芳子

弥生

芳子

不意に真夜中に目が覚めてしまった

暗い寝室には隣で眠っている芳子の寝息だけが静かに時を刻んでいる


「いったい今、何時なんだろう?」


芳子を起こさないように、そっと俺はベッドから脱け出し台所へと向かった

流し台の脇に山積みになった桃を見て昨日の芳子との会話を思い出す


「また研究所から、くすねて来ちゃった」


たまに芳子は勤務先の研究所から持ち出し禁止の品々を持ち帰ることがある

昨日のこの桃もその類いだ

桃好きの博士が、秋だけではなく一年中通して桃を食べたいと云う願いから果実が分裂する桃を開発中らしい

一時間で一つの桃が勝手に二つに増え、二時間後には四つになる増え続ける桃を開発していると云っていた

今回のこの桃は失敗作だから廃棄しておくようにと指示された未完成品らしい

芳子は勿体無くて一つだけ鞄に忍ばせて持ち帰ってきたらしいが、帰宅時に桃は四つになっていた

昨夜は二人でたらふくその桃を食べて最後の一つを台所に残しておいたのだ


浴室で物音がした気がして俺はハッと我に帰った

恐る恐る脱衣場を覗くと浴室の中からシャワーの音と芳子の鼻歌が聞こえてきた

芳子を起こさないように静かに寝室を出たツモリだったが、起きてしまったのか


俺は一足先にベッドに入ろうと思って寝室に向かった

暗いままの寝室のベッドに人影が見えた気がした

目を凝らして見ると芳子が二人ベッドに横たわっているようにも見えた

灯りを点けて確認したかったが、眠っている芳子を起こしてしまうからと、思い止まった


待てよ!

芳子は確かに今、浴室でシャワーを浴びている筈じゃないか!

俺は足音を立てないように摺り足で浴室へと戻った

あろうことか脱衣場で芳子はケラケラと笑いながら男性とお互いの身体を拭き合っているではないか!


信じられない光景になすすべもなくゆっくりと後ずさりしていると、俺の背後にあったトイレの扉が開いて俺の背中に当たった


振り向くとちょうど用を済ませた俺がトイレから出て来て、俺と目が合った

お互いを指差しながら同時に声をあげた


「あの桃っ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

芳子 弥生 @yayoi0319

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ