第25話 ある日曜日の景色
日曜日。
空は雲一つなく晴れ渡り、遊びに出るには絶好の天候になった。
東京――と言いながら実際には隣の千葉県にある日本一有名なテーマパークとはさすがに比べるべくもない。
ただ、あまり広すぎると端から端まで歩くだけで一苦労することになるので、その意味では、中高生が遊びに来るにはちょうどいい規模とも言えるだろう。
名前はキリミーランド。
施設名からも分かる通り霧見沢市が観光地を作る目的で誘致したテーマパークだ。
この手の施設に公共機関が口を出すと大失敗することが多いのだが、ここは比較的堅調で、開園から長く続いている。
園内には人が溢れ、今も目の前を親子連れやカップルが楽しそうにしながら行き交っていた。
なぜそんなことを知っているかというと、子どもの頃に遊びに来たことがあったためだ。
ただ昴はその時まだ小学生で、
咲良と涼音に教えると、二人は昴が呆気にとられるほどの喜びようで、そのテンションに押し切られる形で朝六時などという時間に待ち合わせが決まってしまったのである。
「ふぁぁ……」
実は今も若干眠い。
昴はというと、フードコート近くにある鉄製の柵にもたれかかって休憩中である。咲良と涼音は別行動中である。
時間はもう昼を過ぎている。テーマパークの開園と同時に入場し、それから一瞬たりとも休まずに動き回っていた。
寝不足も相まって限界に来ていた昴は一休みしていたのだが、こういうときは女子の方が体力があるのか、二人は元気にアトラクションに向かって行った。
昴を置いて行ったというよりも、例の、二人が行きたがっていたアトラクションのメインターゲットが女子だったのである。
アニメとタイアップした企画なのだが、それが女子の間でブームになっている作品であるらしい。
当然、男子禁制で昴がとても立ち入れない雰囲気でもあったので、その隙にこうして休憩しているのだ。
「女子って、タフ……」
昴はしみじみとそう呟いた。
『女子とはそういうものでござるよ、にんにん!』
と、相変わらず昴の護衛役を務めているアンジェリカの声が近くから聞こえてきた。
「く、詳しいんだな……」
スキップで大学を卒業しているらしいが、見た目は当然ながら九歳児そのままの彼女が「女子」を代表するような言い方をするので吹き出しそうになる。
『当然でござる! 拙者、この世に生まれ落ちてから九年もの間、立派な女子として経験を積んでいるでござるよ!』
なるほど、女子歴ゼロ年の昴より、確かに遥かに女子である。
昴は周囲の様子を窺い、自分が誰からも見られていないことを確認してから小声でアンジェリカに話しかける。
「……悪いな。事情を知らない人間が一緒だと喋れないから、退屈だろ?」
アンジェリカも興味があるアトラクションがあると言っていたので、余計に可哀想に思えた。
『これは、恐悦至極にござる。しかしながら、お館様の護衛を任されたるは忍びとしての本懐! お気遣いは無用に願うでござるよ、にんにん!』
相変わらず色々交ざっているが、アンジェリカの忠誠心自体は本物のようなので、ここは大人しく感謝しておくことにした。
『しかし、お二方とも大変お喜びの様子。お館様の苦労が報われましたな』
「僕は頼んだだけだから、苦労なんてしてないけど……」
ただ、二人がはしゃぐ気持ちもわからないではない。
幽月が手配してくれたチケットというのがワンデイパスで、一日であれば全ての施設が使いたい放題。
なおかつ、アトラクションに順番待ちが起こっていても優先的に案内してもらえるファストパスつきの特別性だった。
株主などに提供される優待チケットであるらしい。
「あの人、張り切り過ぎ……」
昴が頼みごとをしてくれたのが嬉しいと言っていたが、それでここまで大盤振る舞いをしてもらえるとは思っても見なかった。
チケットを渡された二人はそれを見てテンションが上がり、今日一日で全アトラクションを制覇すると大いに張り切っているのだ。
(……単なる親切心だけじゃなくて、僕が驚くのを想像して楽しんでるんじゃないだろうか。実際、驚いたけど)
少なくとも帰ったら丁重に礼を言わなければならないぐらいの気持ちにはなっていた。
「ま、あの二人が喜んでくれたようでよかったかな……」
今日は朝から二人に振り回されっぱなしで、余計なことを考える余裕もなくなっていた。こんな、夢中になったことは久しぶりである。
「お兄ちゃん! ただいま!」
そうこうしていると、咲良と涼音がアトラクションから戻ってきた。
すっかり兄妹ごっこが気に入ってしまったのか、呼び方が定着しつつある。
同時に、護衛の役目に戻ったアンジェリカの気配が遠のいていった。
「二人とも、楽しめた?」
昴が尋ねると、咲良は興奮してウンウン、と頷いている。
「私までありがとう。すごく楽しかった。女子の間では人気だったから、きっと友達から羨ましがられると思うわ。お土産でグッズでも買っていこうかな」
「喜んでもらえたらよかった。って言っても、僕も大したことをしたわけじゃないから」
「えぇ? でも、お兄ちゃんが頼んでくれなかったら無理だったんだから、やっぱり大感謝だよ!」
大袈裟に感謝してくる咲良に昴は曖昧に笑って返した。
なんと言われても、やはり幽月のコネを使わせてもらっただけなので、虎の威を借る狐ではないが、ここで自慢げにするのは違う気がする。
とはいえ、細かい話をするわけにもいかないのでもどかしいのだが。
「よし、じゃあその辺でご飯にしようか? ちょっと混んでるけれど……」
昼食のピークからは外れるはずだが、四人席がきれいに空いているところはなかなか見つからない。
フードコートの客席は広いので、ここからでは全体が見えない。
食べ終わった客から席を立ちはじめる時間帯なので、探せばどこかには空きがありそうな雰囲気だった。
「ゆっくり歩きながら空いている席をさがそうか? 二人とも、大丈夫?」
昴が聞くと、
「うん、私、胸一杯だから全然大丈夫! 涼音ちゃんは?」
「私も今すぐじゃなくても大丈夫かな」
という返事だったので、三人は連れ立って歩き出した。
「でも、ユーキ君が最高だったよねぇ」
「え? 私としてはアキ君推しなんだけど?」
「おぉ、涼音ちゃん、通だね」
などと、先に立って歩く昴の後ろで二人が感想戦に突入していた。
内容やキャラの名前はよくわからないが、二人の熱意のほどは伝わってくる。
昴は余計な口を挟まず、空席探しに集中した。
◆◆◆
最初はすぐに見つかるかと思ったのだが、意外に手こずることになった。
フードコートの席は四人用なのだが、これが全部埋まっているわけではない。
しかし、カップルなど二人でやってきて四人席を使っているパターンも結構見られるため、ちらほらと空いている椅子は見られるのだが、昴達三人が座れる場所がなかったのだ。
仕方なく、ホットドッグやハンバーガー、フライドポテト、飲み物というファストフードそのままというメニューを買って、少し離れた場所にある休憩用のベンチで食事を取ることになった。
施設内には、ゆっくりと散歩も楽しめるように遊歩道が設けられているのだが、その終着点は高台になっていて、あまり人が来ない穴場スポットになっている。
昴、咲良、涼音の順番で座って、それぞれが頼んだ食べ物と飲み物を配ると昴は自分のホットドッグにかぶりつく。
この手のテーマパークで売っているにしては良心的な価格設定なのに、しっかりとしたパンに肉汁たっぷりのウインナー、スパイスもキッチリと利いているので美味しい。
仕方なく買ってみたが、ノボリで宣伝していたし、案外ここの名物メニューなのかもしれない。
昔、家族で遊びに来た際も同じものを食べたのだが、そのときと同じ懐かしい味だった。
どうやら単に仕入れたものを温め直して売っているだけではなく、敷地内のレストランで手作りしたものらしい。
黙々とホットドッグとポテトを味わう昴の隣では、咲良と涼音が相変わらず楽しそうに喋り続けていた。
昼からどこを回るか、どう回れば効率がいいか、熱心な作戦会議中のようだ。
幼馴染みということもあるだろうが、相変わらず二人は仲が良くて、昔から本当の姉妹だと誤解する人も多かった。
もし、二年前の事故が起こらなかったら、こんな風に三人で遊びに来るなんてこともあったのかもしれない。
そんなことを頭の片隅で考えながら、昴は無言でカップに刺さったストローをくわえてジュースを吸った。
実はこのベンチにも来たことがあった。
偶然に見つけたように装っていたのだが、昔、涼音の一家と遊びに来た時もここで休憩したことがあったのだ。
(懐かしいな……)
自分のホットドッグを食べ終えると、昴は大きく伸びをした。
その隣で、涼音と咲良はほとんど食事にはほとんど手をつけないまま、あれこれしゃべり続けている。
ここが高台で見晴らしがいいため、色々なアトラクションや乗り物が見える。
次はあれに乗る、こっちがいい、その次はあっち、と食事が完全に置き去りになって夢中で相談していた。
昔、昴と涼音も同じようにしていたような気がする。
咲良はまだ小さくて、あのときは母親に抱っこされて寝ていたはずだ。
「よし! これで午後の予定は完璧ね!」
昴が食事を終えたあたりで、ようやく二人の作戦会議は終わったらしく、咲良はハンバーガーとコップを両手に持ったまま勢いよく立ち上がる。
――が、
「きゃあっ!?」
という悲鳴が上がり、昴は口に含んでいたジュースを吹き出しそうになってしまうのだった。
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