鴉鳳廼御魂編

鴉鳳廼御魂誕生譚

時は江戸時代。

ここはのちに東京と呼ばれる場所となる江戸の城下町。その一角に煙管きせるを作る職人と刀を作る鍛治師の兄弟がいた。


「兄貴!今度さ、喧嘩煙管作ろうと思うんだ!!」

「そうか!それはいい!!して、その大きさは?」

「真ん中に蝶と彼岸花の彫物入れてぇから…九寸九分(約30cm)にしようかと!」

「それじゃおめぇ、でかくねぇかい?」

「こんぐらいの大きさ、滅多に見た事ねぇだろ??だから作るのさ!それに鉈豆なたまめ煙管を喧嘩煙管にすりゃあ中心は平べったくて彫物も入るし、軽くできると思ってな?」

「そりゃあいい!!なんならさ、仕込み刀にしてみねぇか?」

「え!?こんな細っこい喧嘩煙管に??そりゃまた随分と小せぇ刀だなぁ…作れんのかい?」

「あっしを誰だと思ってる?ここいらじゃ一番腕の立つ鍛治師だぞ?」

「はははっ!!そうだったそうだった!!兄貴はきっと日本一の鍛治師さね!!」


2人の話は盛り上がり、弟の作る喧嘩煙管は仕込み刀になるかも知れない、という事で落ち着いた。刃の方もすぐに作り始めるが、その出来を見てから入れるかどうか決める事となった。もし入っても使い勝手が悪い場合は小刀として別にするという。


鉈豆煙管を作る弟は、仕込み刀になるかも知れない、という事で長さは約一尺五分六厘(32cm)、幅は彫物を入れる事と持ちやすさを考えて約一寸一分六厘(3.5cm)で設計する事にした。

入る予定の刃の方は刃長約四寸九分五厘(15cm)、元幅約六分九厘(2.1cm)となった。


2人の初の試みはすぐに町中に広がり、その完成を見ようと日々人々が集まるようになっていた。


「やっぱ真ん中黒が良くないか!?」

「いいね!強度も考えて、銀も使っちゃあどうだい?」

「それいただきっ!!」


それぞれ刀や煙管を手作業で楽しみながら作る2人の光景は、見に来た人々のみならず成仏できずに彷徨っていた子供の魂とその案内役である烏揚羽蝶の霊を呼び寄せてしまっていた……


そんな事とは露知らず、兄弟は仕込み刀予定の喧嘩煙管を着実に完成させていた。


「兄貴ぃ!!喧嘩煙管ができたぞ!!羅宇らう(真ん中の彫物がある部分)を黒壇(真黒)で作って、吸口と火皿は銀にしてみたっ!!」

「おぉ…どれどれ…こりゃあかっこいい!立派なもんだ!!あっしの方もそろそろ仕上がるぜ!」


先ず初めにできたのは喧嘩煙管。銀が光る、綺麗で落ち着きのあるデザインだった。


『たのしそう』

『おもしろそう』

『ぼくもいきたい』

『わたしも』

《……》


子供の魂達は口々に喧嘩煙管を見て〝取り憑きたい〟と言った。

お目付役でもある、魂案内人の烏揚羽蝶の霊はどうしたものかと考え込んでいた……


その数日後。刃の方が完成。早速喧嘩煙管に装着出来るか試し、ぴたりと嵌まったのを確認。次いで使い心地や重さ、刀が入っているかどうかが分からないようになっているか?などを確かめた。


「うん!使い心地は悪くねぇ!!」

「ちいっと煙管にしちゃ重たいが…喧嘩煙管だって言っておきゃあ問題ねぇな!」

「やっぱり刀ぁ仕込んどいて良かったろ?」

「ああ!!格好良さが増したな!」


ひと月程の歳月をかけて完成した、仕込み刀の喧嘩煙管。近場に妖魔が出ていると聞いていたので、被害に遭う前に完成してよかった、と安堵した。作っている最中に避難勧告が出ては完成できなかっただろうから…と。


「これで刀神様でも宿りゃあ言うことねぇな!」

「兄貴、そりゃ無だって!悪いもんが憑いたらどうすんだい?」

「大丈夫だろ?こんなにあっし達が楽しんで作ってんだ、悪りぃもんなんざ憑きゃしねぇよ!!」

「そうだなっ!!ガハハ!!おりゃあ何心配してんだろうなっ!」


豪快に笑う2人。子供の魂達と烏揚羽蝶の魂は、それを見て頷きあった。


完成した翌日。町民へのお披露目の日。


「さあさあ!!皆集まったな?」

「これからあっし達の新作お披露目だよ!!」


兄弟の間に置かれた小さな机の上には、何やら布がかかっていた。

町民達は今か今かとその瞬間を固唾を呑んで見守った。


「それじゃ!」

「開けるぞ…!」


三、二、一!!!


バッと取られた布。その下にあるのは銀に光る、喧嘩煙管の仕込み刀……とその机の隣に現れた、1人の少年だった。


「ありゃ?」

「坊主、いつからいたんだ??」

『……』


自身の手を見つめて何も言わない童。

その場の誰もが〝誰??〟という顔をしていた。


「えっと…と、とりあえずこの坊主の事は置いといて、だな?」

「そ、そうだな!!これが、あっし達が作った喧嘩煙管型の仕込み刀だ!!」


兄弟は気を取り直して、喧嘩煙管型の仕込み刀を持ち上げた。

周りからは歓声と拍手が巻き起こった。


『……あ』


童はそれをぼおっと見て、一言だけ声を発した。


「なんだ?坊主、これが見たいのか?」


無言で頷く童。


「気ぃつけろよ?」

『……』


こくんと頷く童は、よく見ると髪は黒ではなく紺のような青みがかった色。目は真っ赤で少し釣り上がっている。


(なんなんだ?この坊主…)


不思議と恐ろしい感じはない。皆にも見えているから、幽霊という訳でも妖魔という訳でもないだろう…となるともしや。


「なぁ、坊主。名前は?」


仕込み刀を抜いて、鋒を見つめていた童は暫しの沈黙の後


『僕、我……魂。子供と烏揚羽の…この刀、綺麗だと思って。見てたらいつの間にか…子供だった』


名乗りはせず、そう答えた。兄弟は見つめ合い、


「そりゃあお前さん…」

「〝刀神〟ってやつじゃあないのかい?」

『とう、しん…??僕神様なの?』


これはすごい事だと町の住人達はざわざわとし始め、兄弟も喜びを露わにした。


「すげぇや!!子供の魂とそれを先導してた蝶が、あっしらの刀に宿るたぁこりゃめでてぇ!!」

「兄貴!!それよりもこの子の名前、どうしやす??」

「おっとそうだった!!…坊主、名前は無いのか?」

『…ない。個体それぞれにはあったが、今のこの状態での名はまだ無い。だから、お主らが決めて良い』


急に童とは違う喋り方。これは人格というか神格?が子供と蝶とで2つ存在しているようだ…


「そうきやしたか…どうする?兄貴」

「そうさなぁ…烏揚羽と子供の魂……そうだ!!こういうのはどうですかい?」


兄の方が名を思いついたようで、和紙と筆を持って来て


鴉鳳廼御魂からすあげはのみたま


と書き記した。


『鴉鳳廼御魂…うむ。良いと思う』

「んじゃ決まりだなっ!」

「皆の衆!!この方はあっしらの作った刀に宿られた、鴉鳳廼御魂…刀神様だっ!!」


烏揚羽と子供の魂。2つを繋げた単純な名前ではあったが子供には分かりやすいし、何より字面が気に入ったので即採用となった。


『僕達が鴉鳳廼御魂…いや、もう我らは1つだ。これからはお前達が出ている時は〝僕〟、我が出ている時は〝我〟と呼称を変えようぞ。分かったか?うん!』


2種類の人格が1人の身体で喋っている為、1人で問いかけて答えるという不思議な図になった。だがそこは神となった魂、全く気にする事なく堂々としていた。


『人の子よ!我は鴉鳳廼御魂っ!!妖魔から其方そなたらを守ってしんぜよう!!』


わぁぁああ!!!


人々はその宣言に歓喜し、盛り上がった。


その後鴉鳳廼御魂はしばらく兄弟の家に滞在した後、天照によって回収される事となった。

それから今までの間、数人の刀遣いと共に生まれた土地周辺の妖魔を倒してきたのだった……

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刀神〜物語のかけら達〜 夜季星 鬽影 @Micage

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