9.11

弥生

【911】

長い悪夢から覚めたような感覚で、気が付くと俺は広いロビーの様な場所に居た

意識を失っていたのか?一寸前の記憶を思い出す事も出来ない

丁度、朝目が覚めた瞬間にそれまで見ていた夢を忘れてしまうあの感覚だ


「大変お疲れ様でした」


広いロビーにアナウンスが流れて来た

ココはいったい何処なんだろうか?


「只今、大変混み合っておりますが

順次お手続きをしておりますので、もうしばらく寛いでお待ち下さいませ」


聞き間違えでなければ今、混み合ってると云ってた気がするけど、このロビーに人の姿は確認出来ない

見渡せばただただ広くて明るい空間に腰掛け椅子のひとつも置いてない

寛げと云われてもどう寛いだら良いものか

そもそもココは何処で、俺はいったい何んの手続きの順番を待たされているのだろう?

あとどのくらいこのだだっ広いロビーに放置されるのだろうか


「野方さま」


不意にアナウンスの声ではなく、俺のすぐ後ろから生身の人間のような声で名前を呼ばれた

反射的にその声の方へと振り返ると真っ白い制服を着た女性が立っていた


「大変お待たせしてすみませんでした」


いや、全く待ってないんですけど

混み合っていると云うアナウンスを聞いて、それこそ次の瞬間には名前を呼ばれたと云うくらい待ってはいない


「心の準備はよろしいでしょうか?簡単にご説明しますね」


白い制服の女性はにこやかな笑顔で坦々と話を続ける


「時間と云う尺度と肉体と云う制限から解放された為、これからは疲労、眠気、空腹、痛みなど、昨日まで悩まされて来た全ての障害が取り除かれます」


肉体からの解放と云うフレーズに俺は自分の身体の感覚や重力を感じていないコトに気付き両手を顔の前にかざそうとしてみた

手が、ない

自分の身体を見下ろすも、胴体もなければ足もない

ただ、ロビーの床があるだけだった

透明人間になったのか?

驚きのあまり制服の女性の話を聞き流していた

何か注意事項を説明しているようだ


「・・・なので後ろは振り向かないコトをお勧めします」


まだ肉体に制限されて時間と云う概念に捕らわれている俺の家族や友人が泣き悲しんでいる姿は目の当たりにしない方が良いと云うようなコトを話していたような気がする

コレが夢でないなら、もしかして俺は・・・

死んだのか?

悪夢から目覚める瞬間に最後に聞いた台詞が唐突に甦ってくるような感覚で俺の中で「旅客機が!」と叫ぶ誰かの声がこだました

それをキッカケに芋蔓式に記憶が甦ってくる

証券会社に勤めてた俺は出張先のニューヨークで、そうだワールドトレーディングセンターだ

あのニューヨークの象徴とも云えるツインタワーで


「以上でご案内を終了させて頂きます」


俺がなぜ、どのようにして死んだのか記憶を辿って思い出そうとしているのを遮るかのように制服の女性はニッコリと微笑み、最後の一言を俺に告げた


「ようこそ、天国へ」


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9.11 弥生 @yayoi0319

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