圧倒的な漢字の渦に飲み込まれる心地よさをお求めなら、是非『九泉伝』を。
生きるために不可欠な水を供給する泉。その泉と運命を共にする少年王。
人にとって有毒である霧に包まれた山岳地帯に暮らす牙族を率いる美貌の族主。
城で手にあかぎれを作りながらせっせと働く族主の妹。
反乱を起こし、対立する国・二泉と共にある少年王の妹。
独裁的な二泉の王。
と、これら主要人物を取り巻く人物たちも含め、ここには書ききれないくらい沢山のキャラクターが皆しっかりとした個性を放っており、この時代を、これまでの歴史を、この世界に生きる人々を背負って地に足を着けて闘います。
激動の時代、そう呼ぶに相応しい舞台で、この話を動かしているのは「情」という名のエネルギーだろうかと感じました。
複雑で奥深い世界観をここまで描ききる作者様の筆力に圧倒されつつも、濃密な人と人の繋がりに、立場と感情のせめぎ合いが生み出すやるせなさに、間違いなく彼らの行く末を見守りたい気持ちを掻き立てられます。
読了後の高揚感もさることながら、何度でも読みたくなる作品です。
一話のボリュームはそれなりかもしれません。
でも、一人でも多くの人に紐解いて欲しい。
騙されたと思って、是非!
序章から、そのまま風景が目に浮かぶような漢字に埋め尽くされた圧倒的な表現に惹き込まれます。
硬質ですが、豊かな表現と心地よいリズムに、久しぶりに音楽を聞くように文章を読むだけでも心地よいと感じることができました。
一方で、中華風の世界を舞台に由霧という謎の瘴気や、どうやら泉が世界の中心で大きな役割を持っているらしいその世界観、謎めいた当主に、いまひとつ優柔不断ながらもだんだんとその本領を発揮する若者など、魅力的な登場人物たちが物語を彩ります。
戦の気配が色濃くなる中、その彼らがどんな風にその運命を切り開いていくのか、とても楽しみです。