第22話 狂獣、現る


 冴香さえかと、あと透明なままのアンジェリカも一緒に住宅街から出てしばらく歩くと、改めてすばるは冴香に問う。


「本当に、テーマパークのチケットなんて手に入るの?」


「ええ、うちの組織は色々ツテがあるから。テーマパークの運営会社と直接協力関係になくても、その取引先とか、政財界のツテを使えば簡単よ」


「せ、政財界……? ……テーマパークのチケットを買うのに、政財界が出てくるのか」


 大人げない、と昴は顔をしかめた。


「戦える者は戦い、知識に優れた者は指針を示し、権力に近い者は便宜を図り、裕福な者は活動資金を拠出する――そうやって、歴史の裏側で徐々に結びついていったのがミドガルズオルムよ」


 徹頭徹尾〈ワールド・エンド〉のためだけに集まったわけではなく、それぞれがミドガルズオルムと関係がない日常的な立ち位置を持っているため、いい意味で応用が利くということなのだろうか。


 素直には納得できずに「う~ん」と唸っていると、


『せ、拙者も、拙者もテーマパーク、行きたい! 行きたいのでござる~』


 姿を消したままだが、思わずといった様子でアンジェリカの声が漏れ聞こえてきた。


「一緒に行くことになるでしょうけれど、護衛が優先よ。遊ぶのは我慢しなさい」


 微笑ましいと思った昴の隣で、冴香はばっさりと斬って落とす。


『ふぬぬぬにゅぅ。伝え聞くところによると、彼のテーマパークには、『ぶっ飛びカトウ』という忍びをモチーフにしたアトラクションがあると聞きまする! 飛び加藤といえば名うての乱破! 忍者界のレジェンドでござる! にんにん!』


 忍者界ってなんだよ、とは思ったが昴はあえて突っ込まずにおいた。


 親切。


「でも、今日はどうしたの? 今までも僕には話しかけないようにしているように見えたのに……」


「あなたが、妹さんに『お兄ちゃん』と呼ばせているって、クラスの男子達が噂していたのよ」


 思った以上の衝撃的な指摘に、言葉に詰まった。気分的には「ごはっ」と吐血しそうになる感じだ。


梓川涼音あずさがわ すずねも、朽木咲良くちき さくらも学校では目立つから、あなたが三人で帰っている姿を見られて色々とやっかみを言っている人もいたわ」


「目立つって、涼音はともかく咲良も?」


「身内の目は甘くなるか辛くなるかのどちらかだと言うけれど……。彼女、妹にしたい後輩ナンバーワンだとかなんだとか噂されているそうよ」


「そんなもんか……」


 実の兄としては――こちらの世界では兄ではないが、とにかく、ピンとこない。


 いずれにしても、影で色々言われていたのだろう。当事者ではない冴香は横目でそれを見ていたというところか。


「それで、私が混ざれば少しはやっかみが薄れるかと思ったのよ」


「やっかみって、つまり、あんな可愛い子二人を連れて両手に花でニヤニヤしやがって、的な?」


 昴が恐る恐る尋ねると、冴香はこともなげに「ええ」と肯定した。


「あ、いや、その場合、黒瀬が加わったらもっと目立つんじゃ……?」


「何故? 私のように無愛想な女がいたら、あの二人の華やかさが少しは薄らぐはずでは?」


「あ、いや、なんて言うか……」


 本人には言えないが、冴香も凛とした雰囲気で、クラスの中でも美人としてかなり目立つ方だ。


 実際に、たった数日だが「黒瀬、いいよな~」などと男子が噂し合っているのを見たことがあった。


 だが、さすがに本人に面と向かって「お前も充分美人なんだよ!」と指摘する度胸はなかったのである。


(どっちにしても、これからはちょっと気をつけよう……)


 こちらの世界に来て、変な注目のされ方をされなくなったことだけは、唯一ありがたいと思っていたのだ。


 わざわざ、再び悪目立ちするようにする必要はないだろう。


「……しかし、本当に『お兄ちゃん』と呼ばせていたのね」


 これまで、何を話していてもほとんど感情を表に出さなかった冴香がわずかに眉を顰める。


「いや、あれは、咲良が面白がってやってるだけなんだって! 別に僕が呼ばせているワケじゃないぞ! 本当だって!」


「……そういうことにしておきましょう」


「いや、そういうこと、じゃなくて、本当なんだってば!」


 冴香は冴香なりに、昴が変なやっかみを受けないようにフォローしてくれたのだと思うが、やはり彼女の言動はわかりづらい、という結論に至った。


「ま、まあ、それはともかくだけど……。毎晩巡回に出ているんだよな? なんか、悪かったね」


 アンジェリカは幼いためにそもそも対象外だが、彼女の〈精霊器〉リゾルバーは戦闘力を持っていないように、ミドガルズオルムの人間であっても、全員がレヴェナントと戦えるわけではないらしい。


 そういえば、〈精霊器〉を持っている人間の数が多いのか少ないのかも知らない。


 いずれにしても、巡回に出ている人間は、昴が知っている範囲では冴香と清十郎の二人だけで、本当なら昴の下校につき合って回り道などせず、さっさと帰宅して少しでも仮眠を取りたいのではと思ったのだ。


「別に。あなたのフォローをするのも私の任務だから」


 対する冴香は、素っ気なく答えただけだった。


「それに、今日から補充要員も配属されることになっているから、気遣いは不要よ」


「補充要員?」


「ええ、詳しい話は控えるけれど、オフェンス――〈精霊器〉を使用できる戦闘要員のことだけれど、元はうちに所属していた人が一人、他のユグドラシルに出向していたのよ」


「他のユグドラシル?」


「ええ、世界各地にユグドラシルの根は張り巡らされている。ミドガルズオルムはそれぞれの支部がその根を拠点としているのだけれど、日本支部は二ヵ所の根を管理していて、戦力を分散しているの」


「そこから一人戻ってくるってこと?」


 その通りよ、と冴香は短く答える。


「じゃあ、少しは楽になる感じかな?」


「ええ」


「そうか。よかった」


「どうして、あなたがそんなことを気にするの? 別に人数が少なくてもあなたを現場に引っ張り出すような真似はしないわよ」


「いや、そうじゃなくて、黒瀬が無理しすぎて体を壊さないかと思って……」


「そんな鍛え方はしていないから大丈夫よ」


「まぁ、とにかく、よかったよ」


 冴香は今一つ納得していなかったようだが、昴の「よかった」という結論には何故か複雑な表情を浮かべた。


「本当によかったと言えるかどうかはわからないけれど……」


 それはほとんど独り言のような呟きだ。


 聞き返そうかと思ったが、ちょうどロイヤルタワー神木の前に辿り着き、タイミングを逸してしまう。


 おまけに、敷地の入り口に立てられている柱の陰から、いきなり何かが伸びてくる。


「えっ!?」


 気づいたときには昴は襟首を掴まれ、柱に押しつけられていたのだ。


「てめぇが特異点か?」


 殺気立った声。


 シャツで首が締め上げられ息苦しさがこみ上げる。


 飛び出して来た何かとは、男の鍛え抜かれた腕だったのだ。


 突如現れたのは若い男。


 細身ながら長身だ。服装は黒でまとめられている。あちこちに鋲が打たれた革のジャケットに、黒のダメージデニム。


 腰には財布か何かにつながっているのか長いチェーンが垂れ下がり、腕や指はシルバーのアクセサリで、邪魔になるのではないかと思うほど飾り立てられている。


 耳や瞼にまでピアスが開けられ、これ以上、装飾品を入れる余地がないのではないかという有様だ。


 染めているのか短く揃えられ整髪料で逆立てた髪は銀色。顔の右半分には炎を描いたと思われるタトゥが彫り込まれている。


 表情は大型肉食獣さながらの殺気に満ちあふれ、血走った目がまっすぐに昴を凝視していた。


「比嘉さん、何をしているんですか!?」


 同じく完全に虚を突かれたらしい冴香が慌てて比嘉と呼んだ男の腕をはがそうとするが、ビクともしない。


「お館様への狼藉、看過できぬでござる!」


 アンジェリカも突然姿を現して男に飛びかかろうとするが、昴を締め上げているのとは別の手で頭を押さえ込んであっさりと無力化する。


「くにゅくにゅくにゅ~~~っ!」


 じたばたとしているが、まるで動けないようだった。


「く、こ、の――っ!」


 昴は両手で男の手を引きはがそうともがくが、ビクともしなかった。


 だが次の瞬間――バシン、と何かが破裂したような音がして、男は数歩後退していた。


「痛ってぇな、何しやがる!」


 男は何故か昴を睨む。


 抵抗はしたが、まるで刃が立たなかったので、何かできたはずもない。


 なのにどうして昴が何かをしたと思ったのだろうと不思議に思いながらも、これ以上いいようにされないように数歩距離を取って警戒する。


「はん、素人のクセに、一丁前に力使って抵抗しやがって」


「ち、力? なんの、ことだ……」


「ちっ、素人じゃなくて、ド素人かよ」


 凶暴な笑みを浮かべる男に、今度は冴香が割って入る。


「比嘉さん、いい加減にして下さい。これ以上の愚行を重ねるのであれば、指令に報告しますよ!」


 乱暴が服を着て歩いているような男だが、それでも幽月には弱いのか、渋々大人しくなる。


「どういうつもりです? 朽木昴は、我々が守るべき特異点なのですよ」


 鋭い詰問にも男は悪びれた様子はなかった。


「ふん、だからだよ。あの女がナニ考えてるかわかんねぇが、そんだけ大事ならアジトの中に落ち込んどきゃいいんだ。大人しく部屋に籠もって、一人でシコってりゃいいんだよ」


 何が面白いのか、下品極まりないことを言って一人でゲラゲラ笑っている。


「この人は?」


 昴が聞くと、まだ警戒を解かないまま、冴香は短く「比嘉鬼火斗ひが きびと。……さっき言った、補充要員です」と答えた。


 冴香が浮かない顔をしていた理由が一瞬で腑に落ちた。


 こんな奴がやってくるのでは、冴香でなくても複雑な心境になるだろう。


 何もかもデタラメだ。鬼火斗、という名前も、ひょっとすると偽名かもしれない。


「いいか、俺が戻ってきた暁にゃ、レヴェナントのクソ共は皆殺しにしてやる! てめぇは大人しくしてろ! 学校なんざフケちまえ。いや、むしろ外に出て奴らを引きつけるエサになれ! 怪しい奴がいたら教えろ! レヴェナントであろうとなかろうと、怪しい奴は片っ端から八つ裂きにしてやるぜ!」


 それが、比嘉鬼火斗との、最悪の出会いであった。


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