浅き夢見じ、酔ひもせず
何かあったら…なんて不安を抱えつつ、符を多めに持ち、チカの本体と豊和の短刀に脇差を帯刀して何があってもいいように準備した。
「…よし。行くか」
「応」
こうして2人は銀との待ち合わせ場所へと向かった……
******
到着早々電車に乗る。
事と次第は事前に話したし、と早速空いている車内で和綴本を見せてみる。
「お話した本がこれです」
銀は受け取り、中をパラパラと見る…
「…言っていた内容は無さそうだな」
「やっぱり俺が見えてる部分だけ、でしたか…違う人間には見えるかと思ったんですけど…」
刀神達は電車内という事もあって刀に戻ってもらっている為、電車内には2人と他の一般乗客しかいない。
「今から向かう場所で探すしかないって事ですねこれ…」
はぁと溜息。銀はそう肩を落とすなと言ってくれた。
電車に揺られる事数十分。綾馗は徐々に眠気に襲われ、銀にもたれかかるようにして眠りに落ちた……
******
「お母様!お父様!!」
青い目となった綾馗は嬉しそうに父母に走り寄る。
「目の色が!変わりました!!」
「ええ、そうね…良かったわ」
母はにっこりと嬉しそうに笑い、綾馗を撫でる。父はというと、今までとあまり変わらない態度…いや、少し扱いが雑になった感じがする。あからさまに落胆した、という態度を隠さなくなっていた。
「お父様?」
「……はぁ…なぜ私以上にならない?これではまた…」
「あなた。綾馗の前では言わな…「うるさいっ!」
ビクッと肩を震わせる母と綾馗。
父はふんっと踵を返し、自室へと戻って行ってしまった。
「お父様…」
「綾馗。大丈夫よ…私がついてるから」
「お母様??」
がっかりした息子を母はぎゅっと抱きしめた。
その後も父との仲は良くなる事はなく、悪化の一途を辿った。
必要最低限しか話さなくなり、母も離婚を切り出したものの言い分は通らず、結局離婚できずに黝之家に留まった。
そんなぎくしゃくした生活は1年以上も続き、綾馗は次第に父とも母とも話さなくなり、笑顔も消えていった。
「またお父様もお母様も喧嘩してる…僕が寝てると思って…」
『おめーには俺がいるだろ?』
「アン…そうだね、アンだけが僕の味方、だよね??」
『当たり前だ。俺はおめぇと一緒に生きていくんだからな…(自由になり損なっちまったが、これはこれでいいか…)』
「ん?最後の方、何か言った?」
『なんでもねぇよ。ほら、もうすぐ丑三つ時だ。寝ろ』
「はぁい…おやすみ」
『ああ。おやすみ』
この時のアンは今のように視えない存在ではなく、頻繁に綾馗の前に現れては話し相手になったり慰めるように頭を撫でたり…綾馗の事を弟のように思って接していた。
それから半年程。運命の日……
その日は祖父母と両親が出かけていて、家には綾馗1人…正確には綾馗とアンのみだった。
「あの部屋へ?」
『そ。俺と出会ったあの部屋だ。あいつらが今どうしてるのかを見てぇなって思ってな?今なら俺達だけだし、行かねぇか?』
「ひまだし…別に近づいちゃいけないとも言われてないから…いいよ」
『じゃ、決まりだな』
こうして2人は離れにある〝儀式の間〟と呼ばれていた一室へ向かった。
「中からは何も音がしないね…」
『昼間だからか?にしてもなんか気配がおかしい気も…??』
「開けてみる?」
『そうだな、考えてても仕方ねぇし…開けてみな?』
言われた綾馗は襖をそっと開ける。
中は昼間だというのに真っ暗。なんの音も気配もせず、ただ闇が広がるのみ……
「アン、誰も何もいないみたいだけど…」
『ここからじゃ視えねぇな…奥へ入ってみるか』
顕現したアンと共に中へと入る。
不気味なほどの静けさに暗闇…綾馗はそっと持っていた母との連絡用の携帯電話で室内を照らす
「何も…いないね…」
『ああ。なんか変だな…俺がいた頃は昼間だって普通に宴会酒盛りしてたってのによ…気配すらもないなん、て…?』
「アン?」
『しっ!なんか…なんかやべぇ。綾馗、そっと背後へ下がれ』
「どうしたの?」
『分からねぇけど…手に負えそうにない何かがいやがるぜ、ここ…!!』
こんなに警戒するアンは見たことがない。
綾馗はそっと頷いて指示に従う。
ごとごと、バタンッ!!
「!?」
何か重たいものが揺れ動き、倒れる音。
次いで幼い子供にも分かるくらいにはっきりとした厭な気配が、前方の暗がりから現れ始めた。
『やべぇ…なんか、こう…』
「あ、アン…何か、く、くる…」
『ああ…いいか?俺が合図したら全力で入口まで走れ』
「アンは?」
『俺も一緒に行くに決まってんだろ?せっかく一応は自由になれたんだ、こんなとこで死んでたまっかよ…!!』
じりじりと後ろに下がりながら2人は様子を探る。
ごとごとごとごと……
倒れた何かは再び蠢き、厭な気配と共に負の感情を撒き散らし始めた。
《イヤだ…シにたくナぃ…》
《やめテ!!共食いなんンて!》
《ころサないで!》
その思念は懇願からやがて憎しみや怨みつらみへと変わっていく…
《あァ…憎い。この恨み、どこデ…》
《黝之家…当主を亡きモノにしても足らぬ》
《我らをこんなメに合わせおって…おのれ、おのれぇぇぇ!!》
ビリッ!ごとり。
ずる、ずる、ずる……
子供にその怨念は耐えられなかった。綾馗は聞こえる声や溢れる気配に呑まれかけ、顔面蒼白でわなわなと震え出した
「あ、あぁ、あ、あ…」
『落ち着けっ!俺がいる!!…っち!ダメか…仕方ねぇ!!』
怨念と共に這い出た何かは、確実に黝之家の人間である綾馗を狙っている。
アンは動けない綾馗を抱えて入口へと走り出した。
《お前ハこちラ側だろゥ?ナゼその坊主を連レて行く?》
『俺にも事情ってもんがあんのっ!!』
ずるり、ずるり、ずるり…
ガタッ!!
綾馗を抱えて部屋を出たアンは、思い切り襖を閉めて部屋から離れる。
『この家…とんでもねぇモン産み出しちまって…どうすんだこれ?』
「あ、ん…?」
『おう。大丈夫か?』
「へいき…さっきの、何?」
『わかんねぇけどやべぇモンだって事だけは分かる。お前の母ちゃん達、もう帰ってくるのか?』
「わかんない…連絡してみる」
携帯で母に連絡を入れるとすぐに繋がり、もうすぐ帰って来られる、との事。
『そっか…じゃ、俺達は安全な母家へもど…!?』
「アン?」
アンは急に立ち止まり、ゆっくりと振り返る。綾馗もその目線を追って見ようとして、
『視んな。こんなもん、見なくていい』
「え?アン??」
アンの手によって目隠しをされた。綾馗はそれに大人しく従い、アンはキッとバケモノを睨むと綾馗を再び小脇に抱えて走り出した。
(この家の全てを呪ってやろうって事か…こいつだけでも逃がさねぇと俺も死ぬ!!)
他はどうなろうと構うもんか。俺はこいつと生きてくって決めたんだ…とアンは綾馗を抱えたまま走る。
「あ、アン!はし、れるから…お、下ろして!?」
『だぁめ!お前が狙いないんだから、すぐに…っち!』
母屋に辿り着く寸前。目の前の扉は鍵もかかっていないのに開かない。
《にガさない…!!》
『くっそ!!綾馗、親まだか!?』
「えっと…い、今玄関!!」
『しゃあねぇ…ここ壊すぞ!?』
アンは力一杯扉を蹴りつけ、ぶち破って母屋へと移動。
帰宅して早々に異変に気付いた綾馗の父が結界を張った
『な、なんとかなったか…?』
「いや、まだだ」
アンの問いかけに父が返した瞬間。結界はすぐに壊された
『んなもん産み出して何してぇんだテメェらは…!!』
「お前には関係無かろう…その出来損ないを連れてさっさと下がっていろ、暁闇」
『なん…でその名を…』
「私がお前をここへ連れて来たんだ、名ぐらい知っている。それとも天魔雄とでも呼ぶか?」
『そんな大昔の名で呼ばれんのはごめんだね…それに俺はそいつの末裔であってそいつじゃねぇ!…綾馗、さっさと行くぞ!!っておい!?』
綾馗は嫌々と首を振って、その悍ましい怨念の集合体をじっと…震える身体でじっと視ていた
「あ、あんなに悲しげ、で苦しんでるのを…放っておけないよ!!」
「お前では飲み込まれるだけだ」
「お父様!ですが…!!」
「あれの贄になりたいのか?」
「なりません!!」
術は何もない…でも救いたいと思った。〝助けたい〟と。
「お前では無理だ。諦めてここから離れろ」
そんな綾馗に父は冷たく言い放った。その時
《うるサい!!!》
「!?」
「お父様!?」
バケモノの鞭のような手で吹き飛ばされた父。それを綾馗は慌てて追いかける。
「来るなっ!」
「!?」
『っち!ほら、綾馗行くぞ!』
離れはバケモノが放った鬼火によって焼け落ちる寸前で、この母屋にも火の手が迫る。
『今のお前じゃどうにもできねぇ…悔しいだろうが、仕方ねぇんだ…』
「でも、お父様が…!!」
『ここにいたら足手まといだ』
「……」
項垂れる綾馗の手を引いて、アンはその場から離れようと歩き出す…が。
「アン、後ろ!!」
『え?』
バケモノがアンの身体を掴み、綾馗と引き離した。
「アン、アンッ!!」
『ぐっ…くそっ!来んな!お前は、母親んとこ行けっ!!』
「アン!!」
《きさマも…我らノ一部ニ…!!》
『んな気色悪ぃもんになんて、誰がなるかってんだっ!!』
アンは持っていた短刀でその腕を斬り落として逃れる。
綾馗の父もその頃には立ち上がり、符術でバケモノの動きを止めていた
「アン!お父様!!」
「あんな扱いをしたのにまだ父と呼ぶか…綾馗」
「な、なんですか…?」
「逃げなさい。生きて、強くなって…人を守れるようになりなさい」
「お父…様?」
「
『はっ!やっと頼み事したと思ったら…しゃあねぇな!!やってやんよ…俺はこれ終わらせて、
「ふ…それは頼もしいな」
父が笑った姿など初めて見た。
父とアンの言葉に綾馗は深く頷いて、
「お父様、アン…分かった。僕、お母様のところへ行くから…だから、二人とも…」
〝死なないで〟
強い気持ちを込めて言い残した最後の言葉。
それが祝福ではなく呪いになったとも知らずに、綾馗は母の元へと向かって行った。
それを見届けた二人は、力を合わせてこの土地に蠱毒によって生まれたバケモノを封印し始める。アンは力の殆どを使い、父親は黝之家の秘術を使って…
《いやダ嫌だ厭ダやめろォォォ!!》
封印される直前に放たれた鬼火。
それは黝之家全体に飛び散って全てを燃やし尽くす…
「綾馗っ!!」
「お母様!!」
綾馗の目の前にも鬼火。それを咄嗟に庇って母親が火だるまに、封印を施した父親はそのまま封印の柱としてバケモノに取り込まれ、力を使い果たしたアンはもう殆ど見えない存在となっていた。
それら全てを脳裏に焼き付け、家族の死に泣くことも出来ず茫然とする綾馗の前から、数体の妖魔が散って行った……
『っち、逃したか…綾馗…悪ぃ、しっかり…守ってやれなかった…』
消えそうな状態のまま、アンはそれらを苦々しく見て綾馗へと向き直る。
「そんな事ない!!アン、消えないで…一人に、しないで…」
『お前の言霊は強すぎるみてぇだな…安心しろ。お前の中で、少し、寝るだけ、だから…』
「アン…」
『んな顔すんなって、綾馗。今のこの記憶は俺が持っててやる…あのバケモンの、憎悪と一緒に…だから、お前も、少し…休め。普通の人間として生き、ろ…』
「アン!消えちゃヤダ!!アン、ぎょうあん!!」
『へへ…名前、ようやく呼んでくれたな…大丈夫だ、また、会える…』
へらっとした笑顔を見せて、アンこと暁闇はすっと消え去った。
同時に綾馗もふっと意識を失い、焼け落ちた家には綾馗以外は誰も残っていなかった……
それから数週間後。
目覚めた綾馗はアンの事も今までの事も全て忘れていた。
覚えているのは学校から帰ってきたら家が焼け落ちていたという偽の記憶のみ…
そのまま遠い親戚に引き取られ、もう1つの名である
******
「ん…」
電車の中で少しの間眠っていた綾馗は目を覚ます…
「起きたか?もう少しで乗り換えだ」
「乗り、換え?ここ…は?」
今までの記憶を全て思い出した綾馗は、一瞬ここがどこだか分からず銀の肩の上に頭を置いたままで問うた。
「電車の中だ」
「電、車…?そっか、黝之家の跡地…ってす、すみません!!俺、寝ちゃって…」
ぼんやりとした意識から覚醒し、状況を飲み込んだ綾馗は慌てて飛び起きる。
「ごめんなさい、重かったでしょう?六出先輩」
なぜ彼と一緒にいるのだろうか?そんな疑問が過り、自分が何かを忘れているという不安感に襲われた。
「黝之…?」
『記憶が他に蘇ったのだろう…一時的な混乱がまた起きているようだ』
「チカ…そうか、これが…」
「なんで俺、先輩と一緒に…??なにか、忘れてる…?いっつ…!」
記憶の混乱による頭痛に思わず頭を抱える綾馗を見て、
『…我が頼んだのだ。貴様だけでは心配だからな。そうだろう、銀?』
「あ、ああ…」
綾馗をこれ以上混乱させぬようにとチカが上手く誤魔化す。銀は困惑していたが、頷いて同意した。
「そっか…チカ、ありがと。お手数かけます、先輩…」
ぺこりと頭を下げた綾馗を銀は複雑そうな顔をして気にするな、とだけ答えた。
その後しばらくは無言が続いた。
綾馗は時折頭を押さえて痛みを堪えるような仕草をしていたが、銀はそれをそっと見守るに留めた。
次の駅で電車を乗り継ぎ、田舎町を通り過ぎて無人駅で降りる。
一行は始まりの場所——黝之家跡地へと歩みを進めたのだった……
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〝浅き夢見じ 酔ひもせず〟
(あさきゆめみし ゑひもせす)
はかない夢をみたり、酔にふけったりすまい
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