帆船群れゐぬ、靄の中

ある春の、桜が満開に咲き誇っていたその日。

刃佩流はばきりゅう(表向きは無所属)の刀遣いである黝之くろの 綾馗りょうきとそのバディである刀神のチカ、それに綾馗の恋人で鯉朽隊こいくちたい所属の六出むつで ぎんとそのバディであるシズクの4人は、再び黝之家の跡地へとやって来ていた。


「…墓参りなんかより、こっちに来た方がいいと思って」


抱えていた花束をそっとその中心地へと置き、語りかける。


「前回みんなで来たから、今回も同じ面子だよ…アンは、暁闇ぎょうあんはいないけどさ」


あれからずっと転生したであろう暁闇を探し回ったのだが…結局見つかっていなかった。


長い間綾馗と暁闇は魂の繋がりがあった為気配がまだこの世にあって生きている、という事だけは分かっていた。だから、それがわかっただけで十分かな?と少し諦めてもいたのだった。


「黝之家の所為で苦しめてしまった魂達も、安らかに…」


しゃがみこんで手を合わせて冥福を祈る。

左目の怪我も、左足の骨折も既に良くなっていた。


綾馗が銀へ願ったのは、この墓参りとも言える行動を皆でしたかったからだ。報告したい事もここで言えば伝わる様な気がして……


『誰が、居ないって?』

「え!?」


そこに突然響いた、聞き覚えのある声。

皆一斉に振り返り、姿を探すが誰も居ない…??


『どこ見てんだよ?下だ、下』

「下?あ…」


そこには1匹の真っ黒い毛並みをした、青と金の目を持つ細長い小動物が。


「…え?何この可愛いの…アンなの??」

『これか?これ、オコジョって言うんだよ。管狐の正体とされる小動物で、ふさっふさのもっふもふだぞ?』


ドヤ顔で自身を指して言うアン。


「オコジョっていうんだ…」

「黝之?もしかしてこれがアン、なのか?」

『あ゛ぁん?なんだよ、って!!悪かったなっ!!』


その姿で啖呵切っても怖くもなんともないが…


「ええ、そうです。これが暁闇…アンです」


銀にそう答え、ふと考える…暁闇が帰って来たって事で良いんだよな??と。

するとオコジョとなった暁闇がふんっ!と鼻を鳴らした。


『はんっ!帰って来ちゃ悪いのかよ?』

「!?心読むな!…わ、悪くなんてねぇよ…ただ、少し驚いただけで…自由になりたいって言ってたから、まさか来ると思わなかった」

『そりゃ言ったけどよ?…別にいいだろ?俺の勝手だ。お前、危なっかしいから俺がいねぇと困んだろ?』


一緒にいたかった、なんて口が裂けても言わねぇし言えねぇ…それにこいつの前では特になっ!!


「ん、まぁ…」

『おぁ!?おいおい、なんで抱き上げてんだ??』


よく見るとお腹と足先が白い…余計に可愛いな、こいつ。


「下だと危ないだろ?燃えかすと見分けつかねぇし」


ひょいと持ち上げたオコジョ—暁闇を肩へと乗せて、


「墓参り…でいいのかな?終わったし、帰りましょうか?」

「黝之がそれでいいなら」


こうして4人と1匹はそれぞれの始まりの場所を後にする。


帰りの電車では、上手くマフラーに擬態して車掌の目を誤魔化した暁闇と共に席に着いた


「人になれば乗れるだろ、普通に…」

『これでいいの!いちいち変化すんの面倒なんだよ』

「これが、アンねぇ…」

『疑問の目を向けながら気持ちよさそうに撫でるのやめてくんない?対応に困るわっ!』


肩から膝の上に移動したアンは、しきりに撫でる銀をジトッと睨みつつも気持ちいいのかされるがままだった。


『ここ、俺の特等席だから絶対にお前に渡さない』

「は?急に何言ってんの??…ってあれ?銀さん…??」


珍しくその言葉にムッとした顔をする銀を見て驚く綾馗に、アンは意地悪そうな表情で2人を見るのだった……







語られなかった和綴本の最後の1行は……


〝てんみえぬ、んそやえひ。けよちかち〟


と書かれていた。





黝之綾馗 過去話 —完—







—*—*—*—*—*—*—*—



〝帆船群れゐぬ 靄の中〟

(ほふねむれゐぬ もやのうち)


靄の中、帆船が沖に集まっている



鳥啼く歌とは?


明治36年(1903年)2月11日、新聞万朝報に「国音の歌を募る」という記事が掲載された。これはいろは歌に使われている仮名に「ん」を加えた48文字で、いろは歌と同じように同じ仮名を二度使わず、文脈のある文を新たに募集したもので、その出来栄えによって一等から二十等までを決め、それぞれ懸賞金を出すとした。その後一万もの作が万朝報に寄せられ、選考の結果、応募作を同年7月15日の紙面で発表している。一等の作は、埼玉県児玉郡青柳村在住の坂本百次郎の歌である〝鳥啼く歌〟

——Wikipediaより



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