和解・(第参拾弐弾)

おー、お疲れさーん

昨日で試験終わったんだろ?

試験明け早々ににココに来てくれるなんて嬉しいぜ

  

紗枝、ホント隠し事とか出来ないんだね

いつもと全然違うから分かるよ!

来てるんでしょ?

表にタケシと山口の原チャリがあったから分かってたけどね

  

なんだよ!気付いちゃってたのかよ!

キミがいつも通りにBLTドッグを注文していつもの席に行っておったまげる顔が見たかったのによ

お弁当のオアズケ解禁でご褒美に敦子ちゃんがタケシくんをココに呼んだんだってよ

  

なるほどね

昨日、試験終わったから今日はみんなで遊ぼうぜって盛り上がってたのに珍しくタケシが「大事な用事があるから」とか云っててさ

いつもならタケシがみんなを誘って俺が断るのがパターンなのに

  

キミはさぁ、初めてこの店に来た時、普通に入って来たよな?

敦子ちゃんが妹と初めて来た時も今日のタケシくんもさ、入口の外でしばらく中の様子を見たり二の足踏んでたんだけどよ、この店って入り辛れぇかなぁ?

  

あ、入り辛いかもね

チェーン店でもないし派手な看板とかもなくて開いてるのか閉まってるのか分かんない感じもあるかも

俺はそう云う隠れ家的な店が欲しかったからさ、逆に何の迷いもなく入って来れたけどね

  

最初さ、先にタケシくんが1人で入って来たんだけどな、緊張しながら「待ち合わせで後からもう1人来るんですけど」とか云っちゃってよ

ファミレスじゃねーんだから飲み物でも頼んで適当に座ってりゃいいじゃんって思って顔を見たらさ、タケシくんじゃん?

あたし笑っちゃってよぉ

タケシくんもそこであたしだって気付いて「あ、そう云うコト?」って察したみてぇでさ

で、キミがいつも座ってる席を教えたらソコがいいって云うから、その後敦子ちゃんも来て今敦子ちゃんと2人でソコに座ってるよ

  

ここからだとよく見えなくて様子が分かんないね

邪魔しちゃ悪いから今日はこのままカウンターでいいや

後でさ、何かオツマミ注文するからさ、紗枝それ持って「あちらのカウンターに座ってる紳士からです」って云って持って行ってよ

で、様子見てきて聞かせて

  

それ、面白れぇな

てかさ、キミがいつも座ってる席だって云ってソコが良いつってんだからさ、キミが来たらキミも同席しても良いんじゃねぇかなぁ?

あ、けど最初にタケシくん来た時「後からもう1人」って云ってたし、云ってみりゃ初デートみてぇなモンだからな、今日のキミはお呼びじゃねーかもな

あの席、丁度死角で他の客からも見え辛らくて、キミが来た時にキミとくっちゃべるのにはベストなポジションなんだけどよ

今日はソレが裏目に出たな

  

そう云えば今日土曜日なのにバイト入ってるんだね

タトゥーのデザインでちょっと山口と話そうかと思って紗枝ん家に行ったらさ、お袋さんが紗枝は今日はバイトに行ってるって云うし

山口もタケシと会いに出掛けたって云うから、今日は山口諦めて紗枝の顔でも見ようかなと思って来てみたんだけど、まさか3人共ココに揃ってるとは

今日はタケシも居るからタトゥーの話は出来そうにないけどね

  

そうでもないかもよ

キミがタケシくんに「話を聞いてやって欲しい」って打診してくれたって敦子ちゃんに云っちゃった

まぁ、焦るなとも云ったんだけどな

ずっと、なんか静かだし今色々と話してんのかもよ

飲み物はどうする?今日はミルクティか?コーヒーか?

今オーナーがBLTドッグ作ってるからよ

  

すげぇ、何それ

よく常連客が「いつもの」って注文するって云うのは聞いたことあるけど、注文する前から準備されるのって、俺どんだけ顔パス?

あ、アイスミルクティで

そう云えばさ、山口から何か聞いてる?

昨日学校に例の虎のタトゥーのチンピラが来ちゃってさぁ

ちょっとした騒ぎだったんだ

  

何それ?聞いてないよ

てかそのチンピラが今更キミに何の用事だよ、兄貴分のヤクザと店長との間で50万で話が着いたんじゃねーの?

学校にまで乗り込んで来るって何事だよ

はい、ミルクティ

  

あ、ども

昨日試験が終わったらさ、教頭先生が俺を呼びに来たんだ

午前中から校門の前に車乗り着けてヤクザみたいな風貌の人達がたむろしてたから帰ってもらうようにお願いしたんだって、帰らないなら警察を呼びますよって云って

そしたら問題は起こさないから俺に会わせろって要求してきたんだって云って、何か心当りはないかって訊かれたし

山口の例の事件に関連してまだ何かに巻き込まれてるんじゃないかって心配もしてくれてさ

心当りはないけど俺の名前を出して俺に会いに来てるんなら気になるし会ってみるって云って校門に行ったんだ

  

ほぉ、そしたら例の虎のチンピラだったワケだぁ、はいBLTドッグ

しかも相手は1人じゃなかったんだ

てか、キミもよく出て行ったなぁ、普通ならビビってシカトするだろソレ

で?なんだって?なんかまたセコいコト云って来たりして因縁付けられたの?

  

いや、その逆

いきなり「秀さん、先日は大変失礼をしました!」って、お辞儀されてさ

正直この前拓巳さんの店で絡まれた時より不気味で怖かったよ

状況が全く掴めなかったし校舎からは他の生徒とか先生が見てるしで、もうね、直立不動だったね

  

うん、そりゃビックリするわぁなぁ

わざわざキミに謝りに学校にまで来たってコト?

どう云う心境の変化だろ

で?続きがあんだろ?

  

あのヒト、組の中で上を目指してるんだって

上に伸し上がるのに刺青のひとつも背負ってないと箔が付かないじゃん?

かと云って安っぽいタトゥーなんか入れたら逆にナメられちゃうし

けど、暴力団の構成員とは云ってもまだ下っ端のチンピラじゃ名の有る一流の和彫りの彫り師は相手してくれないんだってさ

  

兄貴分のヤクザは店長に彫ってもらったって云ってたよなぁ

それで弟分のそのチンピラに店長を紹介したんだろ?

けど、あのボディー・アート屋は洋彫りのタトゥーだよなぁ?

まぁ、腕は確かなんだと思うけどよ、名の有る一流の和彫りの彫り師ではないよな

  

それがさ、兄貴分が彫ってもらった時は一世を風靡した「彫巳」って名前で有名な和彫りの彫り師だったらしいんだ

何があったか詳しくは分からないけど、彫り師の協会だか組合だかから破門されちゃって「彫巳」を名乗れなくなっちゃって、洋彫りの所謂タトゥーに転身したんだって

  

店長、幾つだぁ?まだ若けぇよなぁ?

和彫りの世界って、なんて云うか、長年やってるいぶし銀のベテランじゃねぇとそんな有名になったり出来ねぇんじゃねぇの?

しかも今はあのボディー・アート屋を経営してるワケだからさ、なんかソレだけでも店長すげぇな!

  

当時、拓巳さんのデザインに魅せられて彫ってもらったヤクザ達が次々と出世したんだってさ

彫り師の名前や値段に惑わされずに拓巳さんのデザインの真価を見抜ける様な人は上に上がるのも早かったってだけの話なのかも知れないんだけどね

そっちの世界ではジンクスみたいになって「彫巳」って名前は瞬く間に広まって九州や関西からもわざわざ拓巳さんに彫ってもらいに来るヤクザも少なくなかったって

  

あー、そー云う感じね

ヤクザ界でクチコミで名前が広まったって感じだぁ

しかも彫ってもらうと出世出来るみてぇな曰く付きでな

そー云う縁起担ぎみてぇの、ヤクザは好きそうだもんな、解るわぁ

  

破門された時に、拓巳さんに憧れて彫り師を目指してた人達が弟子入りしたくて拓巳さんに着いて来たんだけど、もう「彫巳」じゃないから弟子は取れないって云って、パートナーとして一緒に働いてくれって云ったらしいんだ

それが今のあの店のスタッフさん達だね

  

すんげぇ府に落ちたわぁ!

そうそう、店長とスタッフや彫り師達って師弟関係みてぇだもんな

なんか、普通の店長と従業員の関係って感じじゃねぇなってのは前から思ってたんだよ

てか、そのチンピラはそんな話を聞かせにわざわざ学校までキミに会いに来たのか?

  

あ、用件はさ、ホントにお詫びだったよ

拓巳さんの話はその後に話してくれたんだけどね

あのヒト、絵の価値とか値段とか全く判らないんだってさ、自分でもソレは自覚してるんだって

だから自分が背負う刺青も、デザインの良し悪しが判らないから値段だとか誰に彫ってもらったかって指標でしか価値を測れなかったんだってさ

  

じゃあさ、店長が云ったキミのデザインの価値が判かんねぇヤツにソレを背負う資格はねぇって台詞、図星だったんじゃねぇ?刺さったんじゃねぇかな

もしかしたら店長自身も和彫りやってた頃にクチコミ評判だけで彫ってもらいに来てたヤクザに同じコト云って断ったりしてたかもな

  

かもね

で、有名だった元「彫巳」の店で一番値段が高かったデザインを買って、あわよくば元「彫巳」に彫ってもらえるかもって目論んでたトコ、出て来たのが高校生のガキじゃん?

下っ端のチンピラだからって足元見られたとしか思えなかったんだって

ナメられちゃ困ると思って文句云ったら自分がデザインの価値を解ってないってトコまで見破られて、一番痛いトコを突かれたって云ってたよ

  

そーやって素直な話ぃ聞かされると、そのチンピラも気の毒に思えてくるな

けどよ、そーやってわざわざキミと話しに会いに来るってコトはさ、案外イイヤツなのかもな

  

店長に断られた後に他の店も幾つか見て廻ってきたらしいんだけどね、俺の虎のデザインの値段が30万で高いのか安いのかは相変わらず判らないけど、あの虎以上のデザインには巡り会えなかったんだって

他所のデザインを見れば見る程、俺のデザインの虎を背負いたくなったって云ってくれてさ

店長に断られちゃった手前「やっぱりお願いします」なんて云いに戻って来れなくて、それで店長を紹介してくれた兄貴分に泣き付いたんだってさ

  

だから云ってんじゃん!

キミのデザインは絵の判かんねぇヤツでさえ惹かれる魅力があんだよ!

もちろん店長みてぇに絵の価値の解る玄人にだって通用するだけの技術やセンスもあるしよ

店長が付けた100万って値段、お断り価格でも吹っ掛けでもなく純粋に適正価格なんだと思うぜ!

  

そのヒトにも云ったんだけどね、価値や値段を判断するのは受け手側なんだと思うんだ

俺は幾らで売る為にとか考えずにただ一所懸命に絵を描いてるだけだからさ

値段を付けてくれる店長や買ってくれるクライアントさんが評価してくれる値段が適正価格だと思うんだ

そりゃ高ければ金額って意味だけじゃなく評価って意味でも嬉しいんだけどね

  

そー云うキミの謙虚な気持ちまでキミのデザインからは滲み出てる気がするぜ

それがまたキミのデザインの価値を更に高めてるんだとも思うしよ

  

拓巳さんが兄貴分の顔を立てて1度断ったデザインを値下げまでしてくれて、しかも自ら彫るって云ってくれてるんだから、彫ってもらう前にちゃんと筋を通してデザインをした俺と和解しておくくらいの誠意を見せろって兄貴分にも云われたらしいけど、今は拓巳さんや兄貴分の話を聞いて俺のコトを凄いヤツなんだなと思ってて、云われたから来たんじゃなくて自分の意志で俺と和解したいと思って謝りに来たんだって

で、話をしてみたらやっぱり何か凄い物を持ってるのを感じたって云ってくれてさ

何かの役に立つかも知れないから持っとけって、名刺くれた

  

やべぇ、ヤクザの名刺持ってんの?

怖えぇ、それってキミのバックにはヤクザが付いてますよって意味だろ?

これからは敬語を使わせていただきます、秀さん

  

やめろよ、からかうなって

そんなんじゃないから

あ、そうだ、ポテトと唐揚げの盛合せみたいのあったでしょ?

ポテトにチーズが乗っかってる方のヤツね

それ、タケシと山口の席に持って行って様子見てきてよ

  

あぁ、そーだな

ずっと静かだし、話に行き詰まってたりしてたらキミのコトも呼びにくるわ

キミが来てんの気付いてるか分かんねぇけどさ、居たんなら来いよって思ってるかも知んねーしな

  

あ、けど2人で良い感じの雰囲気だったら紗枝も邪魔しないでさっさと戻って来なよ

  

おーけぇ、分かってるって

んじゃ、ちとポテト作って持って行ってくるわ

  

ん、よろしくー

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