雨宿り

玄野 黒桜

雨宿り

「もう最悪っ!」


 風守かざもり 悠歌はるかは整った眉を八の字に曲げて、学校から20分ほど歩いた所にある小さなバス停へと駆け込んだ。


 日直だったため日誌を提出しに職員室へ寄ったところ、担任に捕まり授業で使った資料を準備室へ運ぶ手伝いをさせられた。


 そのおかげでいつもより少し学校を出るのが遅れたのだが、急に天気が崩れ、あっという間に激しく雨が降り出した。


 バス停まで急いだが、運悪くもうすぐバス停が見えるというところで、無常にもバスが横を通り過ぎ、バス停が無人であることを確認すると一瞬停車しただけで走り去ってしまったのだった。


「ホント最悪…」


 漸くバス停に駆け込んだ悠歌は、小声で悪態をつきながら小さなベンチに鞄を置くと、ファスナーを開けて中を確認する。幸い中はそれほど濡れていない様だ。


 肩口で切り揃えた髪から雫が滴り、乾いている木製のベンチに染みを作る。顔にも張り付いてくるため、それらを後ろで束ねると軽く水気を切った。


 鞄からタオルを取り出し先程水気を切った髪から、今度は丁寧に水気を取っていく。髪を拭き終わらると次にこちらもぐっしょりと濡れた服を拭き始め様とした。最近衣替えした夏服が肌に張り付いて気持ち悪い。


「うへぇ…下着までぐっしょりだぁ…」


 先程までの苛立った様子とは打って変わって、今にも泣き出しそうな声が情けない声が出た。


「あれ?風守か?」


 半分泣きそうになりながらタオルで体を吹いていると、後ろから突然声を掛けられて悠歌はびくっと体を跳ねさせた。


「ふぇっ!?ってなんだ、結城くんか。驚かさないでよ!」


 振り返るとそこには同じクラスの結城 翔吾が傘を畳んでいるところだった。


「悪い、悪い。いつもはこの時間にここに人がいること少ないから」


 翔吾はそう言って苦笑を浮かべながら悠歌とは反対側の壁に傘を立て掛けた。


「それよりお前びしょ濡れじゃん。大丈夫か?」


「もう最悪だよ!いきなり降り出すんだもんっ!」


 悠歌は思い出したように眉を釣り上げて言った。


「まあ夕立だろうからすぐに止むとは思うけど、早く拭かないと風邪ひくぞ」


 翔吾は空を見上げてそんな風に言った。


「そうだといいけど…。はあ…ホント最悪…」


 そう言って悠歌は再びタオルで体を拭き始めた。


 会話も無くなり、雨の音とカエルの鳴き声が聞こえるだけ。


「くしゅんっ!」


 隣でくしゃみが聞こえて翔吾がそちらを見ると、悠歌が少し寒そうに体を摩っていた。


「風守、大丈………」


「えっ?」


 翔吾の言葉が聞き取れなくて悠歌がそちらを見ると、彼は悠歌を見たまま固まっていた。


「???」


 首を傾げながら彼の視線を追って下を見た。すると濡れた制服が張り付いて胸元が透けてしまっていた。


「キャッ!」


 慌てて置いてあった鞄を引き寄せて胸元を隠す。


「わ、悪ぃ!」


 翔吾も少し顔を赤くしながら視線を逸らした。


「…………」


「…………」


 気まずい沈黙が続く。


 よく考えれば下着が透けないようにインナーを着てるため、それが見えていただけなのだが、反射的に反応してしまった。そのことのほうが何だか自意識過剰の様な気がして恥ずかしく、悠歌は頬が熱くなるのを感じながら顔を上げることが出来なかった。


「ほら」


「へっ?」


 いきなり目の前に何かを差し出されて悠歌が顔を上げると、翔吾が少し頬を赤らめながらそっぽを向きながら手に持ったものを差し出していた。


「えっと…」


「寒いんだろ?これちゃんと洗濯してあるやつだから…」


 悠歌がよく分からずに戸惑っていると、翔吾はそう言って差し出したものを悠歌の膝の上に置いた。悠歌がそれを手に取って広げてみると、ジャージの上着だった。


「えっ!いいよ!濡れちゃうし!」


「別に気にしないから着とけよ」


 返そうとする悠歌に翔吾はぶっきらぼうに言う。頬の赤みが少し増したような気がした。


「………ありがとう」


 悠歌も何だか気恥ずかしくなって小声でそう返すと、抱えていた鞄を置いて渡されたジャージを羽織った。


「その…ちゃんと洗って返すから…」


「ああ。」


 悠歌がそう言うと、やはり翔吾はそっぽを向いたまま返事をした。



 会話の無いまま暫くすると雨が上がって晴れ間が見えてきた。


「ホントに止んだ!」


「だから言っただろう、夕立だって」


 ちょうどその時、悠歌が向かう方行きのバスがこちらに来るのが見えた。


「あっ、バス来た」


「本当だな。早く帰って風呂入れよ」


「ありがとう。結城くんって思ったよりも優しいんだね」


「そ、そんなことねぇよ!ほら、もうバス止まるから早く行けよ!」


 悠歌の言葉に翔吾が何やら慌てて言う。なんだかその様子がおかしくて悠歌はくすくす笑うと、


「今日はありがとう。今度何かお礼するね!」


 そう笑い掛けてバスに乗った。いつもの窓際の席に座るとドアが締まりバスが走り出す。チラリとバス停を見ると翔吾と目があった気がした。



 走るバスの中で悠歌は先程の翔吾とのやり取りを思い出す。なんだか少し恥ずかしいような、楽しかったような不思議な感じがした。


「お返し、何がいいかなぁ?」


 翔吾がどんな反応をするか少し楽しみに思いながら、悠歌はお返しをあれこれと考えていた。

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