第一章

第一章 1話

 西暦一九四五年、第二次世界大戦末期。いにしえの時代より人間界と魔界とを隔絶していた魔法防壁『グリムウォール』が崩壊したことで、当時の首都東京にも数多あまたの魔獣や妖精が流入し、そして火精霊王サラマンデルが出現した。

 文字どおり、すべてを焼き尽くす大惨禍さんかに見舞われた東京は、政治的中枢としても人の住まう場所としても放棄され、遠く離れた京都への遷都が行われたのだった。

 それから一世紀後の現在、京都は名実共に日本最大の都市にして首都である。

 その中心部に、魔女学校ロータス校が広大な敷地をもって設置されていた。



 サクラが満開となった晴れの日。魔女学校の入学式が挙行された。

 魔女学校は世界各地に存在しているが、ロータス校はその名が示すとおり、大魔女グランウィッチロータスが校長を務める学校だ。



「新入生入場」


 講堂に声が響くと、蓮華れんげの彫刻が施された扉が重々しく開かれた。パイプオルガンが荘厳な旋律を生みはじめ、扉の向こうから少女たちが列をなして入場してくる。

 新入生も、上級生も、皆が黒いブレザーにプリーツスカート、そして魔女の正装として三角帽とマントを身に付けている。修行中の彼女たちは正式な魔女ウィッチではなく魔女子プレウィッチという身分なので、マントの丈は背中の半分までしかない。

 入場は最初、粛々と進んでいたが、パイプオルガンの音色に私語が重なるようになったのは、腰まで届く長髪の姉と、眼鏡の妹がその姿を衆前に現したときだった。


「あれが禁忌の魔女と不死者アンデッド?」

「ふたつも歳が離れてるのに同時に入学なんて、どういうことかしら」

「ふたりとも、例の事件から教団本部にずっと幽閉されてたって噂よ」

不死者アンデッドの妹は大丈夫なの? いきなり襲ってきたりしないわけ?」

「母親があれでしょ、赤髪に殺されたっていう——」


 私語が取り留めのない状態となったとき、それを一喝する声があがった。


「静粛に。式典中です」


 ぱたりと静まりかえる。

 生徒の最前列に立っていたその少女は、最初に入場の号令をかけた人物でもあった。

 亜麻色の髪となめらかな白肌。エメラルドを思わせる深翠の瞳でちらりとだけ姉妹の姿を見ると、すぐに視線を戻した。

 桜果が百合乃のマントをついと引っ張り、小声で話しかける。


「お姉ちゃん、よかったね。静かにさせてくれた先輩がいるよ」

「そうね。きっと監督生プリフェクトじゃないかしら」

監督生プリフェクト?」

「ここで最も秀でた生徒よ」


 桜果は首を伸ばして彼女の姿を見ようとしたが、それを次なる号令が遮った。


「校長式辞」


 講堂の全員がステージに向きなおると、校長であるロータスが登壇した。

 壇下に並ぶ魔女たちと異なり、三角帽に羽根飾りが刺さっている。長尺のマントは飾緒しょくしょ付きで、その背中は二つ名である蓮華ロータスが白く染め抜かれていた。

 しかし何より異様さを醸し出していたのは、三角帽の下にある素顔が、仔牛の頭蓋骨によって隠されていたことだった。


「校長のロータスです。長い話は嫌いなので、短く簡単に」


 そして不気味な容貌とは対照的な、和やかな声質。

 百合乃より長じているだろうが、まだ歳若い女の声だ。


「今より百年前に起きたグリムウォールの崩壊とそれに伴う文明衰退は、無分別な発展を続けていた科学技術が虚無形骸きょむけいがいであることを証明しました。ひるがえって我々魔女は、古来より受け継がれてきた知恵と能力を世界平和のためだけに使い、現在もまた、魔獣や妖精による脅威から人々の生活を守っています。さらに呪界から資源を採取して公正に分配することで——」


 結局のところ長くて難解なだけの式辞に、桜果は感銘ではなく退屈を感じたが、百合乃は傾聴を崩さなかった。

 仔牛の頭蓋骨の眼窩から、揺るぎなく向けられてくる視線を感じる。


「…………」


 そのあと陸軍大臣の祝辞、校歌斉唱と続いた入学式はつつがなく終了し、ほかの新入生たちと共にふたりは教室棟へと移動をはじめた。

 一年生は計三クラス、A・B・Cと組み分けされているが、姉妹はそろって同じC組への割り当てとなっていた。


「おっ姉ちゃんと同じクラス、うっれしいなー」


 サクラの花片が舞い落ちる渡り廊下を、桜果は上機嫌にスキップで進む。

 まるで春到来を喜ぶカラスのようだと百合乃は苦笑しながら尋ねた。


「寄宿部屋も同じで四六時中一緒なのに、ちょっとは姉離れしたいと思わないの?」

「全然。ずっと一緒がいい。お姉ちゃんは違うの?」

「わたしは寝るときくらいはひとりがいい。桜果はいびきがうるさいし」

「え、嘘!? わたし、いびきかいてるの!?」


 あまりの衝撃だったのか、桜果は雷に打たれた顔をして立ちすくんでしまった。


「嘘よ」


 くすりと笑って百合乃は桜果を追い抜いたが、しかし彼女も立ち止まってしまった。


「どしたの、お姉ちゃん?」


 渡り廊下の先。仔牛の頭蓋骨をかぶった魔女が、ふたりを待っていた。


大魔女グランウィッチロータス……」


 意表を突かれたように百合乃が呻く。


「ちょっと校長室まで来てもらえるかしら、お姉さん」


 マントの下から女の手がするりと伸びて手招きした。


「お姉ちゃん……」


 百合乃は不安そうに見上げてくる妹に向けて「大丈夫」と無言のうちに頷くと、硬い歩調で校長のもとへ歩み寄っていった。

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サイクリング・ウィッチーズ 早桜 文太 @bunta_sasakura

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