刀神〜物語のかけら達〜
夜季星 鬽影
黝之綾馗編
色は匂へど、散りぬるを
狭くも広くもない、どこの家にもあるような和室。
小さな自分。手には古くて錆びた小刀。
嫌な気配が充満する…出してくれと
《サア、今度ハドレダケモツカナ?》
《人間、スグ死ぬ。コイツも弱ソう…》
口々に気配が喋りだし、それは形を作り始めた
犬だったり猫だったり、落武者だったりずぶ濡れの人だったり……
妖怪と呼ばれるモノ共も沢山いた
《さっさと手に持ってるそれ、自分の胸に突き立てろ。楽になるぞ?》
その中に、明確に自分に声をかけるモノがいた。
「……死にたくないよ…」
《上手くやりゃぁ死なねぇよ。お前の身体が保てば、な…??》
「もたなかったら?」
《俺らの餌》
「ここから出たい…」
《それ刺さなきゃ出れねぇの》
「……やだっ!!」
《あ!?おいっ!!》
話しかけてきたのは、パッと見普通の人。
だが歯は尖っているし、髪の色は紅色で毛先に行くほど
男児はそんな男を無視し、慌ててまた襖を叩く。
「お母様!お父様!!お話がちがいます!ひとりですごすのだと…言ったのに…」
誰も答えてはくれない。何者かのクスクス嗤う声が部屋に木霊した……
******
「こどくのぎしき?」
「そうだ、孤独の儀式だ。ある部屋で、独りで一晩過ごす…それができたら、お前は俺の子だと認められるんだ」
父はいつも不機嫌そうで、話しかけても殆ど何も答えてくれなかったのだが…この時は違っていた。
嬉しそうに目を細めて、幼い息子の頭を撫でた。
「ひとりでお部屋にひとばん…ひとりぼっちでだれもいないのですね??」
「ああ。そうさ、一人だ。いいか?何もないと思うが、怖かったり辛かったらこれを自分の胸に…心臓に突き刺すんだ。思い切りじゃなくても、真似でもいい」
そう言って父が手渡したのは古びて錆だらけの小刀。鞘はなかったが、触っただけでは切れそうにない…
「分かりました。でも、そうしたら僕はお父様の子ではなくなりませんか…?」
「大丈夫だ。部屋から出ていないのだから。さぁ、もう時間だ。行っておいで」
「はいっ!!」
〝お守り〟を貰って幼い息子—七歳の
これが、あの部屋へ入る前の出来事……
******
そして時刻は丑三つ時。綾馗は襲い来る睡魔に抗いつつ、沢山の邪悪且つ悲しげな気配に小さく震えていた…
《なぁ?さっさとそれで刺しちまえよ…俺らも暇じゃねぇんだぞ?》
「いや!まだ、朝きてないもん…お父様の子だもん、僕…」
《強情だねぇ…》
しきりに話しかけてくるそいつは面白そうに綾馗を見ている。他は飽きたのか、部屋の奥の方へと引っ込んでしまった…
《じゃ、いいや…なぁ!今回はこいつ、俺が貰っていいよなぁ!?》
「!?な、なに…??びっくりした…」
突然の大声に驚く綾馗。その声に周りは口々に肯定を返していた
《お父様、だっけ?そいつ、目の色は?》
「お父様は…金色してた…二番目だって言ってた…」
《ふぅん…じゃ、お前は下から二番目の青、な?》
「今とあんまり変わらないよ?それに、色なんて変わるの…?」
《俺と組めば金にしてやってもいいが…それじゃ親父がカワイソウだろ?だからもう片方の青》
自分の目を指差してニヤニヤと嗤いながら話す男は、綾馗の目を真っ直ぐに見ていた…
《って訳で…それ。自分の胸に刺してみな?》
「そしたら色変わるの?ここから出れるの…??」
《両方叶うぜ。まぁ〝代償〟はあるけどな…》
ふふふ。くつくつ。くすくす……
いくつもの嗤い声が響き渡る
「お父様ほめてくださる…?お母様、よろこんで下さる?」
思わず前のめりになって聞いてしまった幼い綾馗。どうしても母と父に喜んでほしい、と……
その気持ちは、幼い頃からずっとその小さな胸にあった。
黝之家で一番力の弱いとされる黒い目に生まれてきてしまった自分の所為で、父母は祖父や祖母からこの〝儀式〟を成功させるようにと念押しされていたのだが…それを綾馗は見てしまっていたのだ。
そんな必死な目をした幼児を見て、目の前の男はニヤリと嗤った。
《ああ。
心底嬉しそうに、意地悪そうに口元を歪めて。
喜ぶだろう、と答えた。本心ではそんな事これっぽっちも思っていないのだが…子供が手中に堕ちた、と嘲笑って。
「…ん、分かった。お父様とお母様が喜ぶなら…僕がお父様達の子のままでいられるなら、やってみるっ!」
そう言うと、綾馗は古びて錆びた小刀を震える手で握りしめ、自分の心臓へと突き刺した……
「…え??」
触れても全く斬れる事のなかったそれは、簡単に綾馗の胸を貫いた
《あはは!!よくやったっ!これで俺もここから出られる…ふふ、あっはは!!》
男の嗤い声を聞きながら遠のく意識…
《そうそう。俺の名はな…?》
〝〇〇闇〟
「…ぅあん??」
《聞こえねぇかもう…そ。アンで良いぜ?相棒…それじゃ、邪魔するか…》
倒れた綾馗の胸の傷に覆い被さるようにして、アンと名乗る男はその傷口を手でこじ開けた。
痛みはまるでないが、何かが身体に侵入する気持ち悪い感覚は強烈だった。
「あ…うぅ…や、めて…」
否定はするが身体は動かない。ずるり、ずるりとアンが自分の身体へと入って来た。
しばらくの間ずるり、ぐちゃりという音を聞いていた綾馗は、いつの間にか気を失っていた。そしてアンが綾馗の身体へと入りきった後、部屋の中の
それからしばらくして。
外に陽が昇り始め、一晩開かれることが無かった襖が開いた。
綾馗の母が血相変えてその小さな身体を抱き上げ、生きている事を確認し号泣。
父は周りと綾馗の気配を確かめて、この儀式が成功した事を確認していた…のだが。起きた綾馗の目の色を見て落胆したのは言うまでもないだろう……
——その顔が、その後の態度が。幼児を追い込み、のちに悲劇が起こるとも知らずに……
******
「ぅあ……」
全て、とは言えないが…大事なところを思い出した。寝起きは最悪。
「いっつ…(頭が割れそう…)」
起き上がって暫くベッドの上で頭を抱えていると、
『思い出したか?俺との感動の出会いをさ…』
話しかけてくる聲…アンだった。
(何が感動的な出会いだ…唆しやがって…)
『くくく。騙されるテメェが悪ぃ』
(ガキがあんな事言われて騙されない訳がないだろう?)
『分かってるからやったんだよ…おかげで俺は自由を手に入れた、つもりだったが現状はこうだ。それはまぁしょうがねぇとして…もう二度とあんなところ御免だね……あ、もう既にねぇんだったわ』
愉しそうに嗤うアン。
そう、
(それは今どうでもいい。お前をここから追い出す方法は?)
『それ俺に聞く??ま、ねぇ事もねぇけど』
(その方法、教えろ)
『タダで教える訳ねぇだろうが…この間、俺の手取らなかったしな』
この間の夢のような出来事。出てきたアンの手を、綾馗は結局取らなかったのだ。
(あんな胡散臭くて怪しいの、誰が取るか…)
『どっちが正しかったかなぁ…俺を追い払いたきゃ、今より強くならねぇと無理だぞ?』
(なっ…!?)
『お前の力は今弱まってる。俺が起きた事も原因だが…記憶が無かった事も原因の一つだ。それが戻った今、多少鍛錬すりゃあ力の使い方を思い出すぜ?』
その言葉に綾馗は早速鍛錬や稽古をすべく天照の稽古場へ行こうと決め、ベッドから出ようとして…
ドサッ!!
「!?」
盛大に落ちた。
「綾馗!?起きたと思ったらしばらく固まってて…今度は一体何をしているのだ?」
その音に驚いたチカが声をかける。
「いって…え?チカ??え、なんで…左足が動かない?左目にも…これ包帯か??」
「は?何を言っているのだ?先日怪我をしたのだから当たり前だろう?」
「はい?怪我?俺が??先日って何があった?てか…ここどこだ?いや、家、か…??」
明らかに様子のおかしい綾馗をチカは助け起こしてベッドへ座らせると、両肩を掴んでしっかり両目を見つめた。
「貴様、名を言ってみろ」
「へ?俺の名前??黝之綾馗、だけど…」
「では綾馗。我の名は?」
「チカ、だろ?刀神の…」
「貴様と我の関係は?」
「えっと…臨時じゃなくて正式なバディになった刀神と刀遣い、だよな?さっきはなんかよく分かんなかったけど…でも、なんだよ急に…」
「…最近の出来事は?」
「最近?お前も知ってる通り、俺の中に…アンが…」
「それはいい、他だ。どこで何をした?直近の任務は?会った人間は??」
「だから、どうしたんだよ?俺にはこの怪我の事がよく分からないけど…チカが知ってるんだろ?それならもういいだろ?」
途中で綾馗はチカの手を振り払うと自分で確かめる、と言って自身の身体の状態を確かめ、スマホと黒い携帯の登録番号や履歴を確認。
「…チカ、悪かった。もう、大丈夫。ちょっと昔の記憶が戻って混乱してて、怪我の事は忘れちまったみたいだけど…今まで出会った人の事は分かるし、それ以外の任務の事は…覚え、て……」
安心したようにほっとした顔を見せて画面を見ていた綾馗だが、最後の方は声が震え笑顔が歪み始めた
「どうした?顔色が悪いぞ?」
異変に気づき声をかけるチカ。綾馗は画面をスクロールさせていた手をピタリと止め、顔面蒼白に。
「ごめ、ごめんチカ…俺、やっぱ何か…大事な何かを…忘れてる…?なんで、こんなに楽しそうな、やり取りしてるんだ?この人は…ただの先輩じゃ、ない…??」
恐怖と喪失感と不安が一気に押し寄せて、余計に混乱し、震えだす。
画面に映っていたのは、大切な人との楽しげなやり取りで…
「なぁ、チカ?…俺、この人の事…大切だって思ってたよな?いつも一緒にいた…よな?」
不安げな困った顔をしながら、画面をチカの方へ向ける。それを覗き込んだチカは、その画面と綾馗の顔を交互に見て強く頷いた。
「そうだ。お前の一番大切な人のはずだ」
「そう、だよな…?でも、俺、俺が覚えてるのは、さ?一緒にカフェとかスイーツ巡りした記憶だけ、なんだよ…でも、他の事も、ここに書いてあるのに、名前も、顔も、思い、だせ…思い出せ、なくて…!!」
震える声で絞り出すように言うと、縋るようにチカへと抱きつき、そして
「チカ、この人は…この、
〝誰なんだ?〟
「綾馗、落ち着け。一度状況と記憶を整理しろ。今は一時的な記憶の混濁だろうから…な?」
「チカ!!俺、おれは、僕は…!!」
しがみついたまま、困惑と恐怖を浮かべた顔でチカの身体を揺すった。
チカも困惑はしていたが、すぅっと息を吸うと、
「落ち着けっ!!」
「!?」
そう一声。大きなその声にびくりと肩を震わせて俯き黙る綾馗。それを見たチカは優しげに微笑むとそっと頭を撫でた。
「ごめん…すごい、取り乱して…僕…あたま、いたい…チカ、俺、このまま…」
「もう何も言わんでいい」
「ん…」
しばらく頭を撫でられ、落ち着いたのかうとうとと船を漕ぎ始めた綾馗だが、そこで気配が変わった…
「…貴様、綾馗に何をした?」
にぃっと歪んだ笑顔を作る綾馗—否、アンだ。
『何って?何も。こいつが勝手に混乱しただけさ…』
くくく。
「正直に話せ…!!」
『おぉ…怖や怖や…刀神様の殺気は怖いねぇ…いいよ、話してやる』
アンはニヤニヤしたままで語りだす。
今の綾馗は記憶を思い出した事により、力のバランスが崩れている事。
その力の暴走で記憶の混乱が生じ、大切なモノや人の記憶が薄れている事。
このままで符術や異能を使えばすぐに呑まれて制御不能になる事。
最後にアンは綾馗が死ぬ事は自分にとっても死を意味する為、命の危機になるような事になった場合には真っ先に止めると約束する、と締め括る。
『…他にも何かあるかも知れねぇけど、大まかにはこんくらいかな?』
俺は嫌いだし会いたくもねぇが…と前置きして
『こいつの恋人に会わせてやれば?なんか思い出すかもな…』
クスクスと嗤って言い残し、気配を消した……
—*—*—*—*—*—
〝色は匂へど 散りぬるを〟
(いろはにほへと ちりぬるを)
匂いたつような色の花も散ってしまう
—*—*—*—*—*—
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