我が世誰ぞ、常ならむ

しばらくして目を覚ました綾馗りょうきは、ぼんやりと天井を見上げていた


「気分はどうだ?」

「チカ…??」


その声にきょとんとする。思い出した過去の記憶と銀さんの、あの時の…血塗れの姿を夢に見た。


「気分はあんま良くない…なんとなく、銀さんに、会いたい…」


その一言で記憶が戻っていることを知るチカ。ホッとしたような顔を一瞬だけして、会ってくれば良いだろう?とすぐにいつも通りの口調と表情で答える。


「ん、そうなんだけど…あ、いやでも…もっと、今の状態でも戦えるくらいになってからに…だから、付き合ってほしい」

「ん?」

「なんかさ?すごく、不安で…少しでも戦えるように訓練したいんだ。ざわざわっとするんだよ…厭なモノが近付いてるみたいに…だから、このままでも刀を振るえるようになりたい」

「うむ。だが…今の状態ではまた銀を悲しませることにならないか?」

「う゛…そうかも、知れないけど…じゃ、内緒で。ここじゃ狭いから、天照の稽古場の隅で見つかんないようにする」

「……止めても行くのだろう?仕方がないから付き合おう。倒れられても困るしな」


ため息混じりのチカの声に綾馗は安心した子供のように微笑み、起き上がって支度を始めた。

そわそわと落ち着かない…と思いつつ。


……そういえば。一度起きてからアンと話をして、また意識を失ったような気がする。何やらものすごい取り乱したような気もするが、よく覚えていない…

もしぼんやりと覚えているそれが本当なら、かなり恥ずかしいぞ…などと色々思考を巡らせてから、この不安と焦りの原因は夢だろうか?それともアン?とも考えつつ支度を進める。


そして止まらぬ思考は恋人の事へとシフトした。


鎌鼬の事件の後。銀が泣いて無理をしないで、と言ってきたのはすごい衝撃だったしその後の…銀の実家に赴いた際は、何もできずに見守るしかできなかった自分を責めた。あの時、少しでも手を出していれば銀が生気不足で倒れることはなかったんじゃないか?と…

そこでふと銀も〝自分がこうしていれば〟など、同じような事を考えていたのではないか?と思い至った。


「ふ…そっか。おんなじ事、考えてんだろうなぁ…俺達」

「ん?何か言ったか?」

「いや、なんでもないっ!行こうか?」


クスリと笑った独り言を聞かれ、かぶりを振って微笑み玄関へ向かった。


いつものスーツ姿に帯刀、左目には包帯。

松葉杖をついて天照の稽古場へと出発したのだった。



******



着いてから早速チカの本体を持ち、片足でも戦えるようバランスを取る練習を始めた。先ずは右足に重心を置きつつ、折れている箇所へ負担をかけないような体勢を身体に覚えさせ、その刀を振おうとして…


「うわっ!?」


ドシャっと盛大に転けた。


「ってて…」

『早速転んでやんの』

(うっせ…黙ってろ)

『はいはい…くく』


アンの冷やかしをシッシと追い払うようにして、練習を再開。

片目の視界に片足でのバランスは、思った以上に感覚が狂うなぁ…と何度も転んでは起き上がった。


それから数時間程度が経ち、


「はぁ、はぁ…!!」


大分コツを掴めた、と息を整える綾馗。今度は少し異能を使ってみるか…と目の前の的へ異能を乗せた刃を振り下ろす。

的は腐り落ち、問題なく異能が発揮できた事を証明した。


更に長く安定的に扱えるコツを掴む為、何度か異能を交えて振るったが……徐々に気分が高揚し始め、自身の意思とは関係なく異能を連発し始めていた。


「おい!貴様、呑まれたいのか!?」

「チカ?ふふ…このくらい平気だって。だろ?」


チカの呼びかけにそう答え、やめるようにと肩に置かれた手をゆっくりと振り払い、嗤う。

そう。普段ならこのくらいの量の生気消費も異能を使う事も全く問題ないはずなのだ。仮にも壱段の実力のある綾馗にとっては…だが、現状は違った。


楽しい、愉しい、タノシイ!!

不安が無くなった!このまま斬れば、斬り続ければ…!!


そんな感情と意思に支配されつつあり、妖刀の力にも呑まれかけていた。


「ここまでにしろ、本当に呑まれるぞ!?」

「ふふ…もう少しだけさ、振らせ…!?」


ニタニタと嗤いながら刀を振るっていたが、突如背後からふわりと片手で目隠しをされ、動きが止まる。


「…そこまでにしろ」

「ん…銀、さん…??」

「黝之。何故こんなところにいる?休んでいろと言ったはずだが?」

「あ、の…これは…」

「言ったはずだよな?」

「……言われ、ました…」


心配と疑問を含んだその声に、大人しく言う事を聞く。

先程までの危ない気配はすっと消え、アンの舌打ちが聞こえた気がした。


「で?なんでこんなところへやって来て、刀なんか振ってるんだ?」

「すみません…なんだか不安で…」


今朝からそわそわと落ち着かないし銀とも話をしたかったので、正直に胸の内を話す事に。


稽古場から移動し、食堂内の一角で三人は話をする。


「不安?」

「はい…なんだかこう、漠然と…何かしてないといられないというか、その…」


自分でもよく分からなくて、と苦笑しながら話す綾馗に、銀は視線をチカへと送るもチカは首を振っただけだった。


「…そうか。でもあんなやり方はもうするなよ?」

「はい、すみませんでした…あの、銀さんは?手の傷は、その…」

「まだ少し指を動かせる程度だが、問題なく回復してるよ」


恐る恐る聞いた綾馗は、銀の回答にそれなら良かった、と安心した顔を見せた。そんな綾馗に銀も微笑みを返してしばらく談笑。


「…それじゃ、俺とチカは帰ります」

「ああ、分かった」


銀に会えて少し落ち着きを取り戻せた。漠然とした不安と焦りは残っていたが……


銀と別れた帰り道。ふっと一瞬意識が飛びかけた。生気をそんなに使っただろうか…?


「大丈夫か?」

「ん。平気、ありがと」


アンが現れるようになってから怠い日が続いていた。チカに支えられつつ家に着くと、ほっとしたのかすぐに身体から力が抜けた。


「綾馗!?」

「ち…ヵ…」


最後に見たのは慌てた様子で自分の身体を支える相棒バディの姿だった。



*****



(……またここか?)


ゆっくり目を開ける。

そこには闇に揺蕩たゆたう感覚のない自身の身体があった。

なんとなく下を見ると真紅と漆黒に咲き誇る彼岸花の群れが視えた。前回は無かったような…??


『よぉ。聞きに来たぞ?』


声だけのアン。また勧誘か?と首を傾げると


『勧誘ねぇ…取引しようぜ?俺と手を組んでくれんなら、。組まねぇなら、居座って生気をギリギリまで奪ってやる』


あぁ、やっぱりこいつだったのか…

意識を失っている間にアンが外で何かした後は、大抵目覚めると眠怠くなっていた。


『そうさ?じゃねぇとはなんも出来ねぇもん…で?どうするよ??お前が俺を追い出すヒントも付けるけど?』

(…お前の事何も知らないし、信じられるかそんな事)

『…くく。また恋人、危険な目に遭わせてもいいのか?』

(なっ…!?)


最初は両親への想いを、次は強さを。

そして今回は恋人の——銀そのものを天秤にかけさせるつもりのようだ。


「どういう、事だ…?」

『俺はお前の身体を乗っ取れる。いつでも好きな時になぁ…対するお前は度重なる怪我に加えて、俺が活動する度に生気を失っていく。要は死に近付いてんの』


だからさ?と続けるアンは、ニヤニヤと嗤っている。見えないが雰囲気がそうだった。


『今のお前に俺は止められない。俺がお前になりすまして何をしようとも、俺は好き勝手に出来るし、お前は指咥えて見てるだけなのさ』

(そんな…)


条件を飲むしかないのだろうか?

強さは欲しい。でも…


『今からお前の身体を乗っ取って、恋人のところに行ってもいんだぜ?』

(やめろ!そんな事、させ『止められねぇだろ?今もそこで動けないでいるんだからさ?』

(あ…)


アンの言う通り、この空間では身体の感覚がまるで無いのだ。思考だけが動いている


『ははっ!!いい気味だ…お前の父親にそういう事したかったんだけどさ?もうお前しかいないし、それでいいや』


〝絶望が。不安や焦りが。俺の糧となる〟


『さ?どうするよ??このまま死なれるのは俺にとっても良くねぇの。だからさ?選べよ』


生きるか死ぬか乗っ取られるか


(死ぬなんてできない。生きる方に…決まってんだろ?)

『じゃぁ決まりだ…俺を…』


受け入れろ独りにするな


そう愉しそうに差し出された手を。

ようやく動くようになった、と言うよりも動かせるように手で、


今度こそ本当に取ってしまった……



******



「ん…」

「綾馗!?大丈夫か?」


目を覚ますと自室のベッドの上。

心配そうに覗き込むチカの顔に、微かな微笑みを見せる。


「大、丈夫…アンのせいで生気不足だっただけみたいだから…」

「そうか…しばらくは安静にして、生気を回復させた方が良さそうだな」

「ああ、そうする…」


アンの手を取った。冷たい手の感触が残っている…

そういえば、ヒントとはなんだったのか…?


『お前に残された遺品類の中にあるぜ?』

(遺品類?ああ、あの箱…)


以前自分を引き取り育ててくれた、遠い親戚の葬式の時に見つけた箱。

怠い体を起こし、ベッドの下から引っ張り出す。


(どこに、そんなもの…ん?)


以前確認した時にはなかった筈の、古く小さめの和綴本のような物が入っていた。

ペラペラとめくると、大半はおかしなひらがなの羅列で読めないが、読めるものを見つけた。


色は匂へど 散りぬるを

我が世誰ぞ 常ならむ

有為の奥山 今日越えて

浅き夢見じ 酔ひもせず


書かれていたのはいろは歌。なんでいろは歌?と思っているとズキっと痛む頭…


「いっつ…」


痛みと共に少しだけ甦ったのは、父や母にいろは歌を覚えるように言われた事だった。

そういえば自分は五十音ではなく、先にいろは歌を覚えたな…と思い出して続きを読む


「〝黝之家ではいろは歌を先に覚えさせる。後に必要になるからだ。それを用いた暗号にて、我が家の秘密を残す事にする〟…なんだ?これ…??」


他はやはりおかしな文字の羅列に、歪んでいて読めない箇所も。滲んでいるわけでもないので、何かしらの術がかけられているようだ。


「…チカ。ゆっくり休んでいるわけにもいかないようだ…」

「どうした?」

「早々にアンを追い出したい。すべが見つかりそうなんだ。協力、してくれるか?」

「我は別に構わないが…どこかへ行くのか?」

「俺の…産まれた家へ。黝之家の跡地へ行こうと思う」


危険かも知れない。罠の可能性もある…でも今はこれしかない。

縋る思いで、和綴の小本を握りしめた。


きっと…遠出になるし、しっかりと銀さんにもこの事を伝えないと…銀さんだって自分の事を話してくれたんだから。

危ないだろうし色々と謎の多い家だ、巻き込みたくはないけど…でも、チカもいるし銀さんも、そのバディであるシズクさんだっている。そう考えたら頼ってしまうのは気が引けるが、少しだけ不安が軽くなる事も事実だった。

そっか…とは違うんだ。今はこんなにも周りに人がいるんだ、きっと大丈夫。


……独りだった少年は、青年となった今。色々な人に支えられている事を知った……






—*—*—*—*—*—



〝我が世誰ぞ 常ならむ〟

(わかよたれそ つねならむ)


この世で誰が不変でいられよう



—*—*—*—*—*—

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