空色映えて、沖つ辺に
銀が和綴の小本を視ていたその頃。
綾馗は父だったモノを抱きしめて、温もりはないがその懐かしさを感じていた…
「ずっと…ずっとこうしてみたかった」
「……」
幼い頃にできていれば、何か変わったのだろうか…??
「父さん。ほんとにごめん。もっと早くに思い出してればよかった…」
『そろそろ離れねぇとおんなじもんになっちまうぞ?俺はそんなのゴメンだからな?』
「分かってる…これだけちゃんと言ったら、離れるから」
綾馗はそう言うと一度深呼吸。そして、
「父さん。もう終わったから…ヤツはもういない。父さんが柱である必要はもう無いんだ…だから」
〝安らかに眠ってほしい〟
「綾馗…お前は本当に…」
「父さん!?」
一瞬だけ戻った父の魂と声。綾馗が驚いていると、
「一緒に逝かないか?」
「は?」
「向こうで母さんと俺と3人でやり直そう」
甘い誘惑。これがもう本当は父ではなく、あのモノ達の意思ならば応えれば呑み込まれる。でも、本当に父だったら?
『騙されんな、綾馗。こいつ多分…』
「分かってるよ、アン。でも…もし本当なら…」
逝きたい、と一瞬思ってしまった。やり直せるなら、幼いあの時の自分に幸せを与えたい、と……
父だったモノはニヤリと嗤う。
綾馗の目は光を失いつつあった…
「どうかな?」
「俺は……」
逝きたいと答えようとした時。
「綾馗!お前は…あんたは!どうありたいんだ!?」
「え…ぎ、銀さん!?」
「……っち」
「え?」
聴こえた銀の声に呑まれかけた意志が現実に戻ってきた。
『やっぱ呑まれかけてんじゃねぇかよ!?』
「う、うっせぇな!?今離れ…あれ?」
動かない。この父だったモノから離れられない…
「なん…で?」
「綾馗。こっちへ来るんだ」
「はい?」
「黝之、答えろ!」
「銀さん…?」
両者に問いかけられ、徐々に正気に戻った綾馗は
「どうありたいか?そんなの…そんなの決まってます!!」
そう銀へと返す。
「父さん、俺はそっちへはまだ逝けない。俺は、俺は今…銀さんやチカの隣に居たいんだ」
「っち…取り込めぬか…ならば力付くで…!!」
「っぐ!?」
父だったモノは綾馗の身体を締め上げ始める。生気を使い果たした綾馗にはなす術がなく…
「っがぁ!?」
「ふふ…父の手にかかって死ねぇ!!」
『…させるかよ』
「ぎゃあぁぁ!?」
綾馗の目の前に、紅から
「あ、ん…!」
『やっぱ頼りねぇなぁ、お前は。危なっかしいし』
「おのれ、おのれおのれぇぇ!!」
『こいつ俺に任せて、恋人の問いに答えてやんな』
「でも…」
『お前の一撃でほぼ瀕死だ。問題ねぇよ…』
「…分かった」
「黝之?そいつは…?」
銀のところからは締め上げられた事はよく見えていなかったが、アンが顕現したのは見えていたようだ。
疑問の声を上げて、不安そうにこっちを見ていた。
「銀さん!すみません、こいつは敵じゃないので後で教えます…問いは今、答えます。どうありたいか、ですよね?」
「あぁ…そうだ」
その綾馗の背後では、短刀で封じられていたバケモノをアンが綺麗に消滅させていた。
『こっちゃ終わったから。後片付けしてるわ』
そのアンの声に頷き、ふらつく身体と眠い頭をなんとか保って起こして…
「俺は…」
銀の問いに答える。どうありたいか…守れる力が、強さがほしかった。でも、今は…銀が呼んでくれて気が付いた。
「俺はね?銀さん。最初は力が欲しかった。銀さんや人々を守れる力が。だから、アンの手を取ったんだ…でも」
それは違った。あの時のアンは憎悪に呑み込まれた偽者で、本当のアンはそんな事言わない。それに気付きヤツを斬った時、その手を取った事は無効になっていた。
「それは誰かがくれるものじゃない。自分で掴まなきゃダメだって思ったんです。だから」
ふらふらと銀の方へ歩み寄り、閉じそうな瞼を必死に開けて、笑う。
「どうありたいか。今は…」
一歩踏み出して、左脚から崩れ落ちそうになったところを慌てて銀が支える。
「黝之!?」
「はは、すみません。生気が…いや、そんな事より。今は、銀さんのそばに居たいんです。ちゃんと自分で力をつけて、それで…」
身体が重い。意識が閉じかけるのを必死で、気力で保たせて…
銀はそんな綾馗を支えつつ、じっと黙って聞いてくれた。
「人でありたい。人のままで、いろんなひと、まもれる、ように…」
しっかりと人でありたいと口にした瞬間だった。
『うおぉ!?なんだなんだ!?』
顕現していた
『身体が…消え、て…??』
「あ、ん…?アンッ!?」
アンの、暁闇の気配が消える?消失感と不安と入り混じり、思わず叫ぶが身体は動かないし目も霞んでいて状況が分からない。
「銀さん、大声出して、すみません…あの、アンは…?」
「驚きはしたが大丈夫だ…アンは今、光の結晶のようになって…消えた」
「え?アンが…あんがきえ、た?」
そこまでだった。銀とシズクが名を呼んだ気がするが、俺の意識は深く落ちていった……
******
「ん…」
目が覚めた。なんの夢も見ずに起きるのはいつ以来だろうか?
明るい日差しが差し込んでいる…ぼんやりと白い天井が見えて、
「黝之?起きたのか?」
銀の声がした。
首だけ向けて見るが…
「銀、さん…?俺、目開いてますよね?」
とおかしな質問を投げかける
「は?開いてるが…?」
光が当たって明るいのは分かる。瞼を閉じれば暗くなるから、開いているんだけど……
見えなかった。ぼんやりとぼやけてて、なんとなくそこに何かがある、という事しか…
こんな事、初めてだった。
「もしかして、見えてないのか?」
「…はい。明るい暗いは分かるんですけど、ぼんやりしてて…こんな事、初めてで」
銀は医者を呼んでくる、と慌てたように席を立った。
医者はすぐに来て診察を開始。するとすぐに両目に包帯を巻いて、
「生気が枯渇寸前だったようだ。暫くこのまま安静にしていろ。生気が回復すれば視力も戻るから」
「そう、ですか…俺はどのくらい…?」
「2日ほど。まだ殆ど生気が回復していないから、2、3日入院してなさい」
「……はい」
医者が去った後、椅子に銀が腰掛けた気配。
「銀さん…あの後って…」
「今から話す。先ずアンの事だが…」
綾馗が気を失ってからすぐにシズクと銀が綾馗を安全な場所へ移し、跡地をくまなく探したがアンは見つからず、封じられていたヤツの気配も綺麗に消えていたそうだ。
「そう、ですか…無事なら、良いけど…」
思わず胸の前でぎゅっと拳を握ると、その拳をそっと包み込む感触…
「銀さん?」
「大丈夫だ。転生すると書いてあったから」
「転、生…?書いてあった?え、何に??」
「黝之が渡した和綴の本。あれに視える箇所が増えたんだ」
銀はその内容を読み上げ、綾馗はそれを黙って聞いていた
「…という訳で、あの時そう聞いた」
「そういう事でしたか…」
自分には視えないように細工されてたのか?でもなぜ…??
「他にも無いか視たが、この部分だけだった」
「まだ視えないページがあるんですか?」
「ああ、あと最後の2ページくらいが空白だ」
あの時は確かに一度、父の気配を感じた…もしかして和綴本の方へ来ていた?
「回復したら視てみますね」
「ああ、今度は俺には視えない内容かも知れないしな」
その日はそれで分かれて…3日後。退院の許可が降りて綾馗は退院し、自宅へと戻っていた。
骨折はまだ治らないが、左目の包帯は取れていたので家での書類仕事をしていた時のことだった。
ピンポンというチャイム音。
はぁい、と返事をすればチカが代わりに玄関へと出向き、来訪者を迎え入れた。
「…休んでいろと言わなかったか?」
「左足はまだ完治してませんから、任務へは行ってませんよ?これもリハビリのつもりでちょこっと手伝ってるだけですから」
にこっと笑って平然と言ってのける綾馗に、銀はわかりやすく盛大にため息をついて席に着いた。
「あれからあの本は視たのか?」
「なんだかちょっと開くの怖くて…まだなんです」
そう苦笑して和綴の小本を引っ張り出し、テーブルへと置く。
「今日銀さんが来てくださったので、開けてみようかと」
一言言って銀が頷くのを確認し、最後の2ページを開いてみるとそこには何やら手記が書かれている。
「えっと…〝これを読んでいるあなたへ…ってすると白々しいか。親愛なる息子、綾馗へ〟これって…」
多分父だろう。わざわざ細工して他の人間には見えないようにしていたのか??
「〝これを読む頃には刀遣いとして天照で働いているか、俺がこの世にいないということだろうと思う。その両方かも知れないが…どちらかでここは視えるようにしておく。
先ずは、綾馗。今まで冷たくあしらう様な事をしてすまなかった。謝っても取り消せるものではないし、許されるとも思っちゃいないが、謝らせてくれ。そして、俺達の息子として生まれてきてくれてありがとう〟……」
内容は他にも綾馗が受けた蠱毒実験の詳細や代々受け継がれてきた符術の方法などたくさんびっしりと書かれていた。1番最後の項目にはアン——暁闇の事についても。
アンこと暁闇は〝
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天魔雄(あまのまかお/あまのさかお)
後に天魔雄は九天の王となり、荒ぶる神や逆らう神は皆、この魔神に属した。彼らが人々の心に取り憑くことによって、賢い者も愚かな者も皆、心を乱されてしまうとされている。
天狗の長という説もある。
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「……こんなの、こんなの今更すぎる…」
「黝之?」
その最後の2ページを読みきって、綾馗はぽつりと呟いた。
「だって!狡いじゃないですか!?もうこの世にいない人に何も言い返せないじゃないですか…文句も礼も何も、何も伝えられない…」
ぽた、ぽたと和綴の小本に雫が吸い込まれては消えていく…
「俺は、俺だって…言いたい事、いっぱいあんだぞ?一発、殴ってやりたかったし、しっかり大切な人ができたって報告だって…」
「黝之…」
「銀さん??」
ふっと頭を抱えられ、よしよしと撫でられて綾馗はきょとんと銀を見る。
「…もう、いいんだ。あんたはもっと泣いてもいいんだ。辛くて笑う、なんて事しなくていい。泣きたい時は、思いっきり泣けばいい。恥ずかしいなら俺がこうして隠してやるから」
「ぎ、銀…さん…!!」
その言葉で、温もりで。
綾馗の中の何かがこの時だけ、壊れて消えた。
そのまま銀に縋る様にして、銀の胸を借りて幼子のように大声で泣き続けた……
「んっ…すみません。こんな、子供みたいに…」
「俺がそうしろって言ったんだ。気にしなくていい」
「…はい。ありがとうございます」
しばらく泣いてから再び顔を上げた綾馗の表情は、どことなくスッキリした様にも見えた。
「銀さん。あの、この件で最後に、もう一つお願いがありまして…」
「ん?願い??」
その願いを聞いた銀は、もちろんだと頷いてくれた。
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〝空色映えて 沖つ辺に〟
(そらいろはえて おきつへに)
空の色が綺麗に映えて
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