金銀伊勢路之道中記(仮)
広川志磨
金太郎と銀之助
「さあさよっといで!」
狸の面を頭に引っ掻けた大男の声が街道に響く。
「
「にいちゃんがするのかい?」
「いやいや、俺じゃないよ。とびっきりの、珠のような
「わかった!わかった!お手並み拝見といこうじゃねぇか」
「んじゃ、決まりだな。―さて、そろそろ始めますよ、みなさま~♪」
客を集めていた男の周りに人だかりができる。
その人だかりを少し広げて、小さな演場を作る。
そして、地べたに座り込んで三味線を弾き始めた。
朗々とした声で、口上を始める。
「さあさ、お立ち会い!これより観ていただくは、江戸で流行りの手妻だよ!手妻遣いは、珠のような美しき女子!なんと、
「―あい、ただいま」
一陣の風が起こる。
巻き起こる風のなか、何かに気づいた観客が声を上げはじめた。
「おい!空から!!」
「おおお……」
「天女様じゃ…」
「美しい……」
風に乗って、狐の面をかけたひとりの女が舞い降りる。
烏帽子を戴いた濡れ羽色の長い髪、
「ここにおります」
「おお、銀や!ぜひともその美しい顔を、みなに見せてはくれまいか」
「あい、ご主人様」
鈴振るような声で答えて、銀柳太夫は面を外した。
観客はどよめく。
白いなでらかな面差しに、緋の唇、蒼の涼やかな
まるでこの世のものではないような、麗人であった。
「ありがたや…」と手を合わせる老人も出てくる始末で、銀柳太夫は少し困ったような、はにかんだような顔を見せる。
「美しかろう!美しかろう!されど、この太夫、美しいだけではござらんのよ!手妻の技は天下一品、日の本一!これを今からお見せいたしまする。音曲はこの不肖、金太郎がいたしまする」
「よろしゅうお願いいたします」
ふわりと太夫は水干の袖を
これまた白くて細い指に扇をたばさんで、ゆっくりと前に差し出す。
扇の先から、勢いよく水が吹き出た。
「さて、これよりご覧に入れまするは、銀柳太夫の水芸にてござる!ただの水芸?いやいや、ご冗談を!」
へべん!と三味線が鳴る。
大男がバチをすらりと、右から左に滑らせた。
「太夫の扇が呼び出したるこの水、霊峰富士の裾野より湧き出でし、清き清き霊水でございまするぞ!さあさ、みなさま、ご自由に汲んだり浴びたりしてくだされ~」
「まずはみなさまの旅の御無事をお祈り申し上げます」
太夫が舞いながら手近な茶碗や桶を扇で触れると、水がこんこんとあふれるほどに涌き出してくる。
観衆はどよめきつつ、その霊水を求めた。
「さてさて次は、『胡蝶の舞』でございます!太夫よ、見せてはくれまいか」
「あい」
太夫が半紙を裂いて空中に放った。
扇であおぐと、白い蝶々が舞い踊る。
こどもたちが歓声をあげて、蝶々を追いかけた。
太夫も大男もにこやかに笑って、それを見つめている。
不思議な、それでいて和やかな時が過ぎていった。
一通り終わって太夫が道具を片付けていると、大男が声をかけてきた。
近くの
香ばしい香りに、太夫は目を細めた。
「銀、おつかれさん」
「ああ、ありがとう、金ちゃん」
「銭とあと甘味と。今回は結構いただいたぜ」
「ホントだ。ありがたいね」
「銀、お前さんのおかげだよ。だいぶサマになってきたわ」
「そういう金ちゃんだって、上手いよね。力比べもウケてたし」
「こどもたちがスズなりだったなぁ」
ふたりは顔を見合わせて、くつくつと笑いあった。
そして大福を1つずつ、ありがたくいただく。
ひと仕事終わったあとの甘味だ、疲れた身体に染み渡るその感覚が最高である。
分けあった茶を、無言でぐびりといただく。
「はあ、極楽…」
「このためにやってるって感じするなぁ」
「ん、しかし、金ちゃん。口上さぁ、少し大げさ過ぎない?」
「なにがだよ」
「まず、『公方様に認められた』って」
「ほら、江戸城に忍び込んだとき、目の前で公方様見たろ」
「そうだけど…」
銀は眉をひそめた。
あのときは金ちゃんに無理矢理連れていかれて、危うく捕まるところだったんだけどな、と心の中でツッコミを入れる。
「あとさぁ、『霊峰富士の霊水』って」
「『霊峰』と『霊水』で『霊』がかぶってるって?」
「じゃなくって!これも大げさだよ…」
「ここいらの水は、ほとんど富士由来だからな。だから、お前さんが『引き寄せた』のは間違いなく『霊峰富士の霊水』なんだよ」
銀は苦笑しつつ、感心した。
この幼なじみの頭の回ること回ること。
自分には到底真似ができないものだ。
「ホント、金ちゃんはすごいや…」
「よせやい。お前さんの方がよっぽどすごいよ。俺の苦手なもんをつらっとやっちまう。俺ができるのは、ツジツマつけることと馬鹿力と音曲ぐらいよ」
ぽん!と金は腹を叩いた。
相変わらずの見事な太鼓腹である。
これでいて、誰よりも素早く動けるのだから大したものだ。
「さてと、もう日暮れだ。どうする?」
「どうしようかなぁ」
「ちょっと多目に頂いたんだ、この宿場で一晩過ごそうと思うが」
金がそう提案すると、銀はにこやかにうなずいた。
「いいね。野宿は平気なんだけど、時々屋根の下で過ごしたくなるんだよ」
「味をしめたな、この野郎!まあ、俺もだけど」
「野生に戻れない身体になっちゃうかな?」
「まあまあ、その時はその時よ!行くぞ、銀之助」
「はいはい、金太郎様」
「『様』は要らねぇ」
「はいはい」
ふたりは顔を見合わせて大笑いすると、賑やかしい宿場の門をくぐった。
―ふたりの目的地は『お伊勢さま』。
―銀之助がしたためたという『
◆
さて、現在この宿場町の中心には、一軒の寺院がある。
その境内の片隅に、小さなお堂がひとつ。
そこには石造りの狐と狸が納められている。
代々の住職が守る古文書によると、この狐と狸は宿場町を大火事から救った2柱の神であるとのこと。
『突然現れた
人々はお堂を建てて狐と狸を祀り、2柱を「火伏せの神」として信仰したのである。
門前には老舗の古宿があり、「握り飯といなり寿司」のセットは参拝の際のおともとして長く親しまれている。
『金銀伊勢路之道中記』(仮)
~金太郎と銀之助
金銀伊勢路之道中記(仮) 広川志磨 @shima-h
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