有為の奥山、今日越えて

「待て。綾馗りょうき

「何?」

「場所は分かっているのか?」

「え?黝之くろの家の?……あ」


そうだった。場所がわからない…

まずはどこかで情報収集からだな、と色々考え直そうとするが、


「ふあぁ…」


眠いしだっるい…生気不足に久し振りの稽古で身体が寝ろと訴えかける


「今日はもう休んで、明日から情報を集めれば良いのではないか?」

「ん…風呂だけ入ってそうする…」


頭はもう働かない。汗をかいた身体のまま寝るのは気持ち悪いな…とふらふらと風呂へと入る綾馗を見送って、チカは綾馗のスマホを手に取り誰かに電話をかけた。


「…もしもし?我だ、刀神のチカだ。少し綾馗の事で話をしたい。今いいか?」


綾馗が風呂から出てくる前に、と少し様子を見つつ続ける。


「これからそちらにも相談すると言っていたが、その前に。今、綾馗は記憶の混濁が起きている。時々、お前の事を忘れて取り乱したりするかも知れん。その事だけは先に……ん?悪いが綾馗が戻って来た。一旦切るぞ」


そこへ風呂から上がりふらふらとこちらへ向かってくる主人の姿が。

洗面台の前でドライヤーを使おうとして、


「おわ!?」


バランスが取れず倒れそうになり手をついた。見かねたチカは綾馗を座らせると、その長く黒い髪を梳かしながらドライヤーをかけた。


「へへ…思った以上に疲れてるっぽい」

「笑い事ではなかろうが…全く」


ふんっと鼻を鳴らすようにして言うチカだが、雰囲気はどことなく楽しそうだった。


こうして時折綾馗は自身の身体の調子を見誤る。それもアンの影響だったりするのだが…この時はまだ知らない。


「もう少しで乾く」

「ん…やばい、ねそぅ…」

「ほら、終わったぞ?寝るならベッドへ行け」

「ん…あり、がと…」


のそのそっと這うようにベッドへと向かい、上半身を乗せたところで力尽きたのか寝息が聞こえ始めた。


「…何故その体勢で寝られるんだ?」


チカはそんな主人を疑問に見てからしっかりとベッドへ乗せると、布団もかけてやる。


「よし、これでいい。動かしても起きぬとは…連絡するなら今か」


再び綾馗のスマホを使って先程電話をかけた人物—銀へと今日起こっていた出来事を細かく伝える。


「……という事だ。我にもどうする事もできん故、何かあったらすぐに伝える」


電話を切って眠る主人を少しの間見つめ、チカも床に就いた



******



それから数日間。任務を兼ねて暴力団事務所の資料や天照の資料を漁るも収穫はなし…


「はぁ…どこにもねぇとなると相当ヤバい家なのか??」


一般資料には残っていない。となると刃佩流はばきりゅうの資料を漁らなくてはならない。


誰もいないのを確認してそっとその部屋へと入り、探す。


「あ…あった。場所は……遠いな」


この天照本部からは電車の乗り継ぎで行くか車で2、3時間の道のりで、しかも山の中だった。


場所も分かったが、黝之家の事を他にも知ってしまった……

代々呪術や符術を使っている家系…目の色で表される力の階級。それに、暗号化された文章の数々…そのどれもが危険極まりない家だという事を物語っていた。


「だから符術使えんのか…俺、ほんとなんなんだろうな?人、だよな…?それとも…」

『お前は〝バケモン〟だよ。俺という存在だって居るんだからな』


呟きに答えたのはアン。その返答に違うと小さく震える声で否定する


『間違えたわ。今からんだった。俺の力も使うんだからなぁ?』


クスクス


(うるさい!引っ込んでろ)

『やーだね。家の場所が分かったところですぐに向かうのか?それとも、もう少し自分を鍛えるか?もっと詳細を調べるか?』


いつもならハイハイと引っ込むアンが、珍しく提案をしている…罠か?


『しっつれいな!!俺だってテメェと一応契約っぽい事したんだぜ?そのくらいはするさ。早く俺もここから出てぇしな…』

(あっそ。なら、もう少し詳細を調べてからに…跡地とはいえ危険な事に変わりねぇだろうし)

『ふぅん?ならあの古びた本、開いてみ?持ってんだろ?』

(え?)


アンに言われて再び和綴の小本をめく


「あ…なんか読めるとこ増えた…」


思わず呟いてそこを読む。


「〝黝之家はその一族が代々住まう一軒家。そこで様々な儀式や研究を行うが、一番力の弱い黒目の者には率先して手伝わせる〟……これってあの時の、アンと出会った儀式ってやつか?」


要するに自分は父親に使われたって事か…


『要約すりゃぁそういうこった』

「……」


今日はもう帰ろうと資料庫を出て、帰宅の途に着いた。





—×—×—×—×—×—×—×—×—×—


闇【やみ】


音:アン

訓:やみ、くらい


①光のささない状態。暗いこと

②闇夜。

③思慮分別がつかないこと。「心の闇」

④先の見通しがつかないこと。

⑤世人の目にふれないこと。「闇に葬る」

⑥仏教で、往生の妨げとなる迷い。


……など。


—×—×—×—×—×—×—×—×—×—





「一応、黝之家の場所が分かったし…銀さんにも知らせないと…」


帰宅した綾馗は早速銀へと連絡を取る。


「…もしもし?俺です、黝之です。お話したい事があるんですが、今お時間いいですか?」


大丈夫だとの返事。意を決してアンの事から話し出す


「えっと…ご存知、かと思いますが…今、俺の中にアンという存在がいます。それを…追い出そうと思ってまして……」


その術が見つかったのだと伝え、


「で、ですね?俺、危険な事も分かってるし、銀さんを巻き込みたくないなって思ったんですが…銀さんも過去の事話して下さいましたし、頼ってくれたので、その…一緒に俺の生まれた家へ行って頂けませんか?」


そう伝えると銀は同行を了承してくれた。1度電話を切って、日時と場所をメールする。

それが終わればすぐに気になっていた和綴本を開いて見た。すると読めるページが増えている…


「〝七歳の頃に行う儀式。それは刀神に成り損なった妖や魂をその身に宿すもの。またの名をという〟…実験?あれが…えっと解除?解呪?…今どっちでもいいや!解く方法は!?」


慌ててページを捲るが何もない…

何かヒントも無いのだろうか?そう考えた時だった。1箇所見えるようになったページが現れた


「〝黝之家の秘密を残す時は前を見よ〟…前?どういう事だ…??」


前と書かれているから取り敢えず1番初めのページを開く。すると今まで無かったひらがなだけの羅列が。


いろはにほへと ちりぬるを

わかよたれそ つねならむ

うゐのおくやま けふこえて

あさきゆめみし ゑひもせすん


「いろは歌のひらがな版?…ん?例文?〝はすみく〟はすみく?これって……あぁ!そういう事か…これに濁点つけたり小文字にすれば…!!」


閃いた綾馗は例文を解き、満足げに頷いた。


「これを使えば他のひらがなだらけの暗号文もある程度分かるって仕組みか…」


しかし分かったところで肝心の解呪方法が分からない…儀式を受けた本人には見えない仕組みなのだろうか?


「もしかしたら…全く関係のない銀さんになら見えるかも知れない…??銀さんも視えるし、可能性はあるか??」


チカにも自分と同じものしか見えなかったが、もしかしたら別の人なら…と考えつつ会った時にでも見てもらおうと思い、今日はそこで本を閉じて眠りについた……




『くく。お前ってほんと面白いやつ…見てて飽きないわ…さぁ、早く、早くこちらへ来い…お前も、お前の大切な奴らも皆、みーんなまとめて一緒にしてやるからさ…』


綾馗の眠った後。中に住まうアンがほくそ笑んでいた……






—*—*—*—*—*—



〝有為の奥山 今日越えて〟

(うゐのおくやま けふこえて)


いま現世を超越し



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