1-幕間3《空穴の姉妹弟子》

「クックック…」


 光の差し込むことのない暗闇の洞窟。その中に薄気味悪い笑みを浮かべる者がいた。


「封印は解かれた…」


 そう言いながらその者は、深々とフードを被ったその黒いローブをバサッ、と勢いよく外す。そこに現れたのは緑のショートボブの髪の。右目に黒い眼帯をつけており、左目は髪の色と同じ緑。その容姿はその言葉遣いには全く似合わない程、可愛らしい風貌であった。


「我が名はオリヴィア!…そう、闇を操りやがて世界を深淵の渦へと誘う者…この世界の全ての闇、漆黒を操る者…」


 オリヴィアと名乗る彼女は、右目の眼帯を手で抑えながら天井を見上げる。


「この右目の封印が解放されれば、世界は深淵に呑まれ崩壊へと向かうだろう…クックック」


 オリヴィアが何やら喋っている間に、その背後から誰かが近づく気配を感じ、オリヴィアは後ろを振り向きながら口を開く。


「どうした?我が右腕よ。…ハッ!まさか我の封印の解放を阻止しようとするのか…?もしそうならば我は貴様を殺さねばならないが…」


 オリヴィアに近づくもう1人のはそんなオリヴィアの言葉に気にする様子もなく、オリヴィアの正面に立ちその頭に軽く手刀を振るう。


「いった!」

「その癖のある喋り方はやめろっていつも言ってるでしょ?オリヴィア」


 軽くとは言っても、まだ少女であるオリヴィアには中々に効く一撃となり、可愛らしい声と共に悲鳴を上げるオリヴィア。

 

「ちょっと!急に手刀を振るうことはないじゃん!めっちゃ痛いんだけど!?」

「ごめんごめん。なんかブツブツ言ってるし、純粋にムカついて。うっかりやっちゃった♪」

「『やっちゃった♪』じゃないんだけど!手刀を振るわれたこっちの身にもなって欲しいんだけど!」


 手刀を振るった少女―――ターニャはうっかり、という様子で舌を出しながら謝る。多分悪いとは1ミリも思っていないのだろう。オリヴィアは不機嫌そうにターニャを睨むが、これ以上言っても無駄だろうと諦めの混じった溜息をつく。

 いつのまにかオリヴィアは、口調が元に戻っているが本人はその事には気がついていない。因みに今のオリヴィアの口調が素である。

 オリヴィアは病気なのだ。主に思春期の少年少女に見られるが高くなる病気。


 ――曰く。人、それをと呼ぶ。

 

 

 ***



「で?いきなり何しに来たの?今日は師匠は出かけてるんでしょ?」

「あぁ、そうなんだけどね。お師匠さんが外に出るときに、なんか面白いものを落としていったんだけど…」

「面白いもの?」


 ターニャはそう言いながら、腰のポケットの中を漁り、「あったあった」と呟きながらそれをオリヴィアに見せる。


「どれどれ……げっ」

「げっ、ってなんだよげっ、って」


 どうやらオリヴィアにとって、それは面白いものとは決して言えないものらしい。

言わずもがな、ターニャの見せたそれはとある大会の広告であり、そこには『アルタリア魔闘武祭、出場選手募集中!』と、大きな見出しが書かれていた。


「だってアルタリアだよ…?此処から数ヶ月程の距離なのに、流石に厳しいんじゃない?ってか、開催期間に間に合わないし」

「マジか!…んーと、…いやマジだ。ちぇーつまんねーの!」


 思わぬ事実と、現実を突きつけられターニャは、不機嫌そうに愚痴を零す。だがその時、背後から女性の声が響きわたる。


「あら?行けばいいじゃない」


 2人はその声に、勢いよく同時に振り向きその姿を捉える。


「師匠!?」「お師匠!?」


 2人は驚いた素振りでその姿を見つめる。師匠と呼ばれた女性は、その言葉に笑顔で応える。

 腰まである真紅の髪。瞳の色は髪の色とほぼ同色であり、その美しい風貌は女でさえ思わず振り向いてしまう程の、。オリヴィアが先程の女性の言葉を思い出し、当然の疑問を問いかける。


「師匠…?アルタリアまでは数ヶ月と掛かる距離なんですよ?普通に考えて出場受付日まで間に合う筈もないんですけど」

「はぁ…オリヴィア。貴女に魔法を教えたのは誰かしら?」

「…?それは当然師匠からですけど」


 言っている意味が分からない、と言った様子でオリヴィアはその女性の問いに、淡々と答える。


「そうよね。じゃあ私が周りからなんて呼ばれているか分かる?」

「え…?流石にそれは分かりますよ〜確か、《空穴エスパティウム支配者ルーラー》でしたよね?それがどうしたんで―――」


 彼女が何を言いたいのかが分からないと思っていながらも、流石にオリヴィアも自分で話しててどうやら察したようである。


「まさか…本気ですか?」

「まぁそうね。私の特異属性の魔法なら秒で行こうと思えば行けるでしょ?連れてってあげるから行ってみたら?」


 ターニャは一度崩れ落ちたその目的が、再び直っていくのを感じ、目をキラキラと輝かせて「本当ですか!?お師匠!」とやや取り乱している。オリヴィアは冷静に、真意を確かめるがどうやらその女性の言っている言葉に、嘘偽りはないらしい。


「そもそも私がその広告の紙を落としちゃったから取りに来たんだけどね。オリヴィアとターニャを誘うつもりだったし」

「あ、そうだったんですか…」


 どうやらただの偶然でもなんでもなく、大方決まっていた事実らしかった。


「別に大会がどうこうよりも、貴女達は普通に外の世界を知りなさい?一生此処で引き篭もってるつもりなの?」


 高速の投擲槍が飛んできたような鋭い言葉に、ターニャとオリヴィアは目を逸らし乾いた笑みを零す。



 ***



 先程までの女性は「危ない!そういえば用事があったわ!じゃあ考えておいてね!」と即座にその場を後にした。洞窟内にはオリヴィアとターニャの2人。お互いに無言で顔を見合わせる時間が続いていたが、先に口を開いたのはターニャの方だった。


「んーと、期間に関しては大丈夫っぽい…?けど」

「う、うん。なんかそうっぽい…ね?」


 話の展開が意外にも早く、あまりよく分かっていない2人。魔闘武祭の出場受付日には間に合う事は確定なので、2人に立ちはだかる壁は既に無くなっている。


「まぁ、ターニャが行きたいなら…いいけど」

「ほんと!?ありがとうオリヴィア!」


 ターニャの無邪気に喜ぶ姿はとても可愛らしく、オリヴィアは顔を赤くして照れるように顔を背けるが、その表情は何処か嬉しそうでオリヴィア自身も、大会の出場に関しては特に否定的ではなかった。


「じゃあ私も用事があるし、じゃあね!」


 そう言ってターニャもその場を後にする。オリヴィアも手を振ってその後ろ姿を見送った。



 ***



「待たせたな諸君!再びこの閉ざされた封印を解き放つ時が―――」


 後方から再びオリヴィアの叫び声が聞こえる。


 …ターニャは違う意味で顔を赤くした。

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《氷結》少女の英雄譚 leny @yahi_len

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