一章 待ち女

朝の支度


 多留比たるひの朝は早い。まだ日が出て間もないころから、目を覚ます。

 彼は上半身を起こし、寝ぼけ眼をこすった後、ゆっくりと立ち上がった。その足で、部屋の木戸を開ける。

 建物の東に設けられた木戸から顔を出し、空を見上げ、太陽の位置からおおよその時間を知る。

 それから、二度寝防止のためにかけ布代わりのきぬと、しき布をきれいにたたんで片付けた後、着替えに移るのだ。

 彼は寝間着にしている薄衣を脱ぎ、葛籠つづら(衣服を入れておくためのかご)から衣装を取り出す。それを着ながら、頭の中で今日の予定を確認する。髪を後ろで馬のたてがみのように一本にしてい上げ、赤い細布をはちまきのように結ぶ。最後に、倭文布しずり(麻でつくられた細長い帯)の帯をキュッとしめると、彼は部屋をあとにした。



 ◆◇◆◇◆◇



「おはようございます、お二人とも!」

 屋敷の厨までやってきた多留比は、すで朝餉(朝食のこと)の用意をしている使用人の老夫婦に、大きな声で朝のあいさつをした。

「ああ、おはようございます」

「おはようございます。多留比坊ちゃん、今日も早いですねぇ」

 老夫婦は、朝から元気のよい少年の言葉に、やわらかな笑みで応える。

 二人の年の頃は、五十路いそじ(五十歳のこと)を少し超えたくらいであろうか。

 ちなみに、広い意味ではこの屋敷の使用人でもある多留比に、祖父母のような年の差がある老夫婦が敬語で話しかけているのにはちゃんとした理由があるのだが、それは後ほどくわしく語りたい。

「多留比坊ちゃん、もう少しで準備が終わりそうですよ」

 おうな(おばあさんという意味)が、食器の準備をしながら多留比に話しかける。

「ああ。今日は、あるじさまのお好きな物もご用意しておりますぞ」

 あつもの(汁物のこと)を作り終えたらしいおきな(おじいさんという意味)も、ほほ笑みながら鍋をかきまわす。 

「わかりました。朝餉あさげの支度も整っておいでのようですし、僕は行ってきますね」

 厨の外にある水がめの水で顔を洗っていた多留比は、水鏡みずかがみ(水面を鏡のように使うこと)でもう一度身だしなみを軽く整えた後、そう言った。

「ああ。よろしゅう頼みますぞ」

「行ってらっしゃいまし」

 祖父母のような二人に見送られながら、多留比は屋敷で一番大きな部屋へ向かった。

 この屋敷の主である、幼なじみの少女姫を起こすために。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る