第13話
そうした諸々の事情から、男はほぼいない。
少しだけなら大丈夫だろうと少数が連れてこられることもあるが、大抵は一月持たずに真っ二つ。
マクラ君の目の前の年配の彼は少しレアだ。
ここで生きて歳を取るなんてことはまず無理くさいので、ここに来た時点ですでに年配だったに違いない。
そんな彼に対しマクラ君が口を開く。
「おれが言っておいた、武器出しはまだかよ?」
武器出し?
もしやいつも訓練に使っている武器は召使に用意させていたのだろうか?
まあ、言われてみればそうかもしれない。
後から知ったことだが、武器を人任せにするのは子供の時くらいなもので10歳を超えて実践に出始める頃になると人任せにはしなくなる。
それどころか親兄弟にすら触れさせず、無断で触れば殺し合い、なんてこともあると聞いて軽く引いたのは余談。
ただし身体能力の高い獣人族にとって、その辺の刀剣などは子供が振るうプラスチックの剣の玩具のような感覚らしく、本気で振るとすぐに壊れるとかで武器を持たない獣人族も多いのだとか。
だからこそ自分の力を十全に発揮できる武器を大切にするという文化があるのやも。
「も、もも申し訳ありませんっ!
そのようなことは聞いておらず…はぺっ?」
可哀想なくらいに狼狽して謝る年配の男性を見て、少し仲裁に入ってあげようと足を踏み出そうとした瞬間、マクラ君が彼を真っ二つにした。
あまりに自然過ぎて止められなかった。
僕の身体能力なら見てから反応、阻止する、っと出来なくもなかった筈だが、予想外すぎて反応できなかったのだ。
血飛沫をあげながら倒れる年配の彼を呆然と見ながら、なんで殺したのか?と聞こうとマクラ君を見ると彼は不満げに
「返り血が少し付いたな…きたねぇ。もっと上手く真っ二つにしねぇと」
真っ二つの出来栄えに不平不満を述べていた。
聞くまでもなく分かってしまった。
僕は忘れていたのだ。
どんなに可愛らしい見た目をしていても彼もここにいる以上、獣人族であり、蛮族であり、その王子の1人たる彼と僕とではあまりに価値観が違うことに。
僕は単に真っ二つの死体を見て呆然としたわけではない。
残念ながらと言うべきか、こんな環境下では幸運にもと言うべきか。
慣れてしまって真っ二つ程度で呆然とするはずがない。
良くも悪くもまたか、となるだけだ。
僕は今まで仲良く遊んできた、仲良くなれた、もしかしたら親友になれるかもしれない友達染みた彼と僕のあまりの価値観の違いを思い出して呆然としていたのである。
「なにも…」
なんで?
なんでだろう?
「ん?どうしたんだよ。うぇすぱ」
なんでここまでイラついているのか。
「なにも真っ二つにすることなかったじゃないか!」
「えっ?
えっと、なにを怒ってるんだよ?返り血がそっちにまで飛んでいったのか?
それにしたってそこまで怒らなくてもいい…」
わからない。
「ちがうっ!
そんなことを言いたいんじゃないっ!
なんで殺したのかってことを聞きたいんだっ!!」
いや、本当は分かっている。
友達だと思っていた彼に裏切られたような気持ちになったからだ。
「いや、なんでもなにもミスしたんだから殺して次のやつをさらってくる為だろ?
ウェスパはなにが言いたいんだよ?おれがなんか悪いことしたか?」
僕がなにを怒っているかまるで分かっていない顔だ。
そして、そんな彼かれからすれば、僕はわけもなく急に怒り出した変なやつで「なんだ、こいつ」となっても全然おかしくない筈なのに。
彼はこちらに対して呆れもせず、怒りも見せず、気遣いを見せる。
その優しさがあって。
どうしてそんなに優しくあれるのに人に対してあれほど残酷に振る舞えるのか?
別に僕は聖人君子ではない。
真っ二つになった年配の彼には申し訳ないが、人を殺す獣人族の子供に対して義憤を抱いているわけじゃない。
何もできない赤子の頃から真っ二つになるのを見てきたのだ。
今の微妙なバランスのもと安穏…と言い切れるかは微妙だが少なくとも命の危険がそこまではない生活を壊してしまうかもしれないリスクを侵してまで、見ず知らずの真っ二つを今更に防ぎたいとは思わない。
他の獣人族ならば別にいい。
気にならないし、真っ二つにするなりされるなり好きにすればいい。
でも、友達だと思っていた彼がそんなことをと思うと如何にも苛ついてしょうがない。
いや、わかっている。
これが身勝手な思いであることは。彼が悪いわけでもない。
マクラ君は至って普通に生まれ育った価値観のもと行動しているに過ぎないだけで、僕がいくら「僕の友達がそんな簡単に人殺ししないでよ」と願ったところで、それを聞き入れる筋合いなどかけらも無いのだ。
「…そう、だね。ごめん。僕がどうかしていたよ」
「…ああっと…きにするなよ。イライラしちゃう日もあるさ!おれだって昨日はーー」
彼からすれば突然の意味の分からない癇癪にしか映らないだろうに彼は笑って許してくれた。
先ほどの蛮行が嘘のように。
しかし、その結果は目の前に血溜まりになって転がったまま。白昼夢などではなく、歴とした現実。
僕は彼とは友達になれそうにない。
そう結論づけた昼下がりの一幕。
その後は彼としばらくチャンバラをするも先の一件を引きづり、どこか元気のない僕を励まそうと色々と気遣いを受けつつ。
この日から僕は彼との手合わせを嫌に感じるようになったのだった。
注釈
ストックが切れたら更新頻度は云々と書いていましたが、思いの外、大変だったので並行連載はやめます。
片方は毎日か、2日3日おき、こちらの作品は書きダメしてストックが溜まり次第、毎日更新というやり方にさせてください。
獣人族が支配する世界で 百合之花 @Yurinohana
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