ある朝、目覚めると同時に〝今日が自分の最終回である〟と認識した男性が、その最終回を幸せなものにするため奮闘するお話。
約3,000文字とコンパクトにまとめられた小品で、ショートショートのような味わいの現代ドラマです。短いからこそ光るワンアイデアというか、日常の中に不思議空間を作ってくる感じがとても鮮やか。展開の巧さかそれとも構成の妙か、なんだかまとまりの良さのようなものを感じさせる作品で、特にハッとさせられたのはやっぱり冒頭の流れです。
フックの効いた書き出しからの、滑らかな序盤。この辺り、何度読み返してもだいぶ大胆な展開してると思うのですが、でもなんの違和感もなくスルッと飲み込めてしまうこの感じ。
実際、『今日この日が自分の最終回』なんて状況は絶対ありえないわけで(ましてそれを急に直感するとなればなおのこと)、にもかかわらずそれをほとんど説明のないまま、冒頭三段だけであっさりわからせる。さらにはそのまま即「ハッピーエンドを目指す」という本題になだれ込んで、ここまで話の早い導入というのはなかなかありません。もちろんこのお話の特性ゆえの側面もあるというか、作劇的な意味でのメタ構造を利用しているからというのもあるのかも知れませんが、それにしてもこの飲み込みやすさはすごいです。文体、というよりはむしろ書き方の効力というか、開けっぴろげでてらいのない感じ。自問自答の語り口の、このストレートさが読んでいて心地よいというか、書かれている内容の受け取りやすさがすごい。難しかったり迷わされたりするところがないんですよね。
また、それは書き方に限らず、総じて堅牢さを感じるお話だと感じました。綺麗に四つに分かれた構成は、そのまま起承転結——というわけでもないのですが(たぶん最後が転と結を兼ねる形)、でも話の流れがものすごく綺麗です。最終目標であるところの「ハッピーエンド」を追いかけながらも、その道筋の中で主人公の情報をきっちり読み手に提供して(物事の考え方や価値観であったり、あるいは日々の生活の跡そのものであったり)、そしてその上で辿り着く終盤の展開。結構な飛距離の展開のはずが、でもきっちりやられてしまうというか、この決着の仕方に感じる満足感。
なんていうのでしょう、展開が読めたわけではないのですけれど、でも「期待通りのとこに来てくれた!」みたいな感覚というか。こういうのってなんか言葉なかったでしたっけ? 王道? だと少し大袈裟な気がしますけど、とにかく欲しいものをきっちり与えてくれる、丁寧かつ誠実なショートショートでした。
全体を通し、さらりとした印象を受けました。
非常に読みやすく、程よく肩の力の抜いて読める文体だと思います。
ボリュームも約3,000字と軽く、個人的には大変好ましいです。
処女作とのことですが、これらを意図せずに書かれたのであれば素晴らしく、意図して書かれたのであればなお素晴らしいと思います。
また読者に共感させるという点で特に優れていると感じました。
主人公はある日、今日は自分という物語の「最終回」だと直感し、それ故に今日という日を幸福に終えようと試行錯誤します。
その中で、主人公は「ハッピーエンドとは」について、思案します。
ラブコメなら恋愛成就、冒険譚なら彼の地への到達、戦記ならば勝利と平和…
今 神ひな川への投稿を考えている人にとって、「ハッピーエンドとは何か」という思案は自身と重なる事かと思います。
「誰でもいいから付き合いたい」と言えるほど恋愛脳でも、恐らくは軽薄でもなく、「金のためになりふり構わない」事を良しとはできない、真面目な性根であろう主人公。
フィクションはあまりにも遠く、かといって物語になる程のドラマがあるリアルでもなし。うだうだとあれやこれや考えるうちに過ぎ行く時間、冷凍のチャーハン、無造作に引き抜かれる充電器。
ゴールではなく、スタートとしてのエンディングすら手に入らない一日。
この無造作でありながらリアリティのこもったディテールは非常に好ましいです。
そして「結」で物語は転換し、これが大変小気味よいものになっています。
それまで描かれたものと地続きであり、対照的であるこのエンディングは、この脚本の中で主人公が得られなかったものであり、迎えられなかったものなのではないでしょうか。
冒頭で述べた通り処女作と思えぬ程まとまりがよく、読みやすい一作です。
大変楽しませていただきました。ありがとうございました。
P.S.
なんというかシンプルにこういうの好きなんですよね。
特別ではない、平凡な人間がゆるゆると生きる日々を切り取ったり、外出を「ドアを開けた」「起き上がった」ではなく、「スマホから充電ケーブルを引っこ抜いた。」と表現するあたり。
もう5回位読んだのであと7回くらい読むと思います。
好みの文章が見られて嬉しいので筆者には今度何かお小遣いあげようと思います。