竜の乙女は雨雲を呼ぶ

ゆきこのは

雨を呼ぶ少女


 ピュ――ッ。ピュ――ッ。

 どこかで、タカの鳴く声が聞こえた。

 その鳴き声は、深い森の中に吸い込まれては消えていく。

 そんな森の生いしげったある山のいただき。そこには、日が出て間もない薄暗い空の下に立つ、一人の少女がいた。

 少女の装いは、まるで巫女のようであった。表着おもぎ(一番上に着る衣服のこと)として着ている大袖おおそで(袖口の大きい上の衣服のこと)のきぬに、くるぶしまである(スカートのような衣服のこと)。倭文布しずり(麻でつくられた細長い帯)の帯に、右肩にかけられたたすき。目元を隠すように被った薄い羽織を頭の上で、細いひもを使って固定していた。首には、勾玉や細長いガラス玉を連ねた首飾りをかけている。それが、日の光に反射して、キラキラと輝きを放っていた。左手には、二つの親骨の部分に、三色の飾りひもが付いた扇を手にしていた。

 彼女は、おもむろにおうぎを開く。それから、開ききった扇を右手に持ち、空を指さすように高く、高くその手を上げた。

 そして、儀式の始まりを告げるように、シャラン……シャラン……と両手首につけた小さな鈴を鳴らす。シャラン……シャラン……。

 少女は目を閉じた。彼女のあかいくちびるが、ことの葉をつむぐ。

「…………ゆらり、ゆらり、ゆらゆらと。霧立ち上る、暁に。きらり、きらり、きらきらと。朝露光る、暮れの春」

 扇を掲げたまま、ゆっくりと右に一回転する。次は左へ。鈴を鳴らさないように、手首を使って真っ直ぐと扇を固定しながら。

「ふるべ、ふるべと風鳴けば。叢雲むらくも、雨雲、集い来る」

 扇を、ひらひらとチョウのように動かした。手首につけた鈴が、チリン……シャラン……と異なる音色を奏でる。

 まるで神にささげるための神楽を舞うような、ゆったりとした動き。それでいて、どこか優雅さも感じさせる。

 そんな風におごそかに舞う少女は、開いた扇を閉じながら、もう一度正面を向いた。閉じた扇のはしとはしを両手で持ち、胸の高さまで下げる。

 それから、頭をうやうやしく下げた彼女は、最後の呪文を口にした。

「この天地あまつちに、おわします。八百万やおろずよろずの神々よ。我が願いを聞し召したまえ。めぐみの雨を、降らせたまえ」

 まるで歌うように呪文を唱え終わると、少女は閉じていたまぶたをそっと開いた。

 彼女のまとうきぬの裾が風に吹かれ、はためく。

 目元を隠していた薄いしゃの布も、風に巻き上げられる。それを、うっとうしそうに元に戻した彼女は、ここで初めて口元をゆるめた。

 それから、少女はもう一度山の頂上からの景色を眺めると。静かに、きびすを返した。

 どこか遠くで、ゴロゴロと雷鳴えんらいひびいて消えた。



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