鳥啼く聲す、夢覚ませ。見よ明け渡る、東を

この先は徒歩…少し進んだ場所に焼け落ちたままになった黝之くろの家跡地が見えた時だった。


「黝之?どうした、眠いのか?」

「ん…はい…なんか、すご、く、ねむ…」


ふらふらと急に覚束ない足取りとなった綾馗りょうきを銀が心配そうに見ていると、その身体は大きくぐらりと傾いて…


「っと…記憶を思い出した反動か?」


それを顕現したチカが慌てて支えた。


「チカ、黝之は!?」

「…眠っただけだ。なんともない」


そのまま一行は一度安全であろう駅のホームへと戻る事に。


「これもアンってやつが関わっているのか?」

「今はわからぬ…目覚めて銀の事を思い出していればいいが…」


眠る綾馗を2人で見つめる事数分。


「ん…ち、か…?」

「綾馗!目覚めたか…」


不意に身じろぎ、目覚めた綾馗はぼんやりと辺りを見回し、そして


「ゔっ!?」


嘔吐えずいた。


「黝之!?大丈夫か?」

「げほっ…銀さん…ちょっと、昔の事、を思い、だして…げほっ!」


咄嗟に銀が背中を摩り、綾馗はぜいぜいとむせ返りつつも落ち着こうと深呼吸…

どうやら記憶は元に戻っているようだった。


「はぁ…ありがとうございます…目の前で人が焼ける様を見てたなんて事、思い出したら、急に…」

「それ以上言わなくていい。落ち着いてからで…な?」

「はい…チカもありがとう」

「我は貴様を運んだだけだ」


ぷいっとそっぽ向くチカにクスッと笑うもすぐに真剣な表情へと変わり、


「…全部、思い出した…多分俺のせいでまだ父親が囚われてる…アンも、の憎悪をその身に宿して一体化してしまって…」


そう呟くように前置きして、


「…銀さん、チカ。それにシズクさん。もう、大丈夫です。聞いて下さい。今から向かう場所で起きた事や、俺の、過去の事…」


皆の顔を順に見て、思い出した事をゆっくりと、全てを皆に話し出した。


「……という訳で、あの場所には多分まだ封印されてるがいて、父も…アンのこの憎悪も取り出さなくちゃいけない…」


その間もずっとアンは沈黙を貫いている。記憶が甦った事と何か関係があるのだろうか…?


「お願いします、俺に…力を貸して下さい」


言いながら頭を下げて皆に助けを乞う綾馗を見て、銀もシズクもチカも当たり前だ、と答えてくれた。


———これで全部、思い出した。父もアンも…救わなきゃ。俺のせいで死ねずに苦しんでいるのなら…尚更。


「それで?どうするんだ?」

「それなんですが…銀さんの生気もお借りしたくて」

「生気を?」

「はい。バ…」


バケモノ、と言いそうになり慌てて首を振って続ける。


「…ヤツが外へ出ないように結界を張りたくて。でも俺の生気を使ってしまうと倒すことができなくなってしまうので…」


結界を張った後銀の生気でそれを維持して欲しい、という願いだった。


「…分かった。結界の維持、だな?」

「はい。ヤツが攻撃さえしなければそこまで生気は使わないと思うので…」


これでヤツを、ヤツの怨念を。外に出さずに、被害が増えずに済む。


着いたら結界を張ってヤツを起こして、そして…


「父ごと、ヤツを…斬ります。封印によって力が弱まってる今なら、チカの能力で倒せます」


その為にありったけの生気が必要となるのだ。


「作戦っていう作戦は無いですが…やれる事、やってみます」


それまでの不安げな顔はそこになく、がそこにあった。


「…あ、そうだ!銀さん」

「ん?」

「これ、持ってて下さい」

「俺が?」

「はい。銀さんに持っててほしくて…俺じゃもし戦闘になったら傷つけそうなんで」

「…分かった」


銀へ和綴の小本を渡すとそれは一瞬だけ、綾馗には見えぬように光った。


「??」

「銀さん?」

「いや、なんでもない…そろそろ行くか?」

「はい!お願いします」


再びいつも通りの笑顔で皆を見て、銀の言葉に頷き背を向ける。

それを見て、銀はこそっと光った本を開いて……


目を見開いた。


〝この蠱毒の効果を解く方法〟


視えるページにそう書いてある


〝術を受けた本人が心から人でありたいと望む時、その効果は消え失せる。憑いた者も解放され、新たな生を受けるだろう…ただし。受けた者が力を欲し、人である事をやめた時、憑いた者に喰われて〟



ページを読む、視る目が揺れる。

最後の、一文……



〝死ぬ〟



「……」

「銀さん?どうかしましたか?」

「…なんでもない、今行く」


この時既に綾馗は憎悪に取り憑かれたアンの手を取っている。

銀も綾馗自身も知らないが……


「黝之…」


その呟きは誰にも聞こえず、厭な生暖かさを運んだ風に掻き消された。



******



「ここが…」

「黝之家跡地…」


暫く歩いてたどり着いた焼け跡。

思ってたより少し大きいその場所に、綾馗は結界を張る準備をする。


「銀さんはこれを持っててください。この符が生気の供給元になりますので」

「分かった。他に手伝う事は?」

「えっと…ではこれとこれをそことあっちの、大きめの柱に貼って下さい」

「分かった」


符を十数枚、焼け跡の柱だった物に貼っていく。


「これでよしっと…じゃ、いきます。銀さん、その符を両手で挟んで、胸の前に…そうです。そのままじっとしてて下さい」

「ああ…え?」


結界の中心に銀を立たせて符を持たせると、綾馗はその銀の両手を包み込むようにして自身の両手で挟む。


「今から俺の生気で一度結界を発動させます。その後の生気供給は銀さんからになるので…こうしてやった方が失敗しなくていいんですよ」


にこやかに銀の両手を包み込んだままで説明する綾馗。銀は心なしかそわそわとしてるような…顔が少し赤い??


「…大丈夫ですか?どこか具合でも…」

「大丈夫だ!…始めよう」

「…??はい」


きょとんとしつつ頷いた綾馗は、結界を張る為に唱え始める


「この地と世界を別つ。全てのものを拒絶せよ、全てのものを護り給え」


貼った符が全て淡く輝きだし、


「結界生成。源は符保有者へ…急急如律令!」


命じた瞬間に焼け跡一体をドーム状の淡い光が包み込んで消えていった。


「…これで結界が出来ました。この中心地は今からヤツが現れます。銀さんは端の方へ。シズクさんと一緒にいて下さい…あ、符はポケットにでも入れておいてもらえれば大丈夫ですので」


銀はそれにこくんと頷いて、結界の端へと移動。綾馗はそれを見届けて、


「チカ。ヤツを引き出した瞬間に」

「分かっている。ギリギリまで貰うぞ?」

「それでいい。正確な強さも分からねぇし、父の姿で誑かして来るかも知れない…それされたら、隙ができちまうからな」


ふっと苦笑してしゃがむと、瓦礫と燃えかすを避けてそこに刺さっていた、古びて錆びた短刀を握った


「もう一回、見るとは思わなかった…抜くぞ?」

「応」


アンは未だに姿を見せず、声も聴こえない…


意を決して短刀を握って一気に引き抜いた、その時。

ぐらりと地面が揺れて、悍ましく禍々しい気配が噴き出した


《…我ヲ起こスのは、誰ゾ?》


真っ黒な、漆黒の人型。

ゆらりと立ち上がって無数の腕を生やし、濁った目を向けて…


《黝之家の末裔…生きテいたトは…嗚呼、憎い。恨めしい…》


悍ましく、耳を塞ぎたくなるような厭な声…けれど怯まない。塞がない。全部受け止めて…綾馗は立ち上がる。骨折していた足には符を張って強化して。

チカの本体をすらりと抜いて、構える。


「した事は今更取り消せないし、謝って済むものでもない…でも」


でもこれだけは。


「今まで悪かった。閉じ込めて押さえ込んで…今」


〝楽にしてやるから〟


悲しげな笑みを作って、ありったけの生気をチカへと注ぎ、そして…


ヤツへと振り下ろした。


《あアぁぁァァーーーー!!!》


怒張声と白声に血声が混ざり合い、不協和音を奏でてつんざく。


「っぐ…!!」


その声で怯みそうになるのを耐えて消滅を確認すると、目の前にはあの時と同じ父の姿が。


「とう、さん…!!」


思わず近づき、触れようとして手を伸ばすと


「綾馗っ!」

「!?」


叫んだチカが綾馗を突き飛ばし、間一髪誰も怪我をせずに済んだ。


「悪ぃ、チカ…まだ迷ってた」

「黝之!」

「大丈夫です、銀さん!俺もチカも怪我はありません」


の手には太刀。

姿形は父のそれだが、もう人ではなくなっていた。


「ごめん…父さん。俺が今…終わりにするから…」


もう一度刀を握り直して、鋒を父へ向ける。

しかし、先程の一撃で生気は枯渇寸前…生気不足による眠気がやってきていた。


(まだ、まだもう少しだけ…もってくれ!)

『くはは!俺が手ェ貸してやんよ…!』

(アン!?)

『よぉ、おめぇが記憶取り戻したおかげで俺も本来の力が戻ったわ…もうお前の邪魔はしねぇ。やり方、前に教えたろ?使って足に使ってる生気をそっちに回せ』

(…分かった。それでやってみる。でもお前本当にアンなのか?)

『悪かったな、今まで散々お前達の事振り回してよ…さっきおめぇがアイツら斬ってくれたおかげで俺ん中にあった憎悪も消えた…あとはそいつだけだ。信じろ』


今はアンを…暁闇ぎょうあんを信じよう。

綾馗は左脚の符術を解き、その分の生気をチカへと回す。


「綾馗、それでは足が…」

「大丈夫だ…いや大丈夫じゃねぇんだけど、今は少しでも生気が欲しいから。一時的に痛みを


アンから教えてもらっていたのは、痛みを感じない方法…痛覚の遮断方だった。

これは文字通り痛みを感じないようにするだけのもの。諸刃の剣なので銀には言ってないし、もちろんチカにも。後で説明しないと…


「…後でどんな反動が来るかわかんねぇけど…これでもう一度、刀を振るう」


父だったモノはこちらへと再び刃を振り下ろし、綾馗はそれを飛び退いて躱す。


「はぁぁ!!」


もう一度振り下ろされた刃を今度は弾き飛ばし、返す刀でその身を袈裟斬りにし、そして


カラン…


「黝之!?」「綾馗!?」


チカと銀が同時に叫ぶ。


「父さん、ごめん、俺のせいで、死ねずにこんな事に…」


綾馗はすぐに刀を手放し、斬った父だったモノを強く抱きしめていた。


「黝之っ!離れろっ!!」


銀が走り出そうとして、シズクが静かに首を振ってそれを静止した


「あれじゃ、黝之が…ん?」


その瞬間。再び和綴の小本が銀に何かを視せる


〝蠱毒を解除したくば、失いたく無いなら問いかけろ。お前はどうありたいか?と〟


「なんだ?急に…」


銀に答えるかのように勝手にページが捲られて、先が現れる


〝封印の柱となった者に待つのは死。迷い無き者が斬って触れれば消え逝くのみ。迷いある者が斬って触れれば〟



〝取り込まれて同じモノになる〟



「これって今のこの状況…」


和綴の小本のページを視た銀は、そっと閉じて動きたい衝動を堪えて叫んだ。


「綾馗!お前は…あんたは!!?」





—*—*—*—*—*—*—*—



〝鳥啼く聲す 夢覚ませ〟

(とりなくこゑす ゆめさませ)

〝見よ明け渡る 東を〟

(みよあけわたる ひんかしを)


鳥が鳴く声がする

だから(もう)夢から覚めて

夜が明けた東方のを(共に)見よう



—*—*—*—*—*—*—*—

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