逆転・(第百参弾)

あのさ、敦子ちゃんはさ

まぁ、ウチに引っ越して来てくれた時に役所で自分の出生日とかも見たのかも知んねぇんだけどさ

  

唐突に何?

いや、今年は去年よりも瞑想が長いなと思ったら、いきなり?

まぁ、いいや

で、山口の出生日がどうかしたの?

  

元々さ、ウチも貧乏だったからあたしが小学校に上がった辺りからは誕生日パーティーみてぇなコトはやってなかったんだけどよ

たぶん敦子ちゃんは自分の誕生日とか知らねぇんじゃねぇかなと思っててさ

実の母親からずっと死んで欲しいって願われながら育ったワケじゃん?

誕生日にお祝いなんて絶対ぇして貰ったコト無ぇよなぁ?

  

ああ、そうだろうね

紗枝は山口の誕生日って知ってるの?

俺等でお祝いとかしてあげようよ!

良い案だと思うよ、当然タケシとかも呼んでさ

  

あ、良い案とか云うなよ

別に敦子ちゃんの誕生日パーティーをしようぜって提案したかったワケじゃねぇんだよ

いや、誕生日パーティーはしてやろうな

けどさ、誕生日パーティーって生まれて来たコトをお祝いすんだろ?

あとは無事にこれまで何年間育って来ました的な感謝とか、やっぱお祝いだよなぁ

  

あー、この前紗枝ん家で山口とお袋さんと4人で話してた時の山口の話?

うん、アレは俺も驚いたよ

驚いたって云うか、理解出来ない領域の話なんだなと思ったね

当事者じゃないと云えない台詞だったよね

お袋さんは凄い理解してたみたいだったけどさ、俺が山口の立場だったら絶対にあんな風に立派なコトは云えないよ

てかさ、紗枝もホントに山口には何んにも遠慮とか無くズケズケと訊くんだね

  

ん?

敦子ちゃんが産まれてからずっと虐待を受けて来てて何度も殺されかけてんのに神様を恨んだりしてねぇのかって話?

散々痛い目に遇わされて身体全身に火傷や傷痕を遺されて、こんな酷い人生を敦子ちゃんに差し向けた神様に文句とか云わねぇのかってヤツ?

その程度の内容は日常会話だぜ

そっか、キミはちょっと退いたかもな

赤の他人には訊けねぇもんな普通

  

俺も口に出しては云えなかったけどさ、どう考えたって山口の生い立ちやこれまでの人生は悲惨で酷いモノだったよねぇ

あのままホントに殺されてたかも知れなかったワケだしさ

あんな風に濁りの無い笑顔で「感謝してる」なんて絶対に云えないよ

  

敦子ちゃんさぁ、云ってたじゃん?

酷いとか云うのは何かと比べてるからだって

比べちまえば中絶とかで産まれるコトすら出来ねぇ仔も居るし、虐待だけじゃなく戦争や迫害とかで五体満足じゃなくなっちまう仔も居たりするだろってさ

今の日本の大半の同世代と比べちまえば不幸なのかも知んねぇけど、敦子ちゃん以外の誰の人生でもなく自分の人生なんだから周囲りと比べるコトには何んの意味も無ぇって云い切ってたじゃんかぁ?

  

うん、相対的な価値観とか絶対的な幸福度とか結構小難しい話だったよね

自分以外の誰のモノでもない自分だけの特別な人生を与えてくれて本当にありがとうって常々神様に感謝のお祈りを捧げてるって云ってたしね

もしも平凡な家庭環境で普通に何不自由無く育って生活してたなら俺とはただの同窓生だし紗枝なんて他人のまんまだったでしょ?って云うのは解るんだけどね、確かにそうだなって思うし

  

それな

確かにさ、敦子ちゃんとあたしとのこの絆とかな

あたしは良い言葉が見付からねぇから「親友」って云ってるけどよ

そんな「親友」なんて程度じゃねぇ全然云い足りてねぇ様な以心伝心とか一心同体レベルのこの信頼関係は有り得ねぇもんな

あたしも敦子ちゃんとのこの関係は偶然とか必然とか運命とか宿命どころの話じゃなくて神様が与えてくれた特別な信頼関係だとしか考えらんねぇんだけどよ

それと引き換えにしても敦子ちゃんの生い立ちは酷すぎるって思っちまうんだよな

プラス・マイナスでゼロにはならねぇよ、マイナスだよ

ましてや「感謝」だなんて思えなかったんだよ

  

山口さ、虐待を受けて傷が増えて自分の身体を鏡で見る度に自分には女としての幸福せどころか普通の人間らしい人生すら望めないなと思ってたって云ってたじゃん?

紗枝からも聞いてた話ではあったけどね

山口がほぼ初対面の紗枝にその自分の傷だらけの身体を見せた時に紗枝が本気で慰めとか同情とかじゃなく「ひでぇコトしやがる!」って云ってから愛でて抱き締めてくれたのって、山口サイドから改めて話を聞くと確かに山口の云う通り「奇跡の一瞬」だよなとは思ったよ

時間が止まったかの様にずーっと抱き締めててくれたって云ってたじゃん?

山口からしてみたら、一生山口には訪れる筈の無い場面だったんだもんね

ズタズタにされた自分の身体を愛してくれる誰かの出現って

  

敦子ちゃんはそー云ってたけどよ、正直最初は同情だったぜ

まぁ「可哀想」ってよりは「ひでぇコトしやがる」って云う怒りとか憎しみがデカかったかなぁ

衝撃的な光景だったしな

しばらくは瞼の裏に焼き付いちまってたな

予めキミから敦子ちゃんの状態は聞いてたじゃん?

廃人モードの敦子ちゃんは魂が抜けたみてぇに何も喋らねぇし、たまにヨダレ垂らして偲ちゃんに拭いて貰ってたとかよ

あれだけの傷痕を見たら全部納得出来たんだよ、ホントに辛かっただろうなって思ったし変わってやれるモンなら変わってやりてぇなって本気で思ったんだよな

でさ、敦子ちゃんの傷だらけの身体を思い出してる時にさ、何故か「あたしはあんな傷だらけの身体には成りたくねぇな」とは思わなかったんだよな

ほら、敦子ちゃんってスタイル良いじゃん?

キミ以外のヤツに云ったら誤解とかされちゃいそうな不謹慎な云い方だけどよ、羨ましいって思ったんだよ

スタイルも勿論なんだけどよ、あのプロポーションに全身の傷がさ、格好良く思えたんだよ

けど、たぶんそんな風に思うのはあたしだけかも知れねぇし敦子ちゃん本人は絶対ぇそんな風には思ってねぇだろうからな

敦子ちゃんにも伝えてねぇんだけどよ

けどさ、自分の大事な宝物を磨く様な感覚で自分なんかよりも丁寧に風呂で敦子ちゃんの身体を洗ってやってるんだけど、テレパシーで伝わっちまってんのかもな

あたしだけじゃなくキミやタケシくんみてぇにタトゥーを彫り始める前の傷だらけの身体を見ても受け入れてくれる連中の出現、確かにそれまでの敦子ちゃんからしてみたら奇跡だよな

  

確かに山口の云う通り、そんなプロセスが無かったなら今の俺等の関係は無かったよ

こんなに人を大事に想えるコトが幸福せだって云うのも、普通に何不自由無く生活してたらソコまでの関係には成ってなかったよ

だから山口の云う自分だけの「特別な人生」って云うのもその通りだなとは思うけどさ、あんな笑顔で「感謝」とまではいかないよね

  

あたしさ、敦子ちゃんは誕生日を祝うって風習すら知らねぇんじゃねぇかなって勘違いしてたんだよな

17年も生きてりゃ普通は誕生日にお祝いをするモンだってコトくれぇ知ってるわぁなぁ

けどさ、あたしの中で勝手に「誕生日」は敦子ちゃんの前ではタブーだなって決め付けちまっててさ

キミが今年の分の缶コーヒーをくれたのを見た時に敦子ちゃんはあたしの机の上にあった空き缶が去年の分だって解ってさ

まるで自分がプレゼントを貰ったかの様な嬉しそうな顔してたんだよ

なんかさ、敦子ちゃんに遠慮してあの空き缶が去年キミから貰ったプレゼントだって云うのを黙ってたのが恥ずかしく思えてな、あたし小っちぇえなって感じでよ

この波を見ててさ、敦子ちゃんの懐もこの海みてぇにデカいんだろうなって思うんだよな

  

山口の懐の深さを海に例えるのは凄い納得!

ほら、山口がさ、山口の母親を赦してるって云ってたじゃん?有り得ないよね?

だって自分が産まれた時から自分のコトを消そうとして取っ替え引っ替え虐待する様な父親を招いて

あわよくば死ねば良いと願ってたんでしょ?

仮に山口が逆にあの母親を殺す様なコトがあっても、俺は山口に非は無いと思えるし母親に関しては因果応報だと思うんだよ

勿論人を殺せば司法で裁かれて罪に問われるけどね、聖書の言葉を借りるなら「わたしはあなたを罪に定めない」だよね

キリストもそう云ってたじゃん?

その後の罪って云うのはそう云うコトじゃないんだって話もさ、凡人の俺には理解出来ない領域だったな

  

けどさ、キリスト教でもキーワードになってる「赦し」って云うのは深けぇよな

色々と考えさせられるぜ

人は自分じゃ償い切れねぇコトを仕出かす心があるってぇのはその通りだと思うんだよ

で、償い切れねぇコトをされた時に報復をしてたらキリが無ぇってのも確かにそーだなって思ったしな

だから人類は性懲りも無く戦争を繰り返すんだとか、正にその通りだよ

確かにさ、解決策があるとすりゃ「赦す」以外無ぇよな

イエスさまはお十字架に貼り付けられて人類に赦すコトのお手本を見せてくれたワケじゃん?

そー云うデケぇ話で人類対救世主って話なら何んとなくイメージは出来るんだけどな、敦子ちゃんや母ちゃんみてぇにソレが個人的に自分の為だったって風には繋がらねぇんだよな

  

そそそ!

タケシもそう云ってるって云ってたよね?

俺もタケシや今の紗枝の意見に同意なんだよ

俺の中に罪の心があるって云われたら、まぁ確かにあるんだろうなとは思うよ

けどその罪の心って誰かに償わなければいけないのかって話だよね

キリストが人類の罪の為に身代わりになって死んでくれましたって云われればさ、確かにソコまでやれば教祖に成るだけの資格もあるんだろうし2000年くらい経ってるの?その2000年先の今現在にまでココまで普及する宗教になるって云うのも頷けるんだけどね

キリストが死んだのは俺の為でした!なんて云われても迷惑な話だよ

だって俺は俺の罪の心を赦してくれなんて誰にも頼んでもなければ俺の身代わりに死んでくれなんて思ったコトもないからね

恩着せがましい有難迷惑だよ

けどタケシみたいに「死んで償えるんだったら誰かに身代りになんてなって貰わなくて良いよ、自分で死ぬよ」って云うのも飛躍し過ぎてるとは思うけどね

  

ああ、そーなんだよな

理屈で云えばホントそうなんだけどな

たださ、そのウチ等には乗り越えられてねぇ壁みてぇなモンがあってな

母ちゃんや敦子ちゃんみてぇにソコに辿り着いて何んかを受け入れたヤツってさ、何んか解んねぇんだけどデカくて深けぇモンを掴んでるんだよな

一括りにクリスチャンって呼ばれてるヤツ等が全員そーか?って云えば、一概にそーとも云い切れねぇんだけどよ

掴んでるヤツはちゃんと何んかを掴んでるよな

  

紗枝はさ、この海や空を創ったのは神様だってトコまでは信じてるワケでしょ?

少なくともその分は紗枝の方が近いんだと思うんだよね

聖書にさ、キリストの台詞で子供の様に信じろって書いてあるじゃん?

それって紙一重だよね

要は妄信的に信じろってコトなんだと思うんだけどさ、それでキリスト教が嘘だったら、ホントに文字通り盲信だよね

けどもしもキリスト教が真理だったならさ、こうやって大人になればなるほど知恵とか知識が付いて常識が邪魔して辿り着き難くなるってコトだもんね

一か八かの賭けだなって思ったんだけどさ、俺はまだ「今その賭けに乗る必要ある?」って段階なんだと思うんだ

  

キミさぁ、結構聖書読んでんだな

その神の国は子供みてぇな人の為にあるんですって箇所な、あたしはあんまし好きじゃねぇんだよ

ほら、あたしガキの頃に1度さ、教会で洗礼を受けんのを勧められて逃げたって云うか断ったって云うかさ

あん時にチャンスがあったのに逃げたコトを咎められてる様な気がしてな

うっかりあん時に洗礼を受けときゃ良かったなとか後悔しちまいそうだしよ

出来るだけ遠避けたい言葉だな

あたしもさ、自分でも良い線まで来てんじゃねぇかなって思ってるんだけどよ

どう考えたって足りねぇパズルのピースみてぇのがあるんだよな

で、その足りねぇピースは教会にあるんだと思ってんだけどよ

ただでさえ人付き合いが苦手なあたしにとってあの社交場みてぇな教会って場所はハードルが高過ぎんだよな

  

聖書はさ、後半の新約聖書の方は読破して今2回目をちょっとづつ読んでるよ

前半の旧約聖書は難しいよね

色々と現代とは様子が違うし、カタカナばっかりの辺りは断念して取り敢えず跳ばしちゃったよ

けどさ、旧約聖書も要は色んな書物の寄せ集めじゃん?

オムニバスのドラマやスピンアウトの映画みたいにカオスで面白いなとは思うんだ

あとたまに山口のタトゥーのモチーフに成ってる箇所は気紛れに読み返してみたりしてるよ、ダニエル書の後半とかはちょくちょく読んでるんだ

まぁ、その紗枝の云う「何か」を掴む為にキリスト教に入信するのが必須だとするなら、俺はたぶんまだその全然手前の「世界は神が創った」って云うのを理解とかして信じるかどうかって段階で、スタート地点にも立ってないんだと思うんだ

てか、逆に云えばその創造論を受け入れられないからそれより先に進もうって気には成れてないんだと思う

けど、聖書は読んでて面白いし嫌いではないよ

  

そっか

けどさ、キミが聖書を読んでてくれてるオカゲでさ

あたしは母ちゃんや敦子ちゃんだけじゃなくてキミとも神様の話とかが出来るのは嬉しいし有難いぜ

つくづくキミには何んでも話せるんだなって思えるしな

キミとは去年もココで話をしたじゃんか?

キミぃ、この1年で凄げぇ成長って云うかさ、デカくなったよな

  

そんなコトは無いと思うよ

去年と然して変わらないよ

けどまぁ、事故ったり親父と喧嘩したり、山口の件とか香織さんの件とか色々とあったって云えば色々あった1年かもね

酒巻と知り合えたのは大きいかったかもね、あんな相方みたいな友達は今まで居なかったからさ

あとはさ、去年の今頃までよりも去年から今年までのこの1年間の方が俺と紗枝の距離が近くなったって云うのが大きいんじゃないかな

お互いのコトを色々と話したりして知れたからね

  

へぇー

ソコに菜々美ちゃんの名前は挙がって来ねぇんだ

今のあたしにとっては菜々美ちゃんの存在ってかなりデケぇんだけどな

あ、勘違いすんなよ

あたしは菜々美ちゃんのコトは大好きだし邪魔者だとかそんな風に思ったコトぁ1度も無ぇぜ

けどよ、キミは覚えてっかなぁ

もしもキミに彼女でも出来たらあたしのキミに対する気持ちみてぇのも分かるかもとかってあたし云ったんだけどな

  

全然覚えてるよ!

忘れるワケないじゃん

あ、そっか

別に今はまだ正式に「彼女」ってワケではないんだけどさ、菜々美の登場で何か分かったの?

嫉妬するかも知れないし応援するかも知れない、ひょっとしたら何んとも思わないかも知れないって云ってたよね

紗枝からその話を蒸し返すってコトは何んとも思ってないってワケじゃないってコトだよね

聞くよー、菜々美の登場で紗枝はどう感じたの?

  

云うかよ!バーカ

まぁ、応援はしてるぜ

応援って云うかさ、あたしも交ぜろよって感じなんだけどな

けどさ、去年は「第一候補」とか偉そうに上から高飛車な云い方しちまったなって云うのはちょっと後悔してるかもな

菜々美ちゃんが現れる前に気付けたら良かったかなとか考えたりもするけどよ

別に菜々美ちゃんが居ても居なくてもさ、丁度良い機会だからよ

ちょっとだけ訂正してお詫び申し上げましょうかね

去年はココでキミに「第一候補」って云ったけどよ

1年経過した今、キミは「第一候補」から「第一志望」に昇格だよ

ま、昇格したから何んか変わるって話でもねぇんだけどな

  

マジで?

俺はてっきり色々あったからさ

もうとっくに降格してるんじゃないかと思ってて紗枝に直接俺がまだ第一候補なのかって確認するのも怖くて訊けなかったのに

え?ホントに?

マジ嬉しいんすけどソレ

  

去年はキミにあたしのコトぉ好きだったみてぇなコト云われて、嬉しかったんだけどな

1年経って気付いてみたら、何んか色々と逆転してるよな

黙ってりゃキミは着いて来るモンだと思ってたけどよ、なんかあたしが追ってるみてぇになってるよな

で?

その肝心の菜々美ちゃんとはどうなのさ

まぁ、仲良く上手くやってるみてぇには見えるけどな

  

菜々美さぁ、タケシに感謝してるって云ってたよ

終始菜々美の気持ちにブレーキをかけてくれててってさ

タケシのアドバイスがなかったら、もっと俺に本気になっちゃって激しく傷付いてただろうって

最初からタケシが云ってた通り、俺には簡単に近付けても入り込む隙は無いみたいだってさ

「ダメージはゼロではないよ」とか笑いながら話してたんだけどね、ちょっと切なくなったよ

  

はい?

まるでキミと菜々美ちゃんはもう別れて終わっちまったみてぇな云い方だなぁ

え?何?タケシくんのアドバイスってコトは原因はあたしにあるって云うのかよ

いや、あたしマジで菜々美ちゃんに嫉妬してるみてぇなコト云ってねぇし、小姑みてぇなコトも云わねぇ様にしてたんだけどな

何?あたし?

  

あ、いや、紗枝が何したとか何云ったとかじゃないんだよ、紗枝の存在自体がね

菜々美が紗枝ん家にお泊まりに行った時にさ、紗枝の原チャリのカギが玄関に投げっ放しになってたんだって?

山口にこんなトコに投げとくから毎朝カギが無いって騒ぐんだとか云われて「ソコが定位置なんだよ!」って山口に云い返してたってね

菜々美はさ、俺の原チャリのカギに付けてるキーホルダーは何かのロゴマークだと思ってたんだって

で、その「S」を型どったキーホルダーに括り付けられてる碁石みたいなのは何んなんだろ?とは気になってたんだってさ

で、紗枝の原チャリのカギには俺のイニシャルの「H」じゃん?お揃いのキーホルダーでさ

でね、紗枝のキーホルダーには中学の校章が入った男子の制服のボタンが括り付けてあって

  

あー、ソレを見てキミのキーホルダーに付いてる碁石みてぇのはあたしの中学ん時の制服のボタンだってバレちまったんだ!

悪ぃ、そんなトコまで気が回んなかったわ

  

いや普通はそんなトコまで気は回らないよ、紗枝は何んにも悪くはないんだ

菜々美もさ、ちゃんと「つきあおう」って云ってないし中途半端にズルして近付いたのは自分の方だから悪いのは自分なんだって云ってたんだけどさ

幼馴染の紗枝とのお揃いのキーホルダーを外して欲しいとかも毛頭思ってはいないらいしんだけどね、自分とはキーホルダーみたいな何かペアのモノを揃えようなんて話には1度もなってないなって思ったら「ダメージはゼロではないよ」って云いながらも、ガチで俺にアタックしてたら砕け散ってるトコだったなってさ

それにさ、紗枝が菜々美に微塵も妬かないのが逆に戦意喪失するくらい絶望的に感じたって云ってたよ

俺のコトをまるで自分の兄弟か子供みたいに思ってて、家族くらいの固い絆があるみたいで「ウチのでいたんと仲良くしてくれてホントにありがと」的な余裕がね、タケシの云ってた通り俺と紗枝との間には入り込む余地が無いんだなと痛感させられたって云ってたよ

けど、逆に「彼女」じゃなくて良かったとも云ってた、その点ではタケシに感謝だなってさ

  

マジかよ

あたしはさ、普通に菜々美ちゃんのコトは大好きだぜ

キミと別れる様なコトになったら学校も違うし、もう菜々美ちゃんと会えなくなるとかは嫌だなぁ

あたしの為にもよぉ、菜々美ちゃん繋ぎ止めておけよな

  

ソレは大丈夫だよ

菜々美は俺とは関係無くまた紗枝に会いたくなったら紗枝ん家にお泊まりに行くかもって云ってたし

俺もいちいち俺の了承を得なくても紗枝と菜々美ももう直接友達なんだから好きな時に会いに行ったり泊まったりしたら良いじゃんって返事しておいたよ

てかね、まだ別れたり終わったりしたワケでは無いんだよ、まぁ付き合ってもないんだけどね

ただ、そんな話をしてたなって思い出したから

  

そっか、ありがとな!

今年もキミと海に来れて良かったぜ

来年も来ような!

そうだ!原チャまであたしのコトをおぶってってくれよ!

暑くてちょっと汗ぇかいてるけどよ、キミだって汗かいてるもんな

おんぶしちまえばどっちの汗か分かんねーし、良いだろ?

背中に乗るぜ

  

あー!ちょーっとっととと

マジで?もう帰るの?

てか、ちょっと待ってよ、この体制で背中にのし掛かって来られても立ち上がれないでしょ普通

今中腰に成るからちょっと待っ・・・!

軽っ!!!

何?紗枝もう背中に乗っかってるの?

軽く過ぎない?紗枝、体重何んキロくらいあるの?

  

レディに体重なんか訊くモンじゃねーよ!

あたしは胸が小いせぇ分普通の女の子より軽りぃんだよ、放っとけよ!

てかキミ、ホントに余裕であたしを持ち上げて普通に歩けるんだな!

ちょっと走ってみろよ

あたしを背負ったまんまダッシュも出来そうじゃん!

あ、もう着いちゃったわ

あれ、やっぱキミ、息上がってんな

ありがとな

今年はキミが前を走れよ

あたし帰りももうちょっとキミの背中を見てたい気分だからよ

てか大丈夫か?マジで息上がってんなぁ

呼吸が戻って調うまでココでしばらく休むか

  

はぁ、はぁ・・・

大丈夫だよ、はぁ・・・

全然、はぁ、息なんて、はぁ、上がってないしね!はぁ、はぁ・・・

んじゃ、はぁ、俺が先を走るね、はぁ、はぁ・・・

何んかあったら、はぁ、パッ、はぁ、はぁ

パッシングしてね、はぁ

んじゃ、行くよー、はぁ、はぁ・・・

  

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