初彫・(第拾弾)

お疲れさま

ごめん、痛かったんでしょ?


そりゃよ、店長はプロだからさ

上手くて当り前だよ

キミは初めてだったんだし、そんなツモリで来てなかったのに突然だったからな

多少痛くてもよ、キミに彫ってもらえたのは嬉しいよ

てか、今日は来てくれてありがとな


拓巳さん、凄い人だよね

今日は来て拓巳さんと話が出来てホントに良かったと思ってる

まさか人生観変わっちゃうような話になるとは思ってもみなかったから


あたしはさ、ただの客だからよ

キミを連れて来てなかったら店長のあんな話は聞けなかったんだろうけどさ

あーゆー大人は初めてだったな

学校の先生や下手したらある意味じゃ親以上にキミの人生を考えてくれてたな


そうだな、拓巳さんと会ってなかったら

拓巳さんが云うように何も考えずにみんなが受験するから受験して

テキトーに大学で遊んでみんなが就活するから就職して

周囲りが残業して出世競争するから同じ事をして、老いぼれて

退職金って云う手切れ金貰って年金暮らししながら

「俺の人生なんだったんだろう」とか思いつつ昔取った杵柄にすがったりしながら

退職金で買った身の丈に合わない外車かなんかをさ

もう満足に運転も出来ない視力で眺めてたかもね


店長の話し方もよ、全然押し付けがましくねートコが逆に説得力あったよな

バリバリやりてぇ仕事を見つけてその為に大学で勉強するのも道だし

やりてぇコトの為の収入源と割り切って一所懸命働くのも道だけど

早くからやりてぇコト見つけてその世界に飛び込むのも道だってな

で、タトゥーの世界じゃ二十歳前から既に彫り始めてるってヤツに比べたら

大卒なんて肩書きはクソの役にも立たねぇって、すげぇ納得したわぁ


直ぐに決めなくてもいい、後で変えてもいい、けど準備は沢山しておいた方がいい・・・だっけ?

もしも俺がタトゥーの道を選んだとして誰かにキッカケを訊かれて

世話になった彫り師のオヤジがいてさって話す時の

その「世話になったオヤジ」になりたいだけだとか

俺の決断を全然急かしたりしない余裕も大人な格好良さだったなぁ

逆になんか、燃えるよね


普通なら彫り師はみんな、練習台になってくれるような人なんて滅多にいないから自分の身体で練習するんだって話になった時によ

あたし、キター!って思ったんだよ

もうその時点で喜んでたな


マジで?

俺はタトゥーマシーンのハンドピース・ガンを手渡される瞬間まで

まさか俺が紗枝の背中に彫るコトになるなんて思いもしなかったよ!

練習って自分の身体でするのか、俺は自分の身体にタトゥー入れるツモリはないからなって

ガンの持ち方やコツを説明されてる時は他人事だったんだ

使い方は確かに簡単だったけど、馴れは必要だな

今日は輪郭線だけだったけど、時間かかり過ぎだし・・・疲れたし


そーだよ!キミの方こそお疲れさん

あたし、キミにお礼がしてぇなって云ってたじゃんか?

でもキミに返せるようなモンなんにも持ってなくってよ

キミがガンの練習をする練習台になれるならちょっとはお礼になるかなと思ったんだ

だから痛いのも我慢出来たし、てか痛みの分だけ返せてるって思ったらちょっと嬉しいくらいだったぜ

あ、あたしの背中、どーだったよ?

キミが夜な夜な妄想してたあたしの背中より貧相でガッカリしたか?


あ、それな

最初にベッドに俯せになって服をはだけた時に「あ、そうか、ブラジャー外してるんだ」って思った

女体を目の当たりにするのも初めてだったから純粋に「綺麗だな」と思ったよ

紗枝の背中を見た瞬間、紗枝は女なんだなって思った・・・までは覚えてる

その後はさ、拓巳さんの話も濃ゆ過ぎだったし、ガン握って実習みたいになってからなんて緊張しちゃって呑気に背中なんて見てる余裕なかったよ

彫るのに集中してたしね


そう!図書室であたしが見たキミの集中して絵ぇ描いてる姿な

あんな顔して描いてくれたであろうタトゥーのデザインを図らずもキミ本人に彫ってもらえて

もしも将来キミが彫り師かデザイナーになったとしたら

キミの処女作をあたしが背負えるんだって思ってよ、お礼が出来るだけじゃなく一石二鳥も三鳥にもなるなって思った

まだあと何度かあるからな、完成する頃にはあたしの背中を眺める余裕が出来るといいな、頑張れよ!


けどさ、お金貰っちゃったのはちょっとマズかった気がするんだ

なんて云うか、退き返せなくなっちゃいそうでさ

今日の時給だって云われた時は講習料払わなきゃなのにって断れたけど

デザイン料は受け取っちゃったからな


あれはさ、店長の云ってるコトが正しいと思ったぜ

キミみてぇな才能あるヤツが知り合いにタダでデザイン配っちまったら

それで喰ってる人達が困るって、筋はあってると思うしよ

大手企業が価格競争で自滅して行く例えとか、すげぇ分かりやすかったし

特にデザインとかアートは値段が難しいからってな

キミはお金を受け取らないで絵を描いてはダメだって云ってた店長の言葉に他意はないと思うぜ

あたしもよ、値が付けられねぇって云っただけでお金貰っちゃダメだとは思ってねぇし


ならいいんだけどね

ところで紗枝はこの後どうするの?

なんか予定とか入れてる?


あー、店に顔出して、ついでにシフトの確認しよーかなと思ってたけど

時間が中途半端だな

真っ直ぐ帰るかも、まだ決めてねぇや


実はさ、今から山口と駅前のファミレスで会うコトになってるんだけど紗枝も来ない?

山口は妹も一緒だって云ってたから俺も紗枝を連れてっちゃっていいかなと思ってさ

その方が話も速そうだし、もしかしたら妹も同席って云うのは紗枝を連れて来いって意味なのかなとも思ったから


ほぉ、今から気不味い会話の続きに挑むんだ

山口ちゃんにはキミ独りで行くって返事してんだろ?

妹も同席って云われた時に、あたしのコトも「連れてく」って返事が聞きたかったんじゃねーかな?

たぶん今更あたしが現れたら山口ちゃんも予定が狂うんじゃねーの?

キミ独りを相手に話すツモリで応戦準備してると思うからよ、今日はまだやめとくわ

報告、待ってるぜ


そか、じゃあ何か打ち合わせしといた方がいいコトとかある?

なんか、条件みたいのがあれば聞いておくけど

例えば、ビアンなのは構わないけど初デートでキスは迫って来ないで欲しいとか?

・・・冗談だけど


思い付かねぇなぁ

別にあたしを口説き落としてそんな雰囲気に出来たならファースト・キスくれぇくれてやってもいいし


いいのかよ!

てか、最初に会う時は俺とか山口の妹とか

一緒に居た方がいいのか、山口と二人きりで話した方がいいのかとか

外で会うとか店に入るとかどっちかの家にお邪魔する感じとか、なんか要望とかあれば一応伝えておくけど、どんな感じ?


ガキじゃねーんだからよ、そんなの自分等で話し合って決めるよ!

って云いたいトコだけどよ、あたしにとっては初の友達だから分かんねぇや

キミに任せるよ、キミが居た方がいいと判断したら着いて来て欲しいし

二人きりの方がいいと思ったらそーしてくれよ


まったく世話の妬ける「友情」だな

了解、任されたよ

山口の出方もあるからね、まずは話を聞いてからだね

俺の方も山口との待ち合わせまで中途半端に時間余ってるから一回帰ってシャワーでも浴びようかな


それはあれだぁ

山口ちゃんと会って話をした後の、有事の際に備えて石鹸の匂いプンプンさせようって作戦だな?

分かるよ、童貞くん


そんなんじゃねーよ!

今日は予期せぬ展開が多くて変な汗かいたからリフレッシュしようと思っただけだよ!

それに、童貞とか決め付けるなよな


だって、さっき女体を目の当たりにするの初めてだったって自分で云ってたじゃねーか

ま、キミが童貞でも違くってもどっちでもいいんだけどよ、何故か、なんか安心したわ


そー云う自分だって・・・

さっき紗枝の口から「ファースト・キス」って聞いた時はさ・・・

まぁいいんだけどね


そんなの当り前ぇだろ!

だいたい友達の一人も居ねぇんだからよ

キスなんかする相手なんて居るワケねーだろ!

なんの話してんだよウチ等

帰るぞ!もう帰ろーぜ、時間持て余しちゃってるけどよ


そうだ!

紗枝の背中にタトゥー彫り始める時に、ふと思ったんだけど

紗枝、お袋さんにはちゃんと事前報告したの?


あー、したした

大丈夫だよ、ちゃんと親の承諾書も店長に渡してあるし

キミが未成年者にタトゥーを施したからって条令違反とかで捕まるコトはないよ


そー云う心配をしてるんじゃなくてね

お袋さんに反対とかされなかったのかなぁって思ってさ

紗枝のお袋さんを悲しませるようなコトはしたくないなと思ったから


そうだ!母ちゃんも感心してたぜ

あのでいたんがこの絵を描いたの?ってビックリしてたわ

すごく格好いいじゃないって云ってくれてたぜ


あ、デザインを俺が描いたって話までしてるんだ

俺、恨まれないかなぁ?

けど、そんな感じで話出来てるんならいいや

余計な心配だったね


けどさ、母親ってぇのは鋭いよな

タトゥーは反対しないし図柄も褒めてはくれたんだけど

この十字架は、もう二度と教会には行かないって云う誓いとかではないわよね?って確認されたわ

まぁ、頑なに二度と行かないって決めた誓いとかじゃなかったけどよ

あながち的外れな質問でもなかったから一瞬焦ったわ


おお、それは焦るね

完全に見透かされてる感じだもんね

やっぱ紗枝のお袋さん、凄いわぁ


いつでも遊びに来なさいって云ってたぜ

キミのコトをたまに見掛けたりはしてるみてぇだけどさ

話とかはずっとしてないからって

けどまぁ、掴まると長ぇからな


ウチのお袋も同じコト云ってたよ

俺が家に居ない時でもお茶くらい出すから寄っていきなさいってさ

お袋、ホントは娘が欲しかったみたいでさ

そんな願いを抱いて産んだから女々しい仔になっちゃったとか

俺本人に云うんだよ、デリカシーないよね


そか

んじゃ、とりあえずはまた来週ココでタトゥーの続きだな

その前になんかあったら連絡しろよ

山口ちゃんの話も報告待ってるからな


うん、分かった

んじゃ、またね


おぅ、じゃまたな

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