保住みのり(銀行員ですけどテヘペロ)の場合




「起きなさい。私の可愛いミノリ」


 ——誰?

 

 せっかくいい気分で寝ているのに……。


 目を覚ますと、そこは見慣れない小さな家だった。目の前にはでっぷりとした女性が優しい瞳で見ていた。


「お母さん?」


 自然に口から出てくる言葉に気がついて、彼女が母親であると認識した。


「あなたは今日で成人を迎えます。これから冒険の旅に出るのですよ。どうしたの?冒険に出るのが辛い?」


 ——冒険ってなによ? これってなんかゲームみたいじゃない? なんだかよくわからないことには違いないが、ともかくワクワクしてきた。


「いいえ」


 そう答えたのに、その母親は強引に話を進めた。


「わかるわよ。その不安な気持ち。本当はあなたにここにいて欲しいんです。でもいつかは、旅立たなくてはいけない時が来るものです。さあ、おゆきなさない! 勇ましかったお父さんのように」


 別に行きたくないなんて言っていないけど……。予定調和なのね。ああ、ゲームの世界までお父さんはいないんだ。死んだのかな? まあ、いっか。


 私は一人で納得して、外に出た。というかこれから旅に出るというのに、大した装備もないじゃない。古びて汚れている服に、腰に巻いた巾着だけ?


 これだけ? あ、そっか。これから普通はお城に行って、なにかもらうんだよね。

いや、何かもらうっていうより、強奪だよね。勝手に宝箱開いたり壺割ったりしていいんだよね〜。現実世界でそんなことしたら、捕まっちゃうけど、勇者って本当って最高だわ。


 ああ、そうそう。王様の後ろって結構、何かあるんだよな〜。ちょっと覗いてこよう。牢屋とかもあるのかな? でも最初の城って大したもの置いてないんだよな。


「貧乏人が。銀行からでも金を借りればいいのに。王族っていう担保があれば、少しは貸してくれるんじゃないかしら。大体、勇者が旅立つのに、資金もままならないなんて、本当、悪党だわ。詐欺みたい。金も寄越さないのに、命かけろだなんて……」


 今度『銀行』なるものに出くわすことがあったら、勇者限定貸付ローンでも作らせるのがいい。低金利制で魔王倒したらチャラになるとか。


 そういえば、この世界に生命保険はあるのかしら? 仲間は必ず死ぬ。教会で祈れば棺桶から出られるのだ。そんな安易な世界では、生命保険の詐欺が横行するだろうか?


「それは際限なくなるから、やめておきましょう」


 そんな独り言を呟きながら、門番に手を挙げて軽く挨拶をする。門番はペコっと会釈をして、こんな貧乏そうな自分を招きれてくれるのだ。


「顔パスか〜。もしかして、私の好きにできちゃう世界ってこと?これって、結構、いい世界かも!」


 この世界は、とかく勇者の都合のいいようにできている。


 つまり、ということか。


 偉そうにしている王様は、勇者に世界を救ってくれと懇願するのだ。魔族の長である魔王だって、最終的には容赦なく勇者が倒す。パーティのメンバーも自分の好きにできる。自分が死ぬとゲームオーバーになるから、他のメンバーを盾にしても怒られない。そういえば指示を出す機能もあったはず。


「えっと……バッチリ頑張れとか、色々やろうぜ、MP使うな、命大事にだっけ?命令させろってのもいいけど、ああ、そうだ。私はやっぱり……よーし!、よね!」


 みのりは満面の笑みを浮かべながら赤い絨毯が敷き詰められている廊下を颯爽と歩いて行った。ここに魔族よりも身勝手な勇者が誕生する––––。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る