天沼陽向の場合


 街づくりって難しい。企業誘致の活動だって、いくらあちこちを回っても、「はい、よろしくね」なんて気軽に来てくれる企業がそうそういるわけもないのだ。都心部からは、離れているし。新幹線や高速道路が通っていると言っても、この距離感はなかなか厳しいものがある。何年も苦心して、そんなことばかり考えていたら、頭の中がそればかりになっていた。


 毎日、目まぐるしく忙しい中、今日も残業をして、くたくたになって帰ったところまでは覚えているんだけど……。玄関先で寝ていたのかな? 腰が痛む。


「ほら、あんた! 起きなさいよ」


 布団をはぎとられて、ぱちっと目を開ける。——ちょっと待てよ。おれは一人暮らしだぞ? 誰が起こしてくれているというのだ? 十文字じゅうもんじ


 狐につままれたような出来事に一瞬、思考がフリーズしたが、目を開けてやっと現実を受け入れる。いや、受け入れられないけれど、受け入れるしかない。


「どこ?」


 開口一番にそう叫ぶと、目の前にいた太った女性があきれた目でおれをみていた。


「あんた、なに、わけのわからないことを言っているの? 仕事に行きなさいよ、仕事に。弁当作ったんだからね。ほら。いってらっしゃい」


「は、はあ……」


 強引に押し付けられた麻布でくるまれた包みを受けとり、そばにあったリュックを背負わされて、古びた扉から追い出された。


「乱暴だな……」


 そう呟いてから眼前を眺めると、そこは見たこともないのどかな雰囲気の場所だった。


「テーマパーク……?」


 草原みたいな雰囲気。緑の多いその場所には、南プロバンス風のレンガ造りの小さい家々が建っていた。足元まであるロングスカートにエプロン姿の女性たち。ヨーロッパの昔の映画に出てくるような、腰紐を巻いた、いでたちの男性たち。


「映画のロケ?」


 こんな場所、梅沢うめざわ市にはなかったはずだけど……。どこに行くかなんて、わからないはずなのに、足は勝手に動き始める。


「うう、どこに行くんだ?」


 そんな独り言をつぶやきながら、のどかな田園風景の町を歩く。途中、橋を渡っている最中、ひげを生やした太ったおじさんの姿が見えた気がするけど、それは気にしない。せっせと連れていかれたところは、古い小さな店だった。


「ここは……おれの店か」


 妙に納得をして、中に入る。中はカウンターが一つあるだけ。カウンターの下には、乾いた草の束がいくつかと、木の棒やお鍋の蓋が置いてあった。


「ここは、店なの? ……ああ、よろず屋的な感じ?」


 カウンターに入り込むと、さっそく客が入って来る。


「おやじ、お鍋の蓋ちょうだい」


「はいよ」


 なんだかわからないけど、おれは店番を始めた。


 ——そして……一日が経過。仕事をしてわかったことは、ここは、ものを売り買いする店らしい。しかし、こんなことをしていても、大した儲けがないって、効率が悪い。これじゃ、いつまでたっても底辺の生活しかできないだろう。


 ダメだダメ。こんなのいくらやっても埒が明かないじゃない!


 更に驚くべきことに、町全体の雰囲気がおかしい。おれは自宅に帰るのを止めて、町中を歩き回り、様子を確認する。30分も歩けば、全てが把握できた。


 この町はかなり貧しい。人口はざっと見、十数人。これといった特徴はない。緑が多くて、遊んでいる土地はたくさんあるくせに、手入れもされていない。


 商工関係で言うと、武器屋1、防具屋1、よろず屋1、飲み屋1、宿屋1、そしておれの店1。その他には、町長の家、教会しかない。


 これで、町の発展があり得るのか? 答えは「ノー」だ。


 特産品もない、人口も少ない、商工関係もなんの取り柄もない……。では、農業が盛んかと言えば、そんなことはない。畑や動物を飼っている者もいない。町の人間たちは、ただウロウロと徘徊して一日が過ぎ去っていくだけ。こんな非生産性の色合いが強い町に未来はないのだ。


 おれは自宅に帰りたい衝動を抑えて、町長の家に向かった。この町の町長は、ぼんやりとした、頭の悪そうなおじさんだ。


「町長さん! お話があるんですが」


「なんだい? トルさん」


 

 おれの名前?

 なんでもいいや。


「町長さん、現状のままだと、この町に未来はないっ!」


「ええ?」


 町長は目を丸くしておれを見た。


「この町には、なんの発展もない。特産物もないし、商工関係も少ない。町の住民たちは、みながウロウロしているだけで、なにもしていないじゃないですか。いいですか? 町の発展を目指さないと、!」


だって! 魔族が来るわけでもないのに、わが町が滅びるというのか? トルさん」


「そうですよ。外部からの圧力ではなく、自滅するのです」


「自滅だとー?」


 驚いて開いた口が塞がらないという表情の町長を置いて、おれはまくしたてた。


「町を発展させるには、なにかしらの特徴を生かし、まちづくりの方策を打ち出さなくてはいけません。この雄大な自然に囲まれたこの土地を、なぜ利用しないのか? 林業や農業に取り組もうという気にはならないのですか」


「り、林業? 農業? 畑のことか?」


「そうですよ。それが難しいなら、企業や中小企業の誘致、観光などに力を入れるべきなのですっ! この町には子供が少ない。子育て世代が転入しやすい環境づくりも必須だ。まず学校がないのが問題です。さっそく国と掛け合って、教育施設の建設をすべきです。また、病院が必要ですね。教会でなんでも治せると思ったら大間違いですからね! 子供を産み、育てやすい環境。これが、人口増加への道なのです。町中でふらふらしている人間たちを集め、しかるべき就労に着けさせて、生産性を高める。今後取り組むべき課題について、さっそく今晩にでも、みなを集めて会議をいたしましょう!」


 おれの説明を黙って聞いていた町長は、「わ、わかりました」と同意を述べた。これで合意形成が図れた。


「ではさっそく。で招集をかけさせていただきます。場所は中心部の広場。男に限らず、女、子どもにも参加してもらいますから、悪しからず。では日が暮れたら、よろしくお願いいたします」


 町長宅を後にし、おれは町中を駆け回った。みんな驚いた顔をしていたけど、そんなのは関係ない。この町を発展させてやる。


「あの、お前はよろずやのトル……」


 途中、変なコスプレをした女勇者みたいな一団に声をかけられたけど関係ない。


「ごめん! 今忙しいから。後でね!」


 天沼あまぬま陽向ひなたは、ゲームの世界に転生しても、職業病が抜けきれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

市役所職員がRPGの世界に転生をしてみた結果、何も変わらないということに気がついた。(あくまでパロディものなんで、すみません) 雪うさこ @yuki_usako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ