最終話 はじまり

 俺は完全に固まる彼女を何回か揺すった。それでも動き出す気配は全くない。


「え、まじ……?」


 彼女の目の前に手をかざしてフリフリしても瞬きすらしない。色がどうこうの前にドライアイになっちゃうよそのままだと。


 俺はとりあえず、彼女の瞼にそっと手を当ててそれを下ろした。彼女の瞼にはむしろ力なんて全然入ってなくて、素直に彼女は目をつぶった。


 ドラマとかで、死人にやるやつだよこれ……。


「しずくー……? つ、栗花落?」


 俺は肩を叩きながら耳元で彼女の名前を呼ぶ。



 ガチャリ。



 不意に部屋の扉が開いた。


「え?」


「あ、お母さん……」


 お母さんは雫に駆け寄って背中を支えながら彼女を横にした。


「高橋君、これは……?」


 お母さんは俺の方を見る。なんだか、不思議そうにしながら色々わかってそうな目で。


「い、いやっあのこれはそういう……」


 え、俺が悪い? 俺が悪いのかこれは??


「ご、ごめんなさいっ」


 俺はとりあえず頭を下げた。


「えっ。ちょっとちょっとやめて」


 お母さんは俺の肩に手を当てた。


「え、違うんですか?」


「何が?」


「え?」


 ちょっと待て、渋滞しすぎ。


「いきなり謝られても……。何があったの?」


「あぁ、えっと……」


 お母さんはうん、と頷いて俺から離した手を膝の上に置いた。


「なんか色々あって、だっ、抱き寄せて好きって言ったら、こうなりました……」


 なんで彼女のお母さんにこんな話……。恥っず。


「まぁ……!」


 お母さんは口を覆って大きく目を見開いた。俺は床に視線を投げた。手のひらをお母さんに向けて口元を隠す。


「あ、や、やましいこととかっ、全然、ないので……その……」


「良かったねぇ」


「え?」


 お母さんに目を戻すと、その手は横になっている雫を撫でていた。


「よ、よかっ……?」


「うん」


 柔らかい目で彼女を見ていたお母さんはもう一度俺を見た。


「雫はね、ほんとに前から高橋君のことが好きだったのよ。普通好きになっても親なんかに言わないでしょ? でも高橋君のことはすっごく目をキラキラさせながら喋るの」


「は、はぁ……」


「三年生の運動会の時だったかな。やっと名字が分かったみたいで。ほら体操着に書いてあるじゃない? それでその日はずっと君のことばっか。すっごい覚えてるわ。普段はおとなしいのに、人が変わったみたいに楽しそうになって。きっと心の中ではずっと君のこと想ってるのかもね」


 今まで教室で見てきた彼女だ。ほんとにおとなしくて、物静かな子。暗いってことじゃないんだけど、あんまり安易に近寄ってはいけないような美しさがあった。


 俺には妖精って言葉しか思いつかなかったんだ。


「その男の子に好きだなんて言ってもらえたら、こんなんになっちゃうのも納得」


 お母さんは優しく微笑んだ。雫の笑顔とよく似ている。


「萌え萌えしてる時の雫、すごく可愛いでしょ?」


「えっ。は、はい。めっちゃ、かわいい、です……」


「私も可愛いなぁって思うもん。もちろん自分の娘っていうのもあるけど、なんかすっごくきれいで若々しい恋してて、羨ましくなっちゃう」


 綺麗な、恋?


「愛してるっていうんじゃなくて、ただひたすら好き、って感じ」


 俺は頭の後ろを掻いた。


「あんま、わかんないっす……」


「あははっ、そうだよねぇ。小学生じゃまだ愛ってわかんないよね。それらしいものはあるかもしれないけどさ。まぁそういうところが尊いのよ」


「尊い……?」


「そう。大人には刺さるのよーこういうの! うんっ。私は二人のこと応援するよ。雫は間違いなく、君と一緒にいる時が一番可愛いから」


 お母さんは俺の頭に手を当てて撫でた。


「頑張れ、少年! このの笑顔をいっぱい見せてくれ! いい? これミッションね」


「え」


 茫然とする俺をよそにお母さんは雫の身体を抱きかかえてベッドに運んだ。床からベッドへ感触が柔らかく変化したのに、彼女の眉がぴくりと動いた。


「んん……」


「雫っ」


 俺は彼女の枕元に寄った。


「たっくん、しゅきぃ……」


「え?」


 た、たっくんっ!?


 眠ったまま唸る彼女に電撃を受けて体が痺れた。いつの間にかお母さんは部屋から出て行ってしまっている。


「し、しずく……」


 これは、無意識なんだろうか。もしかして「高橋君」を通り越した「拓哉君」っていうのも実は我慢して呼んでて、ほんとはあだ名で呼びたい、とか……?

 

 ゎぁぉ。


 こんな可愛い子を産んでくれてありがとうございますお母さん。


 俺は雫が俺に向かって手を伸ばしているのに気が付いた。真っ白いそれはとてとてと歩くように俺の前まで来て、ぱたりと息絶えた。無意識の限界っぽい。


「雫」


 その手を上からぎゅっと握る。


「んぁ……む」


 彼女の口角が柔らかくなった。


「これから、いっぱいっ、笑わせるからね。二人で、綺麗な色、見に行こうね」


 それから恋する手の甲に、そっとキスをした。






 「彼女募集中」とか言ってフードひっくり返されるいたずらされてたらなんかラブコメ始まった件


 -完-


 

 ◆あとがき◆


 読んでくださりありがとうございました!m(__)m


「仮カノ編」はひとまず完結です。


 ですが、まだ彼らの恋は始まったばかり! もちろんこの後も続いていくのでしょう。まだこの二人を見守りたいという方が多ければ、続編、いやむしろそっちが本編かもしれませんが、別の小説として追って行きたいと思います。


 もしあれば、コメントなどで残していただければ、受け取ります。



 それでは、また。

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「彼女募集中」とか言ってフードひっくり返されるいたずらされてたらなんかラブコメ始まった件 かんなづき @octwright

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