。きっと天国に」

「そうですよね」

「ハルマもいるぞ。きっと」


 そう言うとチナミが困ったような顔をした。


「でも、ボクチンきっと天国には行けないでやんす。ハカセの靴に臭い虫いれちゃったし」


 ボクが靴を慌てて脱ぐと、平べったい虫が落ちた。


「どうりで斬新な臭さがすると思ってたんだよ! 体調の変化かと思ってたけど。まぁ、そのくらいなら神様も許してくれるんじゃないかな」

「それにミサキが使ってた体重計を5kg軽くしちゃったでやんす」

「しょうもないイタズラするなぁ。重くしたならともかく、軽くしたんなら別にサービスみたいなもんだろ」


 そう言いながらミサキを見ると、彼女は青い顔をして震えていた。


「痩せたと思ったのに。それならあの自分へのご褒美は……」

「あたしには? あたしにはどんなビックリドッキリ大作戦をしたんですか!」


 ランがチナミに言いよると、チナミは目をそらして唇を尖らせてスースー言わせた。

 どうも口笛を吹いているらしいが音らしいものはなにもでていない。


「なにも知らないでやんす。ボクチンはランにはなにも。本当に何一つしてないでやんす!」

「そうなんですか。よかったー! どんなハプニングが待ち構えてるのかと心配しちゃいました」


 明らかにチナミは嘘をついてごまかしているのがまるわかりだったが、問い詰めて白状させたところで余計な問題が勃発するような気がしたのでボクは放っておいた。


「これからいい子にしてればちゃんと天国に行けるよ」

「本当でやんすか?」

「多分、地獄の鬼も手を持て余すと思うよ」


 チナミはパーッと明るい顔をして喜んだが、その隣では地獄行きが決定したような顔のミサキが対称的だった。


 この先を進めばコミュニティのある場所にたどり着く。

 ミサキがそう案内をして、ボクたちは最後の気力を振り絞り歩き出した。


 しかし、目の前にアレが現れた。


 ヴィッチだ。


 ボクの足が、そしてみんなの足が止まる。


 前方で佇む一体のヴィッチにみんなが絶句した。

 ふらふらと身体を揺らし意志を持たぬように歩いている。

 やがてボクらの存在に気づいたのか、ヴィッチはこちらを光の宿らぬ目で見た。


 赤と白のスタジャン。

 胸には『愛』の刺繍。

 金髪は長く風になびき。

 大きな目、白い肌、そしてかつての筋肉質な体型とはかけ離れた細く華奢な手足。

 ストライプのミニスカートを履いているように見える下半身。


 ボクたちに助けを求めるようにゆっくりとこちらに向かってくる。


 ジャックだった。


 ジャックの変わり果てた姿だった。


 なんとかできないのか、近づいてくるジャックの姿を見ながら、それでもボクたちは祈っていた。

 面影なんて残っていない。

 なのにどうしてここまで割り切れないのだろう。


「ジャック」

「ジャック」


 みんなが口々にかつての彼の名前を呼ぶが、ジャックであったソレはなんの反応もなかった。


 一歩、また一歩とそいつが近づいてくる。


 2mほど、手を伸ばし、踏み込めばば届くほどの距離にまできた。


 まるでアニメの美少女みたいなその顔は無表情で黒い洞穴のような瞳でこちらを見る。

 いや、見てなどいないのだ。

 ボクの存在も、他の誰の存在も見てはいない。

 ただの骸がこちらをむいているだけなのだ。


 その存在そのものが、ジャックが既にこの世にはいないことを語っていた。

 憎しみでも悲しみでもなんでもない。

 ただボクは、何かを乗り越えるように、伝説のカンフーベンチを振りかぶった。

 横薙ぎにカンフーベンチを振り、それがそいつの胸に当たる。

 鈍い音を響かせて、握っていた手に動物を殴ったような感触をフィードバックさせる。


 そいつは、攻撃を受けた痛みや感情的な反応は何も示さず、人形のように後ろに倒れた。


 地面にカンフーベンチが転がる乾いた音が響く。


 ボクは屈みこむ。


 今まで何度もした動作。

 相手にとどめを刺す動作。

 手の甲に涙が落ちた。


 ボクは、振るえる手で、パンティを脱がした。

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パン ティ・オブ・ザ・ヴィッチ 亞泉真泉(あいすみません) @aisumimasen

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